クリスタルの封印

大林 朔也

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フレデリック 6

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 フレデリックは皆んなが酒に酔い始めたのを見ると部屋の隅を歩き、誰にも見つからないようにして玉座の間を去った。
 用意されていた豪華な部屋に戻り、勲章を床に叩きつけた。重たい服を脱ぎ捨てて風呂に入り、体にまとわりついた全てを洗い流した。
 英雄が着る為に用意されていた上質な服を仕方なく着ると、下を向きながら部屋から出た。
 とぼとぼと歩くフレデリックに気付く者は誰もいなかった。彼の顔は憔悴しきっていて、疲れた果てた男にしか見えなかった。
 長い廊下を、まるで影のように歩き続けた。
 廊下に敷かれた赤い絨毯を見ると、仲間の血で染まったダンジョンの床を思い出し、何度も吐きそうになった。

 暗い一室の前で立ち止まった。 
 その室は魔法使いの子供たちがいる部屋だった。ユリウスによって見せられた光景で、室の扉と場所を覚えていたのだった。
 フレデリックは力が抜けて、そのまま床に両手をついた。
 ユリウスを失った魔法使いの子供たちが、この先一体どうなるのだろうかと思うとゾッとしたが、自分にはどうする事もできないと分かっていた。
 彼は嗚咽を漏らした。
 魔法使いの子供たちはユリウスの帰還を待っているのだろうと思うと、一心不乱に「すみません」と繰り返した。
 彼等の希望の光を奪ったことが恐ろしくてたまらなかった。

(これで良かったのだろうか…?本当は僕が…)
 悲しい問いを何度も繰り返し、自らを執拗に痛めつけたのだった。




 次の日から、2人の勇者とユリウスの為に祈りの儀が行われた。国を救う為に犠牲となった英雄に、全国民が3日間かけて祈りを捧げたのだった。
 祈りの儀が行われている間、3つの国の国王はフレデリックを呼び出し、魔王との戦いの仔細について話すように言った。

 彼が世界の真実を何処まで掴んだのか、国王は目を光らせながら注意深く話を聞いた。
 フレデリックは「魔物との戦闘の疲れと、友を失ったショックが大きく、今はまだ鮮明に思い出すことが難しい」と頭を抱えながら話し始めた。

「魔王は何者であったのか?」
 と、国王が聞くと、
「漆黒のドラゴンでした」
 と、フレデリックは答えた。

 ソニオの国王は恐ろしく巨大な生き物が空を飛んでいたという騎士の言葉を思い出し、疑うことなく大きく頷いた。

「どうやって魔王を見つけ出したのか?」
 と、国王が聞くと、
「ユリウス様が魔王の正体を教えてくれました」
 と、彼は答えた。

 すっかりユリウスに心酔していた3つの国の国王は、ユリウスの名があがる度に感嘆の声を出した。
 
「あらゆる魔物を最果ての森に追い込み、ユリウス様がそこにダンジョンを作り、彼等をダンジョンの中に導きました」
 と、フレデリックは付け足した。

「恐ろしいドラゴンと、どのように戦ったのか?」
 と、国王が聞くと、
「ユリウス様が凄まじい炎の魔法を使われました。ドラゴンは癒えることのない傷を負いました。
 剣の勇者も勇敢に剣を振りかざし続け、死闘の末に死にました。僕は、最後の瞬間に矢を放ちました」
 と、彼は答えた。

「どのようにして魔王をクリスタルに封印したのか?」
 と、国王が聞くと、
「光の矢で、その片目を射抜きました。
 その矢には、偉大な力が込められていました。しかし、止めを刺すことはできませんでした。
 クリスタルに封印できたのは、ユリウス様の力でもあります。僕たちに時間を下さったのです」
 と、彼は答えた。

 国王はフレデリックの顔をしばらく見つめてから、恐る恐る口にした。

「どうして魔物が人語のような言葉を話せたのか?理由は知っているか?」
 と、国王が聞くと、
「魔王が彼等に言葉を与えたようです。
 しかし魔王をクリスタルに封印したことで、言語を話す能力もなくなりました。
 もし…こちらの大陸に魔物がのこっていたとしても、魔物はもう言葉を話せないでしょう」
 と、彼は答えた。

 本来人語を話せるのは、魔王だけだと嘘をついた。
 既に魔物はこちらの大陸にはいないはずだが、なんとしても秘密を闇に葬り去りたい国王が血眼になって魔物を探し回り、残虐な方法で動物が狩られることがないようにと彼は願ったのだった。
 
 国王は3日間とも同じようにフレデリックを呼び出した。
 罪人への尋問のように、何度も繰り返して同じような問いを投げかけ、彼の話と表情さらに声色に変化が出ないかを慎重に見続けた。
 もし彼が嘘をついているのであれば、何処かで整合性がとれなくなり、ボロが出ると思ったのだった。






