クリスタルの封印

大林 朔也

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彼等の望み 3

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 ユリウスは口元に笑みを浮かべた。
 アーロンの剣を容易く交わし、体勢を崩したアーロンの体を蹴り飛ばした。
 アーロンは大きな音を上げて柱にぶち当たった。柱がガタガタと揺れ、柱頭の装飾がバラバラと降ってくると、嫌な音を立てて床にめり込んだ。床から壁に向かって亀裂が走ると、壁が振動し崩れ始めた。
 広場は崩壊するかのように激しく揺れ動いたが、ユリウスがアーロンに向かって一歩踏み出すと、静まり返った。

 魔法にかかったかのように、何の音もしなくなった。

「魔力を愛している…か。
 ならば、私はお前の魔法を見たくなった。世界を救うと豪語した男の力を見たくなった。
 お前が示す力次第で、私の力も見せてやろう。私の力を与えてやることもできる。
 防御魔法は既に見せてもらった。
 次は、お前の攻撃魔法を見せてくれ」
 ユリウスは囁くような声で言った。その声は甘く、脳を痺れさせ、その男の言葉通りに振る舞わなければならないと思うほどだった。
 
 アーロンは凄まじい力を持つ漆黒の瞳を見つめた。
 不意に、魔法使いの子供たちが愛してやまない世界一の魔法使いの力をもっと見たいという好奇心も芽生えた。
 甘い囁きによって、ユリウスの力が与えられれば「もっと強くなれる」という危険な毒が心地よいほど体を回っていった。
「簡単に得られる力は、決して力にはならない」と分かっている彼ではあったが、圧倒的すぎる力は思考を狂わせようとしていた。

「何も恐れることはない。
 剣の勇者の力を示せ」
 ユリウスは、もう一度甘い声で囁いた。


 アーロンの心臓は激しく高鳴ったが、主人の体に回った毒を追い出そうと、共に戦い続けてきた剣が輝きを放った。
 アーロンは体を支配しようとしている毒を斬り裂くように、騎士の剣を高く掲げた。

「剣の勇者である僕は、剣で力を示しましょう。
 今、この場所に立っている僕は、魔法使いではありません。
 剣の勇者として、ここに立っています。
 貴方の魔法をもっと見てみたいという気持ちはあります。世界一の魔法使いの魔法を、この目でもっと見てみたい。
 けれど、その魔法は、光の魔法に限られます。誰かを救う魔法です。
 攻撃魔法は友を傷つけてしまうかもしれない。友を傷つけることに魔法を使いたくはありません。
 魔法は傷つけるのではない。守る為にあるのですから。
 魔法使いの血が流れている僕は、子供たちが苦しめられてもなお、人間に対して攻撃魔法を使うことなく、神の願いを守り続けた矜持を、僕も守らねばなりません。
 僕は剣の騎士と魔法使いの両方の矜持を守ります」
 アーロンは剣を強く握り締めた。

「これから先、世界を救う時にも、僕は魔法を使いません。
 剣の勇者である僕は、剣を掲げて戦わねばならない。
 もし僕が魔法を使って世界を救えば、一時的には救えても、より複雑になっていくでしょう。
 圧倒的な力が加われば、弱い人間はその力を忘れられなくなり、やがては欲するようになるでしょう。
 その力をなんとしてでも手に入れようと、恐ろしい所業をする者が現れるかもしれない。
 今は皮肉なことに、国王の権力のもとに魔法使いたちは人目に触れることはないですが。
 そうさせない為にも、人間の世界を変えるのは、人間でなければなりません」
 アーロンの瞳には強い光が走った。騎士のマントは翻り、はっきりと澄んだ声は堂々と広場に響き渡った。


