クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と望み 5

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 フィオンはアーロンの言葉に嘘偽りがないとは感じたが、まだ心からは信用出来なかった。

「どうして、俺がその言葉を信用出来る?
 長年、戦をしてきたんだ。
 前にも言ったが、俺を騙そうとしていると思うのが普通だろう。
 ゲベートがソニオを潰そうと企み、俺に弓を引かせて国を混乱させ、その機に乗じて攻め込もうとしているとしか考えられない。
 それに、お前は俺に何も証明していない。
 お前は俺にとっては勇者というよりも、いまだ…敵国の王の息子だよ」
 と、フィオンは冷たい声で言った。

「確かに…僕はまだ証明していない。
 しかし、必ず、ダンジョンに潜る時に、君に証明出来る。
 僕が王の息子ではなく、騎士の隊長として、ずっと心に抱いてきた望みが真実であるということを。
 どうしても君の力が必要なんだ」
 アーロンがそう言うと、フィオンは肩をすくめた。

「お前が思っているような力は俺にはないし、何の望みもない。
 俺は今の地位を守れたら、それでいい。
 俺を、巻き込むな。本気で望みを叶えたいのであれば、ゲベートだけでやれ。お前なら、一人で出来るだろう。英雄であり、国民からの信頼もあり、資金も潤沢だ。
 ゲベート王国の騎士団は、お前に従う。
 国相手でも、十分に戦える」
 と、フィオンは冷たく言い放った。

「クーデターを起こすだけなら簡単だ。僕だけでも可能だろう。
 しかし僕が守りたいのは、国民の生命だ。それはゲベートだけではない。ゲベートだけでクーデターを起こせば、人間の半数が死ぬだろう。いや、それ以上の死者が出るかもしれない。
 3つの国の大陸は焦土と帰すのだから。
 僕がクーデターを起こせば、世界の均衡が破れる。
 国王を断罪出来たとしても、これを好機とばかりにオラリオンとソニオが手を組んでゲベートを挟み撃ちにしてくるか、そうでなくても必ず戦争を仕掛けてくる。
 そうなれば全面戦争となる。僕も国を守る為に容赦しない。
 今までの小競り合いとはちがう、世界大戦になる。どこかの国が滅ぶほどの殺し合いになるだろう。暴力と破壊、殺戮と略奪が蔓延り、女子供はみるも無残な姿になる。
 それが分かっていて、どうしてゲベートだけでクーデターを起こせようか?
 特に、破壊と殺戮を好むソニオの騎士団は恐ろしい。
 実力は君が1番だが、君の前にはまだ4人の残忍な隊長が率いる恐ろしい部隊がある。この4人はなんとかせねばならない。事前に武力を削ぐか、不慮の事故に見せかけて殺してしまいたいぐらいだ。
 それが出来なくても僕がクーデターを起こしたことで、ゲベートに攻めてくる道と時刻が分かってさえいれば、僕が出陣して総大将の首を取ろう。攻めてくる部隊の情報さえあれば、全滅させることが出来る。残忍な騎士団によって虐げられ苦しめられた者たちの仇を取ってやる。
 あの4人の隊長が邪魔で仕方ないんだ。
 君も、そう思うだろう?」
 と、アーロンは言った。

「おいおい、恐ろしい事を言う奴だな。
 俺がそんな事を思ってるわけないだろう」

「いや、思ってるさ。
 黒い門を通り、陸橋が現れるのを待ちながら、君が他の部隊に向けていた視線は憎しみに満ちていた。
 僕と同じ目をしていた。あの目は、憎しみの対象に向ける恐ろしい目だ」
 アーロンの目がどんどん険しくなっていくと、フィオンはアーロンが抱える心の中に自分と同じ憎しみを見たのだった。

