クリスタルの封印

大林 朔也

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虹 1

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 薄暗い朝日が昇ると、空気はまだ震えていたが、鳥たちが小さな声で朝を告げる鳴き声を上げた。
 立ち込めていたモヤが徐々に晴れていくと、王国は荒れ果てた姿となっていた。様々な場所から炎と煙が上がり、川の水は氾濫して道はことごとく水に浸かっていた。家と小屋の屋根は吹き飛ばされ扉はねじり取られ、城の外壁もあんぐりと口を開け、ひび割れた大地には穴があいていた。地面に横たわる死体の数も数えきれなかった。

 側近は国王がいつまで経っても戻らないので、船に乗って恐々と孤島に向かった。孤島の上空には不気味な雲がかかっていて、白の教会には誰もいなかった。
 側近が蒼白な顔をしながら城に戻ると、聖なる泉の水面に「国王の指輪が浮いていた」と騎士の隊長から聞かされたのだった。
 側近は国王と聖職者が天上の怒りを鎮めたのだと思うと、大急ぎで新たな国王を立てることにした。
 今までならば次の王位を巡って骨肉の争いが起こったが、泥舟のような王座には誰もつきたがらず、第一王子がそのまま即位した。


 一方、時の風が、新たな力を呼び起こしていた。

 2つの国を滅ぼし、3つの国も恐怖で包み込み、人々に真実を知らしめたことで、傍観者や無関心であった国民に変化が起こっていた。
 国王の所業は全て明るみとなり、真実を追求しないまま恐ろしい行動をしたことを悔やみ、見て見ぬふりをしたことが殺したのだと嘆き悲しんだ。罪の意識に苛まれながら、蝋燭の火と花を絶やさなかった。
 何の罪もない者が殺され苦しめられたのは、国王だけでなく、自らにも責任があるのだからと。

 国民は亡骸はなくとも立派な墓をつくって魔法使いと動物と2つの国の人々を弔うと、新たな道を歩もうと顔を上げた。
 嘆き悲しむだけではなく、冷静に事実を直視して、歴史を語り合い、忘れることなく語り続けなければならないと誓い合った。繰り返さない為に、引き起こした悲惨さから逃げてはならないのだから。

 正しき道を歩む為に、国民を率いる新たなリーダーが誕生した。各地で反国王の蜂起が始まり、腐りきった王政を終わらせようと立ち上がったのだ。

 人々は新たな夜明けを迎える為に、新たな旗が掲げられた。

 3つの国の新国王は驚愕し、オラリオンの城に集まると、事態が収束するまでは協力しあうことにした。
 真っ暗な城の一室で頭を抱え、国王の権力を守ることだけを話し合った。
 前国王の愚かな所業によって殺された者たちを弔うなど、国民とは違って全く考えなかった。

(ようやく父が死んで、国王となったのだ。
 夢にまで見た地位と権力を奪われてなるものか。
 豪華絢爛な暮らし、目も眩むほどの財宝、美味な酒、魅惑的な女たち…。
 ようやく手に入れた玉座から見下ろす景色を、絶対に失いたくない。もう一度…あの頃のような…絶対的な力が欲しい…)

 新国王は2つの国に降り注いだ天上の怒りは、自らとは何の関係もないと思っていた。前国王が死をもって償って怒りは去ったのだからもう許されており、王位は守られるべきだと考えていた。  
 それほどまでに強欲であった。傲慢な教育を受けてきた新国王にとっては全てが過ぎ去りしことであり、これからも王政が続いていくものだと信じて疑わなかった。

 しかし新国王の退位を求めて、王政を終わらせようとする民衆運動の旗は、城の窓からでも見えるほどに近付いていた。
 新国王は固く門を閉ざし、籠城戦に持ち込んだ。
 それでも国民の怒号が聞こえると、自らの国民に向かって弓を引いて剣を抜き槍を突き刺して、武力によって制圧するように騎士団に求めたのだった。

