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神の領域 3
しおりを挟むユリウスは、自らの足で立ち上がった勇者を見据えた。勇者となる覚悟が備わり、自らと剣を交える価値のある者なのかを見定めているようだった。
「ならば、時間を与えてやるとしよう。
数百年前に交わした約束を、私は果たさなければならない」
ユリウスは低い声で言うと、槍を下ろした。
水晶玉に映る激しく揺れる聖なる泉の水面を見ると、眉を顰め、漆黒の瞳が怒りで燃え上がった。
「キナサイ」
と、ユリウスは轟くような声を出した。
その声はひどく残酷で、アンセルは血で赤黒くそまった海を思い出した。
こちらに向かって何かがやって来るような音がして、アンセルが扉の方を振り返ると、ダンジョンの入り口近くの地面に突き刺さっていたはずのアーロンの剣が、物凄い勢いでユリウスの右手に引き寄せられていった。
「その剣は!」
アンセルとアーロンが同時に叫んだ。
「これは、私の剣だ」
と、ユリウスは静かに言った。
「私を主人としている。
私は、斧を掲げる国の魔法使いの王だった。
神の御言葉により、人間の文明を発展させる為に、武器のつくり方を教えたのだ。名匠と称された刀鍛冶に作らせ、私がさらに魔法を施した。
けれど、弟子は愚かであった。
文明を発展させる為ではなく、殺し合いの道具とした」
ユリウスは遠い過去を思い出して、深いため息をついた。
アンセルは悍しい光景を思い出した。
アーロンが連れてきた長い剣がどれほど恐ろしい剣なのか、ユリウスの手の中にあって初めて気付いた。
黒馬の王に跨り、人間の国王の心臓を刺し貫いた炎のように燃え盛る剣だったのだから。
その裁きの剣に刺し貫かれた者は地獄の苦しみを味わい、臓物だけとなっても死ぬことはなかった。
2つの国が滅んだ時に海底深くに沈んでいたはずだが、時を超え、主人の元にかえってきたのだった。
「剣の勇者よ。
槍の勇者から聞いていたのだろう?
この剣は、持ち主によって強さが変わると。
この剣の真の力を見せてやろう」
ユリウスはそう言うと、漆黒の瞳に恐ろしい色が浮かんだ。
「クリスタルから、この右手の力が解き放たれた。
この体であっても、私の力を引き出せる。さらに、この剣があれば本来の力に近づけよう。
これこそ、まさに運命か。
勇者が、私の元に運んでくれるとは。
2つの国の国王の心臓を刺し貫き、海底深くに沈み、忌わしい臓物の穢れから清められた剣が、この右手にある。
この剣で、3つの国の国王の心臓を刺し貫かねばならない。
国王には生きたまま地獄の苦しみを味わわせる。
愚かな身の罪が流れ落ちるまで、死の救いは訪れない」
ユリウスはそう言うと、愛おしそうに剣を見つめた。
「水晶玉を見るがいい」
ユリウスは恐ろしい形相で言った。
夕闇が迫り、聖なる泉の周りに大勢の人々が集まっている景色が映し出された。
神聖な地であるというのに、側近と騎士は荒々しい大声を上げ、聖なる泉の色を輝くようなアクアマリンに戻そうと躍起になっていた。
連日のように強力な薬を流し込み、水面には有害な薬で苦しみ死んでいった魚と鳥の死骸が浮いていた。
側近と騎士の人数は、はっきりと数えることはできなかったが数百人はいるようだった。
仮小屋も建てられ、荷物と食料が運び込まれていた。
神の涙によってつくられた最高の聖域である聖なる泉の景色は一変していたのだった。
風の音を聞いた枯れ果てた木々がざわめくと、繋がれていた馬は耳を立て、木々を眺めた。
徐々に風は強くなり、いくつかの提灯が倒れて焚き火も消えていき、冷え冷えとした風が騎士のマントを翻した。
馬は落ち着きがなくなり地面を踏み鳴らしたが、側近と騎士は不思議に思うことなく作業の手をとめなかった。
吹く風は、ユリウスの燃えたぎるような怒りだった。
「聖なる泉に危険な薬を流し込むとは、神への冒涜である。
薬害によって、周りの木々は枯れ果て、多くの動物が死に絶えた。
人間は魔法使いとは違い、神に祈りを捧げられない。
聖なる泉は、神の許しを得ていない人間が無断で立ち入ることさえ許されない聖域である。
このように多くの人間が踏み荒らし、聖域を犯し害するなどあってはならない。
騎士とは、神と教会の教えを守護する戦士である。その任務にこそ、力を注がねばならない。
