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旅路 3
しおりを挟む「ユリウス様…お願いがございます。
どうか、次の三日月の夜に…オラリオンの城を出て、我等に力を貸していただけないでしょうか?
ソニオ王国に行き…陸橋を見に行かねばならないと…夢でお告げがあったのです」
オラリオンの国王は些細は語らずに、ユリウスに助けを求めた。
長い沈黙が流れたが、魔法使いの答えはなかった。
恐ろしい秘密を抱えている国王は、その男の光のような眼差しに耐えきれなくなって下を向いた。不安と恐ろしさで目は血走り、もう立っていられないほどに足はガクガクと震えていた。
国王が「陸橋に行かねばなりません。助けてください」と何度も小さな声で言い続けていると、ユリウスは重々しく口を開いた。
「国王よ、なりませぬ。
私はここに残りましょう。
第1軍団騎士団隊長ルイス殿が魔物と戦い、討ち死にをされたという悲報が届いたばかりです。
第2軍団騎士団隊長もまだ戦地から戻らず、第3軍団騎士団隊長は深傷を負ったという報せも届きました。
非常事態にこそ、女子供と老人が避難している城の守りを強固にせねばなりません。
国王が不在にされている間に、魔物が城に攻めてくるかもしれません。誰が城を守れましょうか?誰が指揮を取れましょうか?凶報によって、城を守る騎士が恐れをなしています。
魔物は強くなるばかりです。多くの魔物は傷を受けても、次の日になると傷が癒えているようだと騎士から聞きました。夜の間に、彼等を照らす月の光で騎士から受けた傷でも癒しているのかもしれません。
国王は陸橋を見にいかれるだけです。その道の安全は、私が保証しましょう。
城の守りは、引き続き私にお任せください。国王の大切な国民は、私が守り抜いてみせましよう。
国王はソニオ王国に行き、国王の為すべきことを為すのです」
ユリウスはそう言うと、国王に背を向けた。
国王は去っていこうとする魔法使いの力にすがろうと慌てて追いかけたが、豪華なマントの裾を自らの足で踏みつけて転んでしまった。
顔を上げた時には、魔法使いの姿はなかった。
国王は四つん這いの姿勢のまま、生気のない目で床を見つめていたが、轟々とした風の音を聞くとすすり泣きを始めたのだった。
3つの国の国王は選りすぐりの騎士と側近をつれて、震えながら立派な馬車に乗り込んで、ソニオ王国の海岸を目指した。馬車の中で真っ青な顔をしながら、不思議な橋が現れるのを待ち続けた。
三日月は煌々と夜空に輝き出したが、橋はなかなか現れなかった。3人の男を痛めつけるように、荒れ狂う不気味な風だけが吹くのであった。
「やはり…夢はあやまっていたのだ。不思議な橋など現れるはずがない」
オラリオンの国王は弱々しい声で言った。
その時だった。
騎士の隊長が大急ぎで馬車に向かって走ってきた。
「国王よ、三日月が不気味なほどに大きくなりました」
隊長がそう言うと、国王はギョッとした顔をしながら馬車から降りた。
漆黒の夜空が蠢き、最果ての森から凄まじい風が吹いた。
雷鳴が鳴り響いて夜空が荒れ狂い、稲妻が海に向かって落ち、地面が怒りで震えた。
睨め付けるような細い三日月が、大地に接近してくるように禍々しくなると、立派な馬車は大きな音を立ててひっくり返り、車輪ははずれ、繋がれていた馬は逃げて行った。
その場にいた全ての者たちは、偉大な力にひれ伏した。
ようやく顔を上げられるようになると、そこには美しい栗色の橋がかかっていた。
陸橋には4本脚の生き物の姿があり、こちらを見ながら口から煙と炎を吐いていた。
「化け物だ…」
ソニオの国王は消え入るような声で言った。
オラリオンの騎士が弓を構えて矢を番えようとすると、海が大きく渦を巻いて底なしの穴が開き、一つ目の真っ黒な巨体が現れた。聞くも恐ろしい声のような音を発すると、弓の弦がはずれ矢を番えていた騎士の腕が燃え上がっていった。
