クリスタルの封印

大林 朔也

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希望 3

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 ナタリーは何も答えなかった。
 アーロンは謝罪をし続けた。ナタリーが震えて服が微かに動く小さな音だけを聞いていたが、やがて苦しい顔をしながら顔を上げた。

「ここから…逃げ出そう。
 僕が…何とかする…。こんな所に…いさせられない。
 僕の父が…許せない…。いや…僕も…あの男の血が…同じ血が…同じ…」
 と、アーロンは言った。

(自分を犯した男の息子と逃げたいと思うのだろうか?
 逃げたところで、どうするのか?)
 行くあてなどなく何も考えられなかったけれど、男の魔の手から少女を救い出さなければならないとアーロンは思った。

 父が好色なことは、アーロンも知っていた。
 王妃と数人の妾がいながら、それでも性欲が旺盛だった。
 それ以外の女性とも一度限りの関係を重ねる姿に、アーロンは呆れ果てていた。欲望は果てしなく、女を抱く度に父の目はギラついていった。
 息子の目には色欲の権化として映っていた。女性も金と宝石しか求めておらず、愛情など全くなかった。
 父が国王でなければ誰も寄り付かない、人間としての魅力は全くない男だった。
 あんな風にだけはなりたくないと心底思っていたが、まさか凌辱までしているとは思ってもいなかった。
 凌辱をしている事実だけでも許せないのに、相手は自分の息子よりも年下に見える親子ほどに歳の離れた少女である。
 はらわたが煮えくりかえるのと同時に吐き気も覚え、父に対して激しい殺意が芽生えた。

 ナタリーは静かに首を横に振った。

「いいんです、アーロン様。
 私は、このままで。私のことは放っておいて下さい。
 それに王様とアーロン様は全く違います。
 同じではありません。 
 アーロン様は、今まで一度も酷い事をされませんでした。むしろ優しくしてくれました。
 だから…どうか…そんな顔をなさらないで下さい。
 私は、大丈夫です…」
 ナタリーは自分に言い聞かせるように言った。

「そんな…一緒にここから出よう…どこか遠くに行こう…。
 僕が君を一生守る。
 あの男の手の届かないところで…だから…どうか…」

 だが、ナタリーは首を横に振った。

「私は、このままでいいんです。 
 アーロン様…王様は私を愛しているわけではないのです。
 いつからでしょうか…「魔法使いの女の子」に興味を持たれるようになりました。
 私が逃れば、別の女の子が連れてこられるだけです。
 私が我慢すれば…いいのです。
 目を瞑っていれば終わります。
 大人しくしていれば…抵抗さえしなければ…はやくおわるのです…だから…いいのです…」
 ナタリーは目を伏せながら言った。身体の奥深くにまで注ぎ込まれる男の恐怖を思い出したのだろう。大きな瞳からは、涙が流れ落ちた。

 アーロンは自らに必死でそう言い聞かせる少女を見ると、頭を鈍器で殴られたような感覚がした。
 少女は抵抗することもできずに、行為に耐えている。
 その行為を強いている父を悪魔だと思った。
 そして「魔法使いの少女」に興味を持ち、歪んだ性欲をぶつけていると知ると恐ろしくなった。陵辱だけでも許せないのに、魔法使いと人間との性行為は「禁忌」である。
 国王は、あらゆる禁を犯している。
 ナタリーの言葉から察するに、これが初めてではないのかもしれないと思うと、アーロンの背筋が凍りついた。

(僕は魔法が使えて、瞳の色はグレーだ。
 僕は…一体…なんなんだ?)
 アーロンの逞しい体が恐怖で震え出した。

 それでも背中に太い腕を回して拳を握り締めて体の震えを止めると、少女の涙を拭おうとした。

「そんな事…言わないでくれ。
 僕は…君を助けたい。あの男から…助けたい。
 他の子供たちも連れて…皆んなで逃げよう…」
 弱き者を守る騎士の隊長とは到底思えない上擦った声でアーロンは言った。