それにも関わらず、聖域を害するという王命に盲目に従い、愚かな国王を諌めようともしなかった。
神の涙である聖なる泉を守護する騎士でありながら、これは一体何としたことか!守るべき者が破るとは、この世界の愚かさをあらわしている。
愚かな国王から与えられる地位と金に目が眩み、騎士の気高さと誇りを失くしたか」
と、ユリウスは言った。さらなる怒りが湧き上がり、すさまじい風が吹き荒れた。
「オラリオンの側近と騎士、それに…ソニオの第2軍団騎士団もいるではないか」
ユリウスの双眼が恐ろしいまでに光った。
兜を脱ぎ、切れ長の残虐な目をした屈強なソニオの第2軍団騎士団隊長が指示を出していた。
この男は、フィオンを妬ましく思っていた。
みるみるうちに騎士の隊長としての頭角を現し、自分が狙っていた貴族の女も手に入れ、英雄という最高の名誉も手にしようとする自らよりも地位の低い男が妬ましくてならなかった。
国王と側近の話を盗み聞きして居場所を掴み、自らの正体が分からないように金を使って、フィオンが探していた盗賊をけしかけたのは、この男だった。
他国の勇者と魔法使いが犠牲になろうと関係ない。
勇者と魔法使いの代わりはいくらでもいる。
クリスタルの破片さえ持ち帰ることができれば、ソニオの国王は満足する。
出発の時と勇者が変わっていたとしても、生命を救った英雄に対して国民は声を上げないだろう。
もし五月蝿い国民がいたとしたら、いつものように殺してしまえばいい。男は、そう思っていた。ソニオとは、そういう国だった。
オラリオンとソニオの騎士を見るユリウスの目には鋭い光が走り、剣を握る右手に力を込めた。
「私は約束と使命を果たさなければならない。
今度こそ、リアムの望みを叶えよう。私の大切なリアムの望みを叶えよう。
人間の生命を消し去るのは、私の使命と責務。
神は私をその御手にかわる存在とされ、神の領域に踏み込ませ、愚か者を滅ぼす為に右手を上げるのをお許しになられた。
今こそ、その使命を果たしましょう。
愚か者に死を与える行為は栄誉であり、私の剣は裁きを下す為にある。
神に背き者たちに、神の怒りを轟かせよう。
お前たちは水晶玉に映る光景を、ただ黙って見ていなさい」
と、ユリウスは厳しい口調で言った。
すると彼等の両腕がダランと垂れ下がり、持っていた武器も杖もその全てが手から滑り落ちた。
「やめろ!ユリウス!何をするつもりだ?!
まだ希望は存在している!光は消え去ってはいない!
勇者は立ち上がった!まだ、裁きを下すべきではない!」
と、アンセルは叫んだ。
何をするつもりなのかは全く分からなかったが、ユリウスが魔法を使い、その手で人を殺そうとしているのだけは分かった。
「やめろ!待ってくれ!
奴等の中にも、疑問に思っている者がいるかもしれない!」
と、アンセルは続けて叫んだ。
絶大な魔力が込められ剣身が残酷なほどに光り輝くと、アンセルの全身に戦慄が走った。オラリオンすらも焼き尽くすのではないかと思えるほどの稲妻のような光だった。
「私は、もう数百年待った。辛苦を耐え抜いた。
それでも人間は変わらずに醜くなるばかりだった。
待ったところで何も変わらない。もう十分な時間を与えた。
他者に苦しみを与え続けた罪、聖なる泉を穢した罪に対する罰を与えなければならない。
見ているだけの者たちも同罪だ。
いや、見ているだけの者こそ罪深い。
己が手を汚すことも戦うこともせず、罪を免れようとする道を作り出しているに過ぎない。
私は罪人にいかなる理由も与えてやるつもりはない。罪人が抱える背景など、苦しめられた者には何の関係もない。
美しき心が残されているならば、罪を犯す前に思いとどまるからだ。それこそが、人間だ。
いくらでも己が罪を悔い改める機会はあった。
けれど他者を見下し、驕り続けた愚か者はそれをしなかった。犯すのなら、その覚悟をもってせよ。
流す涙も、懺悔の言葉も、一切受け入れぬ。
その全て、自分自身の為なのだから。
私は、人間という種族を、はかりにかける。
では、裁きを下してやろう。
奴等の罪状に相応しい罰。
それは、死だ」
と、ユリウスは穏やかに微笑んだ。
神により人間に裁きを行うことを許された男の握る剣。
空に閃く稲妻のような凄まじい光が剣身に走った。
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