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勇者と望み 2
しおりを挟むフィオンが体を震えさせると、大樹の枝がガサガサと揺れ動いた。アーロンが大樹を見上げると、何枚もの葉が静かに舞い落ちてきた。その落ちていく葉を眺めながら、アーロンは静かに口を開いた。
「魔法使いは、その魔力が最大となる容姿で長い時を生き続ける。世界一の魔法使いといわれたユリウスは、20代中頃の容姿だったと聞いている。
しかしルークたちはどう見ても10代前半の容姿だ。変だとは思わないか?
僕の推測だが、あのユリウスでさえ魔力が最大となるのは、心身共に完成して力が最高潮を迎えるのは、20代中頃だった。
それなのに彼等は10代だ。どう考えても幼すぎる」
と、アーロンは険しい表情で言った。
フィオンもアーロンが何を言いたいのかはよく分かってはいた。フィオンにとっても彼等は小さな子供のように幼く、大人が守らねばならない存在のように思っていた。
「あえて…そうされているってことか?」
フィオンの言葉に、アーロンは頷いた。
「君の国の騎士団には、少年兵が沢山いる。
つまり、そういうことだろう。
少年兵は、心身共にコントロールしやすい。意のままに操ることが出来る。死さえ恐れない兵士にすることも可能だ。「殺してこい」と命令すれば、何者も恐れず、自らの死さえ厭わない。
魔法使いも同じだ。
大人の男の恐ろしい暴力でコントロールし、何度も何度も同じ言葉を浴びせ続ければ、締め切られた逃げ場のない室の中で心はどんどん暗闇に閉ざされる。光のない暗闇だ。
他にも理由があるのかも知れないが、一つは心をコントロールしやすいように成長を止めたのだと思う。
彼等が真に大人になり本来の魔力を持てば、いずれ人間に抵抗するかもしれないと考えたのかもしれない。
だから成長段階で止めてしまい、暴力で全てを支配した。人間は怖い存在であり、抵抗してはいけないと心と体に刻みこませた。あらゆる力を根こそぎ奪い、自分は無力な者だと思い込ませ、光と力を奪い取ったんだ。
勇者の生命を守ることが魔法使いの役目だと、彼等は何度も口にしただろう。勇者を守る為なら自分は死んでも構わないと刷り込まされて、この旅に出されたのだろうと思う」
と、アーロンは言った。
「いつからだ?いつからお前は知ってたんだ?!
お前は全部知ってて、王の息子という地位にありながら黙認してたっていうわけか?!
あの室に入ることが出来、それを止められる力があるというのに!お前なら、状況を変えられただろう!
それなのにお前は何もせず、今頃優しくして、さぞ満足だっただろうな!自分に酔いしれてたんだろう?
それで許されるとでも思ってんのか!
お前が本気で救う気なら、もっと早くに手を差し伸べてやることも出来ただろうが!
お前は…ただの騎士じゃないんだから。
そうだ…お前は…ずっと…知ってたんだ」
フィオンは怒りのままに感情をぶちまけた。何もかもが、とんだ茶番に思えた。目の前の騎士を偽りだらけの男のように思うと、男から発せられる言葉の全てを憎み、嫌悪の念を込めた眼差しを向けた。
「そうだ。そう思われても仕方がない。君が言うことはもっともだ。
僕が知ったのは数年前だ。数年間、僕は何もしなかった。
何も出来ない僕は、魔法使いの室に遊びに行けなくなった。どんな顔をして会えばいいと…いうんだ。
あの時に、僕はようやく目が覚めた。
僕は長い間…見させられているものしか見てこなかったんだ。本当に、愚かな騎士の隊長だ。こんなものが…騎士とはな。
しかし、僕は本当に彼等を救いたい。
ずっと、どうやったら彼等を本当の意味で救えるのかを考え続けていた」
アーロンはそう言ったが、フィオンは厳しい目を向けるばかりだった。どのような謝罪の言葉も、言い訳にしか聞こえなかった。
「それに…国王は何か恐ろしいことをさせている。
奴等はアノシゴトといって何かをさせているんだ。きっと、とてつもなく恐ろしいことだ。
君が前に言っていた、斧を持っていた者たちと関わりがあるのかもしれない。頭が痛くなる、魔法にかかったようだと言っていただろう?
それと何か関係があるのだろう」
アーロンがそう言うと、森の奥深くから呻き声のようなものが聞こえてきた。それは長々と尾を引き、彼等はその方向を見つめたが、何かが現れることもなかった。
風だったのだろうか。空気だけが震え、その場所がとても寒くなったように感じたのだった。
「魔法使いの問題は、簡単には解決出来ない。
僕が中途半端に手を出せば、目の前の…僕の国の魔法使いを、その瞬間だけは救えるかもしれない。
その瞬間だけは…な。
しかし、事態はさらに悪化する可能性がある。
僕は騎士の隊長だ。ゲベート王国第1軍団騎士団隊長である僕は、王命が発せられれば何をおいても出陣せねばならない。
四六時中、彼等を守ってやることは今は出来ない。
僕が動いたことで、僕がいない時に、何が起きるのかを想像して欲しい。奴等は、残虐だ。
子供たちの叫び声を奪い、僕が戻った時に奴等にとって余計なことを喋らないように、さらなる恐怖で押さえつける。「精一杯」我慢せねばならないと浴びせかけるだろう。新たなクスリを開発して、彼等の心を完全に奪い去るかもしれない。
人間とは、醜いからな。
中途半端な介入によって救えるのは、その瞬間だけだ。
君が隊長になるまでに過ごしてきた日々の中で、騎士や兵士が見るも腹立たしい行為をする姿を、君も何度も見てきただろう?
その行為を憎く思い耐えきれなくなって「止めろ」と叫べば、君の恐ろしい力をもってすれば、その瞬間目の前にいる人間だけは救えただろう。
しかし、それをすれば君は決して、この国では隊長にはなれなかった。騎士のままでは、本来の望みは果たせまい。
目の前の者たちを救っただけで、終わりだ。
何もかもが終わる。
太くて醜い悪の根を絶やさなければ、永遠に終わらないんだ。犠牲者が出るのは止まらない。
光の存在というだけじゃない。もう大切な子供たちが苦しみ続ける姿を見るのは…たくさんだ…。
同じ城の中で、彼等が酷い扱いを受けているのを知りながら何も出来ない無力さに…僕だって…もう…限界なんだ。
これ以上、誰かが傷つくのは苦しくてたまらない…何としても終わらせたい…この手で救いたいんだ…」
アーロンは身を震わせながら言うと、右の拳に力を込めた。
「君はあの袋の中にまだ何か入っていたと言っていたが、確かにその通りだ。
あの袋の中には、ルークの体の痛みを治す薬をいれていた。ルークが何をされているのか知っていたから、ルークを助けたいと思った。
マーニャの薬ほどではないが、万能薬だ」
アーロンが目を伏せながら言うと、フィオンは厳しい目を向けた。
「どう考えてもルークは普通じゃない。ほとんど何も喋らない。そうか…その万能薬とやらで、お前はルークを助けたのか。とてもルークを助けたようには見えないがな。
なぁ、アーロン!」
フィオンはもう我慢が出来なくなって大声を上げていた。
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