「あつい!あつい!」
騎士が水を求めて海に入っていくと、巨体は長くて赤黒い舌を出して騎士をからめとった。
グチャリグチャリ
と、身も凍るような音を出しながら喰い出したのだった。
巨体が騎士を喰らうと、4本脚の生き物は後ろ足で立って大きく嘶いた。
国王はその4本脚の生き物が馬だと分かると、国王にのみ語り継がれている陰惨な光景を思い出して大声を上げた。
体に吹き付ける冷たい風が、彼等の首を締め上げていき息苦しさと共に動物の死骸の腐肉臭を運んできた。
大きな雷が鳴り響き、冷たい雨が降り始めた。
海が荒れ始めると殺された騎士たちの血が飛沫となって、固まって動けない国王の体にかかるのだった。
(やはり…そうだ。
魔物は、あの時に、鎖で殺し尽くした動物なのだろう。国王にのみ語り継がれている話どおりだ…化け物となって我等を殺しにきたのだ…)
3つの国の国王は、愚かさの全てを知っている三日月と陸橋を恐れ、口から泡を吹いて気絶したのだった。
朝日が昇ると、ソニオの国王は白い防御壁を急いで作らせ、屈強な騎士たちに守らせることにした。
しかし夜になってまた日が昇ると、白い防御壁が赤い赤い血の色で染まっているのだった。防御壁だけでなく、小屋も騎士の鎧も全てが血の赤となっていた。
どうやって色が変わるのかは誰にも分からなかったが、何度塗り直しても赤に染まってしまうのだ。
ソニオの国王はその色を恐れて、全てを黒く塗りつぶすことにしたのだった。
3つの国の国王は、恐怖の夜から一睡もすることができなくなり、食事も喉を通らなくなった。巨体の力は凄まじく、大いなる力に縋るしか方法はないように思えた。
国王は血走った目をしながら、玉座の間にユリウスを呼んだ。宮廷魔法使いであるユリウスに3つの国の国王がヘナヘナと跪き、絶望を引き寄せる言葉を口にした。
「ユリウス様…どうか我等をお救いください。
我等が思うに、国民を襲う魔物は、最果ての森からやって来ているにちがいありません。
先日、ソニオ王国に行き、この目で確かめました。
どうか…国民を恐怖におとしいれる魔物を殲滅させ、世界をお救い下さい。
もう騎士や兵士では、全く歯が立ちません。
ユリウス様の御力で、どうか我等の国民をお救いください。
人間を苦しめる魔物を殲滅してください」
3つの国の国王は深々と頭を下げながら言った。
ユリウスが何も答えないでいると、国王は床に頭をこすりつけ啜り泣きを始めたのだった。
「本来、魔法使いは生命を奪うことができません。殲滅させるなどもってのほかです。
魔法使いは人間を光の道に導くことが使命でございます。
光の道とは、互いを認め合い、共に生きること。
何者かが一番であるなど、それは他者を排除しようとする傲慢な考え方です。必ず、歪みが生まれるでしょう。
魔物は訴えかけるような目で言葉を発していると、騎士たちが話していました。何か伝えたい事があるのでしょう。聞いて欲しい事があるのでしょう。
憎しみ合う前に、相手の話をしっかりと聞く必要があるように思います。殲滅させるのではなく、共存の道をとるべきです。
騎士たちが攻撃するのを止めさせてみてはいかがでしょうか?何かが、変わるかもしれません。
相手が攻撃してくるから、身を守る為に反撃に出ているだけなのかもしれません。
先に攻撃をしているのは誰なのか、よく考えてみる必要があるのかもしれませんね。
話をしようとする相手に弓を向けるのではなく、弓を置くのです。さすれば、彼等も牙を向けることなどなくなるでしょう。
そもそも、この世界にどうして魔物が現れたのでしょうか?神は魔物はおつくりにならなかったはずです。
そうすると…魔物が生み出されるような恐ろしい出来事があったのではないかとも考えられます。
物事には、全て理由があるといいます。
国王よ、どう思われますか?」
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