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旅路 1
しおりを挟むユリウスは動物に力を授けると、聖なる泉へと向かった。透き通ったアクアマリンの水面は、満月の光でより一層輝きを放っていた。
冷たい夜風によって、水面はさざ波がおこり、うっとりするような音色を奏でていた。
「悔い改めることなく、愚かさが続いています。
人間の心が汚れていて救いようがないのであれば、水面は紅く染まりましょう。紅い色は、私たち魔法使いの血の色でございます。もう…愛された美しさはございません。
しかし闇へと導くのが早すぎるのであれば、泉はアクアマリンのように輝き続けるでしょう」
ユリウスは一粒の種を泉に落とすと、泉は勢いよく渦を巻いた。
グチャリグチャリという大きな音を立てながら種が割れ、中から紅い色がドクドクと溢れ出していった。
泉の左側は瞬く間に紅く染まったが、右側は濁りながらも迫りくる紅に必死に抗い続けていた。
ユリウスは、彼の瞳のような漆黒の夜空を見上げた。その瞳には、輝く星々が生命の煌めきに見えた。
その星々を落とす、痛みも苦しみも悲しみも、彼は誰よりもよく分かっていた。
神によって選ばれ、彼の手に全てが委ねられ許されているとしても、自らの意思で魔法陣を描くのであれは、それは彼自身の決定である。
次に右手をあげれば、人間は地上から消え失せる。美しき者も愚かなる者も、全てが灰となるのだ。
ユリウスは抗い続ける水面を見ながら魔法陣を描き出した。最後の円を描ければ、神の許しは出ている。
彼は最後の円を描こうとし、その半分まで描いたところで、急に手を止めた。彼の意志で止めたのだった。その先を描けたかどうかは、彼だけが知っていた。
「人間の醜悪さを…魔物たちが曝け出させるでしょう。
彼等の言葉が届かぬのなら、彼等は止まることなく走り続け最果ての森へと辿り着くでしょう。
力を与えましたのは、彼等を最果ての森へと連れて行く為でこざいます。
人間がそれを望めば、さらにその時が近づきます。
私は決断せねばなりません。
彼等にだけ憎しみと狂気を背負い続けさせるわけにはいきません。望んだとしても、彼等もまた答えの出ない問いに永遠に苦しみ続けるでしょう」
ユリウスは力を与えて変化した魔物の顔を思い浮かべた。彼等の表情は、すでに憎しみが溢れ出して狂気に染まっていた。
憎しみで歪んだ顔を見たユリウスは、彼等の歩む道を変えてしまったことを悔やんだが、綺麗な言葉だけを並べ、一方が裁かれることなく一方だけが傷つき耐え続けるだけの日々が正しいとは、もはや思えなくなっていた。
たとえ辿り着くのが満足感ではなく、出口の見えない闇だとしても、答えが見つからないのだとしても、憎しみの気持ちと殺された仲間は浮かばれよう。
涙を流しながら平気で嘘をついて憐れみを乞い、後悔と懺悔の言葉を並べ立てながら地に頭を擦りつけて謝罪をしたとしても、その実は腹の中で舌を出している。
彼は何度もそういう人間を見てきた。
人間の涙は、自分の為になら、いくらでも流すことが出来る。
法があっても、正当に裁かれるわけでもない。金と権力と知恵があれば、いくらでも逃れられる道がある。
真実は、いくらでも姿を化える。
だからこそ恨みを晴らしたいという動物の望みは聞き届けられたのだった。
牙を剥き喰らいつくことさえも許されず、耐え続けたからといって、今の世には救いはない。
力の差はどんどん広がりばかりであり、同じ事をしても、力があれば捻じ曲げられる。
現実は、残酷だった。
ユリウスは満月を恭しく見上げてから瞳を閉じ、神に祈りを捧げ、彼の願いを口にした。
「その時が、来ました。
私は決断を下す旅に出ます。
私が魔法陣を描いて右手をあげれば、全ての人間が滅びます。もう地上を人間が歩くことはない。
私の目の前に現れる城の者たちは、私の力を利用しようという濁った者ばかりです。偽りを述べる国王や側近では何も分かりません。
その者たちでは、人間の魂の美しさははかれません。はかる必要などないからです。
そこで3つの国から勇者となる者を選ばせることにします。
勇者をその国の代表とし、勇者で人間の真価をみましょう。勇者を惑わす言葉が降り注がぬ旅路で、時間をかけて語り合い、この目ではかりにかけましょう。
もし勇者だけでは力が足りないようであれば、勇者の力となる者を与えましょう。役割を果たさなかった聖職者はダメです。天上の怒りを鎮めたあの者がいいでしょう。
力と知恵と勇気を象徴する黄金の瞳を与え、確固とした信念を植え付けた黒と清らかさをまとわせ、勇者となる者を守る力を与えましょう。その者は、今宵まだ抗い続けるアクアマリンの水面を照らす月からの輝きを得て、希望の光となるのです。
勇者が望みを抱き真実の光を掲げ、いかなる時でも絶望と恐怖を乗り越えられるかをはかりにかけましょう。
私を最後の試練とし、私に真に打ち勝つことが出来れば、力を与えます。
それほどの勇者でなければ、この世界は変えられません。
それほどまでに、この世界は歪んでいます。
私に美しさを見せることが出来ないのであれば、私は希望の光を消し去り、全てをハジメリノセカイにかえします」
と、ユリウスは言った。
漆黒の瞳を開けると、色を変えた聖なる泉の水面を見つめてから、マントを翻してその場を去っていった。
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