「暗く閉ざされた絶望の室から魔法使いの子供たちを救い出し、彼等を守る時にこそ、僕は魔法を使いましょう。
 ゆっくりと時間をかけて、彼等の深く傷ついた心を癒せるように気を配り、彼等が本来の体と力を取り戻し、恐怖に支配されることなく、自らの意思をはっきりと口に出来るようになるまで支え続けなければならない。
 その為ならば、いくらでも魔法を使いましょう。
 僕の力を待っている子供たちがいるのです。
 僕は…僕たちはなんとしても英雄として帰還しなければならない!」
 アーロンは友の心に「英雄」という言葉を響かせようと、大きな声で叫んだ。

 そして、勢いよく兜を脱ぎ捨てた。
 輝く金髪が汗で光り、灰色の鋭い瞳で友を見つめた。
 旅の間、何度もフィオンに向けていたアーロンの自信に満ち溢れた表情だった。その瞳は全てを受け止め、乗り越えた事で、より一層強く激しく鋭さを増していた。

 アーロンは再び剣を振りかざすと、友を連れ戻す為に、ユリウスの剣に挑みかかっていった。
 迷いが消え去った剣の騎士の力は凄まじかった。
 剣に生きてきた騎士の剣は恐れを取り去ると、絶望と恐怖に対しても怯むことはなかった。
 怯むことこそ、恐れのようであった。
 互いの剣は火花を散らし、魂の雄叫びのような金属音が響き渡った。
 アーロンは切り結び状態から武器の下をかいくぐり、斬りつけることなく体当たりして剣を取り戻そうと試みたり、鍔迫り合いになったまま力強い腕を伸ばして友の腕を掴もうとした。
 しかし、どうやっても失敗に終わり、ユリウスの体に触れることすら出来なかった。
 目の前にいるのに、あまりにも遠かった。
 一方、ユリウスは切り結ばれた状態から即座に刃をかえして一歩詰め寄り、アーロンの喉元に剣を突き立てた。
 

「剣の騎士でありながら、全く私に届いていないぞ」
 ユリウスが耳元で言うと、アーロンは剣を突き立てられながらも不敵に笑った。

「もとより貴方に剣を届かせようとは思ってはいません。
 僕は剣の騎士です。貴方には、僕の剣は、届かない。
 はじめから分かっています。
 神を守護する者が、何故、神の如き者に剣を向けることができましょう。
 しかし、友には届いています。
 僕の剣の音は、フィオンは何度も聞いているからです。
 旅の間に何度も響かせ、友の耳と体に刻み込ませました。フィオンは、いかなる時も音に敏感に反応していました。部隊を預かる騎士の隊長ならば当然ですが。
 友の剣の音が、届かないはずがない。
 アンセル殿が貴方と剣を交えている間、僕は後方でただ恐れ慄きながら見ていたのではありません。
 アンセル殿と約束し、その時が来るのを、ずっと待っていたのです。アンセル殿が左目を失ってまで用意してくれたチャンスを逃しません。
 フィオンは誰よりも強く、何があっても約束を守る男です。
 黒い夜空に、もうすぐ赤い光が差し始めるでしょう。
 赤い光が、黒い夜空を塗り替えるのです」
 と、アーロンは言った。



 アンセルは自分が戦っている間はどのような状況になろうとも決して手出しをしないようにとアーロンに強く言っていた。
 槍の騎士が友である弓の勇者を助けようとするほどに抗っているのならば、泉の加護を宿した剣を握る自分が正面からぶつかり続けることで、もっと闇の力を弱めさせられると思ったのだった。

 アーロンは友の瞳を真っ直ぐに見つめ、語りかけるように言った。

「フィオン、約束を覚えているだろう?
 同じ道を歩まないのであれば、僕が同じ道に君を連れ戻す。
 今が、その時だ。道が見えたぞ。
 交わした約束は、何があっても守り抜かねばならない!
 フィオン、君と交わした約束を守ろう!
 約束だ!」
 アーロンはそう叫ぶと、喉元に突き立てられた剣を、勇者の剣で力強く押し戻した。

「あらゆる者たちが、君の帰還を待っている!
 戻ってこい!フィオン!」
 と、アーロンは大きな声で叫んだ。
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