 第1軍団騎士団隊長は黙ったまま新国王をしばらく見つめていたが、その目に諦めの色が浮かぶと重々しく口を開いた。

「国王よ、お聞きください。
 国民に向かって弓を引くことは出来ません。剣と槍を向けるなど、もってのほかです。
 すべき事は、一つしかありません。
 城門を開かねばなりません。
 今も城の防壁の割れ目から国民が城に入ろうとしています。押し寄せる波は勢いもあり、風向きも変わりました。
 騎士たちも国民の声に耳を傾けて不満を漏らし、声の力によって押し戻されています。
 守り抜ける日数は、あと3日でしょう。
 時代は変わろうとしています。
 どうか、ご決断ください」
 と、隊長は真剣な顔をしながら静かに答えた。
 
 騎士の隊長は膝をつくと、自らの剣を抜いて足元に置いた。第2軍団隊長も第3軍団隊長も同じく、剣を置いた。
 彼等の剣は鋭く光り、民衆運動の指導者によって引き摺り出されて中央の広場で首を斬られるか、それとも城の中で自害するのかを迫ったのだった。

 自ら王位を捨てようとはしない新国王に残されている道は、たった一つの死しかなかった。

 隊長はそのまま剣を持たずに、立派なマントを翻して新国王に背を向けた。国王としての誇りをもてる道を歩ませる為に、時間を稼ごうとした。
 鞘には剣はなかったが、広い背中は堂々としていて、隊長としての責任をとる覚悟はとうに出来ていた。


 一方、誰もいなくなった玉座の間で、新国王はいずれもガタガタと体を震わせていた。窓から見える外の景色は、必死になって城を守ろうとする騎士と押し寄せる国民の姿が見えるだけだった。
 熱く燃える炎と戦う叫び声だけである。一晩中戦いの炎が燃え続け、新しい旗が風に翻っていた。

(何故…こうなった…アレは我の責任ではない。どうして…これ以上、責任をとらねばならないのだ。
 責任ならば、もう前国王がとったではないか!
 どうして王政が終わらねばならない。
 我は、何も、していない。何も、していないのだ。
 あの所業さえなければ、我の玉座は守られる。前国王のした事を記憶から消せさえすれば…我は全てを手に出来る。
 そうだ…国民の記憶が無くなれば、何もかもが元通りになるのだ。忘れさせてしまうことが出来れば…消してしまうことが出来れば…いいのだ。
 そうだ!
 我にとってヨカラヌモノは、忘れさせてしまえばいい!)

 新国王は、天上の怒りの恐怖は欲で忘れ、逃げていこうとする王位にしがみつこうと必死になった。
 何もしていない、何も出来ない新国王は、なんとしても権力にしがみつく道を選び、この魔法のようなことをやってのけるには、どうしたらいいのかと話し合った。

 新国王は苛立ちながら部屋の中をグルグルと歩いていたが、突然、オラリオンの新国王の顔が醜く歪んだ。

 側近の「ある言葉」を思い出したのだった。「殺さずに、生かしている」という言葉だった。

 新国王は恐ろしい笑みを浮かべると、邪悪な剣を手に取つて、東の塔へと向かうことにした。
 怒りの声を上げる国民に見つからないように豪華なマントを脱ぎ捨て、東の塔を開けることが出来る唯一の銀色の鍵を手に取った。
 体を低く屈めながら血走った目で進み、ようやく東の塔に辿り着くと、顔から流れる汗を拭った。
 東の塔の重厚な扉を開けると、国王は興奮した足取りで、地下に続く階段を下りて行った。

 東の塔は、オラリオンの魔法使いの王が、新たな魔法を試す時に使用していた。人間の体に害が及ばないようにと、外に魔法が漏れないように特別な魔法を施していたのだ。
 銀色の鍵がなければ、決して扉を開けることが出来なかった。

 長い間、閉ざされていた東の塔は光も風も入らずに、冷たくて陰気でジメジメとしていた。
 そこには魔法使いの子供たちが閉じ込められていた。
 オラリオンの国王だけは魔法使いの子供たちを殺さずにいたのだった。手足を縛られ痩せ細った子供たちが、ブルブルと震えながら体を寄せ合っていた。

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