 一人で城から大勢の子供たちを引き連れて逃げることなど到底不可能だと分かっていたが、そう口にしていた。

 ナタリーは頷かなかった。
 アーロンはその様子を見ると、自らの頼りない言動が不安にさせているのだと感じた。
 自分が何者であるかよりも、ナタリーを頷かせる事に全力を注がねばならないと思い直した。
 今度は、はっきりとした口調で言った。

 
「僕が、室から魔法使いの子供たち全員を助け出す。
 他の誰でもない、この手で救い出す。
 僕の力を信じてくれ」
 と、アーロンは強く言った。
 
 すると、ナタリーは少し救われたような顔になった。

「その言葉は…本当に嬉しいです。
 逞しいアーロン様の手を握りたくなるほどに、嬉しくてたまりません。
 でも、それでは…ダメなんです。
 私たちは…オラリオンから来たのです。はじめからゲベートにいた魔法使いではないのです。
 私たちが逃げたら、金貨と引き換えに、別の国から魔法使いが連れて来られるだけです。
 そして酷い目に遭わされるでしょう。
 もう逃げられないように足枷をつけられ、手錠をはめられるかもしれません。
 それが分かっているのに…私たちだけがアーロン様の手を取って逃げることはできません。
 3つの国の魔法使いは、他の国の仲間を思い、皆んな耐えているのです。
 だから…オラリオンとソニオの仲間を見捨てて、私たちだけが自由になるなんてできません。
 仲間が苦しんでいるのを知りながら、私たちだけが…笑って生きることなど…私たちには…できません。
 3つの国が変わらなければ、何も変わらないのです」
 と、ナタリーは言った。

 どれだけ自分が苦しめられようとも仲間を思う彼女の姿をアーロンは見ていられなくなった。


 自分の無力さを呪い、考えの甘さに苦しくなった。




「今の世界では、私たちに安住の地はありません。
 それに…希望の光があまりにも遠いのです。
 あの至高の光…全てを導く光が…必要なのです。しかし固く閉ざされてしまいました。もう…救いはないのです。
 私たち魔法使いは…諦めています。
 滅びいく…運命なのです…」
 と、ナタリーは悲しい声で言った。

 すると、アーロンの内に眠っていた勇猛さが爆発した。

「救いはある!ここに!
 僕が世界を変えてみせよう!
 そして君たちを救おう!必ず!必ずだ!
 正義が陰り、悪が蔓延っているのなら、それに立ち向かい救いをもたらす者こそが騎士である!
 この身を捧げ、僕が君の願う光となり、正義と自由を勝ち取ろう!」
 と、アーロンは大きな声を出した。

「アーロン…様」
 ナタリーは騎士の名を呼んだ。
 その男は先程までとは違い、偉大な事を成し遂げる力があるように黒い瞳には映った。

「私は…その言葉を…信じたくなりました。
 アーロン様には、秘められた大きな力があるのかもしれません。私たち魔法使いが日の光の下を自由に歩く幻が見えました」
 と、ナタリーは言った。


「幻ではない。現実にしてみせる。
 約束しよう。
 君たちを救い出す為に、君が知っている事や何をされているのかを教えて欲しい。
 僕は立ち向かう為に、真実を知らなければならない。
 辛い事を思い出させてしまうけれど」
 と、アーロンは言った。

 ナタリーは苦しい表情でポツリポツリと話し始めた。声にする度に記憶は鮮明に蘇り、心と体に受けた痛みを思い出し、顔色は青くなっていった。
 アーロンは人間の恐ろしさを思い知った。
 平気な顔をしながら陰で恐ろしい事が出来る人間もいると、この時、ようやく分かったのだった。

 何も知らずに室で笑っていた自分が恥ずかしくなった。
 多くの人間を統括する騎士の隊長でありながら、何も見ていない事を知ったのだった。

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