「そんな事は思っていない。
 そんな事をやる力もないしな、俺は」
 と、フィオンは言った。

「いや、君には志も力もある。
 そうだな…馬を買い取ってくれた奴等もそうだ。君との間に、しっかりとした信頼関係があるのだろう。
 君は朝早くに馬で出かけて、夕方ぐらいには帰ってきた。どこまで行ったのかは知らないが、どう考えても時間が早すぎる。君には優秀な連絡手段があるのだから、どこかで会う連絡をしていたのだろう。
 あの時間なら商談すらしていない。君の言葉で、彼等はまだ見てもいない二頭の馬も買い取る決断をし、金貨30枚をあの短時間で簡単に用意した。よほど力と金のある者たちだ。
 あの三頭は優れた馬だが、軍馬ではない。金貨30枚は無理だと思っていた。その場合は僕が持ってきていた不必要な宝石でも売ろうと思っていたが、君は本当に約束通りに用意した。
 優れた調教師がいて、軍馬として調教でもするのだろうか。そうでもしないと、あの値はつかない。やがて優れた乗り手が手に入れ、戦場を駆け抜けるのだろう。
 それに、あの武器屋だ。僕をジロジロ見ていたのは気に入らないが、素晴らしい武器を沢山保有しているのだろう。
 彼の目には強い怒りの感情があった。ゲベートの騎士を恨んでいると君は言っていたが、もっと別の誰かに対して強い怒りを抱いているようでもあった。
 大切な故郷に「何か」があったのかもしれない。ならば仇を取ってくれた恩人には義を尽くし、その頂点に立ちながら何もしない男は殺したいほど憎いだろう。
 君は隊長になってから、連戦連勝だ。
 それでも、まだ馬を揃え、いい武器を揃えている。それらを買うだけの財力もある。ソニオ王国の、あらゆる場所に詳しかった。
 馬と武器と人と金…さらに憎しみという感情が揃っている。
 戦争の条件が、揃い過ぎている。騎士の隊長というだけではないだろう。
 一体、どこと戦争をするつもりだ?」
 と、アーロンは言った。

「おいおい、勝手に結びつけんな。
 お前は相変わらず思い込みが激しいぞ。
 これからも戦いに勝ち続け、隊長であり続ける為だ。
 ただ、それだけだ。
 俺が俺であり続ける為に、俺は完全に武装する。だから常に最高の馬と武器を揃えている。
 人を殺すことで、興奮したいだけかもしれんがな。それは、他の隊長連中と同じだよな」

「ちがう!
 君は生命の大切さを理解している。
 そして、生命を踏みにじる者たちを憎んでいる。
 君は同じじゃない!」
 アーロンは大きな声で言ったが、フィオンは呆れたような顔で笑った。

「いや、同じだよ。命令されるままに殺したんだからな。他の奴等も命令されて殺している。ほら、同じだろ?
 悔いていようが、笑っていようが、殺したという事実は一緒だ。
 俺はお前が思うような騎士ではない。
 お前の理想を俺に押し付けんな。俺は悪党と変わらない、ただの殺し屋だ」
 と、フィオンは言った。



「僕は君が殺し屋だとは思っていない。ましてや、悪党のはずがない。
 君は僕の望んでいた理想の騎士だ。
 僕は何度でも言おう。
 騎士として戦場に赴く時には、敵国の騎士を殺さねばならない。それは隊長の務めだ。国民と隊員を守らねばならない。殺戮ではなく、戦争をしているのだから。
 しかし、君だって本当は人を殺すことは望んでいないはずだ。君は本当に戦場以外では人を殺したくない。いや、もう戦場ですらも望んでいないのかもしれない。
 君が狂気をまとっていない時に、僕に向けた言葉の多くは生命を尊ぶ言葉で溢れていた」
 アーロンがそう言うと、フィオンは険しい顔をしながら笑った。

「俺はただ優しい男を演じてただけだ。そのせいだ。
 長旅なんだから優しい男の方がいいだろう?魔法使いとエマがいたから、そうしたんだ。
 盗賊を殺しまくってた時が、俺の本来の姿だ。お前が望む騎士なんてものは、ソニオにはいない」
 と、フィオンは言った。

「僕は騎士だ。聖人ではない。
 僕も悪人を捕らえる必要はないと思っている。多くの人たちを欲望のまままに傷つけ殺してきたんだ。偽りの懺悔を口にする輩ばかりだ。そんな奴等は何度も罪を犯し、解き放てば同じことを繰り返すだけなのだから。
 僕も君となんら変わらない。
 だからこそ、僕は君という人間がよく分かる。
 もう終わりにしよう。
 このままいけば、君は本当に壊れてしまうぞ。鬼神にでもなってしまいそうだ。恐怖と絶望をもたらす、鬼神にだ」
 と、アーロンは言った。

「もうなってるさ」
 フィオンが呟くと、冷たい風が彼のマントを翻した。

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