 祈りの儀の最終日、フレデリックはついに動いた。

 オラリオンの国王はいつものように鍵を開けてから宝物庫に入り、宝物に酔いしれながら一つ一つ確認していたのだが、そこに羅針盤がないことに気が付いた。
 鍵は肌身離さずに持っているにも関わらず、羅針盤だけがなくなっていたのだった。
 他国の者たちが大勢オラリオンに来ているから、もしや盗人でも入ったのかと訝しんだが、この部屋には窓はなく、鍵もちゃんとかかっていた。
 国王は壁と天井と床を調べたが、誰かが侵入した形跡は全くなかった。
 それなのに、今やダンジョンを探し出す為の手掛かりとなった羅針盤だけが姿を消していたのだった。
 不気味に思った国王は棚の引き出しを全て開け、さらに部屋の中を隅から隅まで探し回った。

 だが、何処にも見つからなかった。

 国王が椅子に座りながら頭を抱えていると、急にフレデリックの顔が浮かんだ。
 すると、妙にあの碧眼が疑わしく思うようになった。
 旅に出る前と今では、自分を見る目が違っているように思った。猜疑心を抱くと、もう止まらなかった。
 どうやって忍び込んだのかは分からないが、羅針盤を手にしている姿を想像していた。

(あの男だ…あの男に間違いない!
 あの男は、この旅で何かを知ったのだ!)
 オラリオンの国王は背筋が凍りつく思いがした。
 



 
 
 一方、その頃、フレデリックはカーテンを繋ぎ合わせて脱出を図っていた。持ち前の軽やかさで地面に降りると、彼は大きく息を吸い込んだ。息が詰まりそうな城の部屋から脱出し、新鮮な空気を体に取り入れた。
 夜空を見上げると、大きな月が彼を見下ろしていた。
 フレデリックは大きく息を吐くと、首にかけている羅針盤を握り締めた。

(ここにあってはいけない。
 国王はそろそろ気付くだろう。
 欲深い国王は寝る前に宝物庫に入り、毎晩一人で宝に酔いしれているのだから)
 と、フレデリックは思った。

 どうして鍵を持たないのに、あの宝物庫に入れたのかは今は分からないが、扉に手が触れると鍵が勝手に開いて、中に入ることができたのだった。
 彼の歩む道を、阻むことはできなかった。
 真っ暗な部屋の中で羅針盤が隠されている引き出しだけが輝き、その在り処を教えてくれた。
 そして彼が宝物庫を出ると、また鍵が勝手にかかったのだった。

(なくなったと分かれば、国王は必ず僕を怪しむ。僕を殺そうとするにちがいない。
 羅針盤の意味を知る思い通りにならない英雄など、不要なだけだ。
 今なら…ドラゴンの毒にでもやられて死んだと嘘がつける。
 もう魔物を殺す為の弓を持った男は必要ないのだから。
 だから、僕は逃げねばならない。僕を支えてくれた方々の為に、僕は生きなければならない。
 あの国王のもとから、魔法使いの子供たちを自由にしてやらねばならない!)
 フレデリックは拳を握り締めた。

 彼が走り出そうとすると、背後から微かな轡の音が聞こえてきた。彼にしか聞こえないような小さな音だった。
 馬小屋に繋がれていた彼の愛馬が、静かに馳せ参じたのだった。

「お前……」
 フレデリックは驚いた顔で馬を見ると、馬もつぶらな瞳でじつと彼を見つめた。
 その瞳は、何処までも共に駆け続けることを望んでいた。

「そうか…僕の側にいてくれるのか…。
 ありがとう。お前が友で良かった。
 もし僕にまだお前と共に駆ける資格があるのならば、その背に乗せて欲しい」
 フレデリックは馬を撫でながら言うと、馬はニコリと微笑んだ。

 フレデリックが馬の背に飛び乗ると、馬は城門めがけて風のように走り出した。
 一刻も早く、友の心を苛むこの場所から離れようとするかのようだった。闇に溶け込んだ馬は姿を消して大きな影となり、誰の目にも映らなくなった。
 馬は固く閉ざされた城門を前にしても、止まる気配は見せなかった。

(あぶない!ぶつかる!)
 フレデリックは目を瞑り、心の中で叫んだ。

 けれど、馬は城門にはぶつからなかった。
 フレデリックが再び目を開けた時には城を出て、王都を駆け抜けていた。フレデリックは目を大きく見開いて驚いていたのだが、馬の目には何の迷いもなかった。
 手綱を握る自らの手を見ると、右手首にしているブレスレットが光り輝いていた。

(ありがとう…ドラゴン)
 フレデリックは全てがドラゴンからもらったブレスレットのおかげだと分かったのだった。

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