クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と陸橋 1

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 陸橋を渡ることになる、その日は、雨が降っていた。

 アーロンは夜が明けるよりも早くに目を覚ました。雨の音を聞きつけるとカーテンを開け、これ以上激しく降らないことを願った。
 しかし雨は窓に打ちつけるほどに降り出し、その先に見えるはずの景色は何も見えなくなった。今後の勇者の旅路を暗示しているかのように、アーロンには思えた。騎士の剣を鞘から抜くと、もう一度決意を固めるかのように、その研ぎ澄まされた鋭い剣身を見つめた。
(この先にどのような真実が待ち受けていようとも、もう決して背を向けない。僕は、もう逃げない。
 ようやくだ…ようやくここまで辿り着いた。
 目的を達成する為に、望まれる騎士を演じてきた。来るべき日に備えて準備をし、国民の心を動かせるほどに素晴らしい騎士となったのだ。何もかもを犠牲にして、ようやく名実ともにゲベート王国の騎士の頂点に立った。
 全てをあの男の望むように振る舞い、僕に何の疑問も抱かせないほどにあの男の信頼を得た。「その為」に僕は生きてきた。クリスタルの秘密を、この手に掴む。
 待っててくれ…もうすぐだ…もうすぐ終わらせる)
 アーロンは剣身に映る自らの美しい顔を、憎悪に満ちた目で睨みつけた。


 エマは鏡の前に立つと、少し伸びた髪と弓を手にしている自らの姿を眺めた。鏡に映る姿にはエレーナと呼ばれていた頃の面影はなく、立派な弓の騎士となった凛々しい姿だった。
 エマは服に隠して見えないようにしていたネックレスを引っ張り出した。あの夜から、ずっと首にかけていたのだった。
 そのネックレスを見ると、フィオンの顔と広い背中を思い出した。逞しい男の背中の感触がよみがえった。あの時の微笑み以上のものを、大切な恋人に向けているのだろうと思った。
 そして、アーロンを思った。フィオンがアーロンのことをどう思っているのかは分からないが、アーロンがフィオンを見る目はいつの間にか友を見る目に変わっていた。この旅の間だけと割り切っているのではなく、真実の戦友のような目で見ているのだった。彼は国王の息子ではあるが、それを鼻にかけるようなこともなかった。多くの騎士が嫌がるようなことも率先して行い、仲間である魔法使いを気遣う目をしていた。
 こんな馬鹿げた旅に出る勇者なんて、ロクでもない男だと思っていた。強欲な国王の命令に盲目に従い、表面上は選ばれたる勇者のように振る舞いながら、腹の中では富と名声を得ることに躍起になっているどうしようもない男なのだろうと思っていた。
 けれど、2人とも違った。
 2人とも、立派な騎士だった。
 また…信じてもいいかもしれないと思うようになっていた。恐ろしい記憶までは消し去ることは出来ないが、それを束の間でも忘れさせ、さらに新しいものに塗り替えてくれるかもしれないと思ったのだった。
「エレサ…」
 エマはそう呟きながら、マーニャのことも思った。マーニャの体に残るいくつかの痣と、恐ろしい腕の痕を思い出すと、胸が苦しくなっていった。
「マーニャ…許されるのなら、あなたも連れて帰りたい…」
 エマはそう言うと、騎士の弓を強く握り締めたのだった。


 フィオンは銀色の鎧をまとい、兜を手に取っていた。
 それぞれの隊長が普段装備している武具一式が、予め決められていた最後に泊まる宿屋に運ばれていたのだった。
 フィオンは紋章が刻まれた鎧を険しい目で眺めながら、大きく息を吐いた。今は綺麗に磨かれているが、自らが殺してきた人々の悲鳴と全身に浴びた血と臭いは、いつまでも染み付いて消えることはないように思えた。
 兜にも紋章が刻まれていた。特別な身分を示す為に、ソニオ王国の騎士の隊長の武具の全てに刻まれていたのだった。
 紋章を忌々しいモノでも見るような目で睨みながら、いつものように口元に微笑みを浮かべた。
(まだ俺のことを守ってくれよ。「その為」に俺は生かされているんだから。この手で、必ず終わらせてやる。
 俺は、絶対に生きてかえる)
 と、心の中でいつものように誓った。
 目を閉じ数年前の光景を思い浮かべると、全身がたぎるように熱くなった。憎しみと怒りが体中を激しく駆け巡ると、心も武装するかのように自らの狂気を駆り立てていったのだった。


 降り続く雨は長くは続かなかった。しばらくすると、雲の隙間から光が射し始めた。
 勇者が武具に身を固めて宿屋から出ると、そこにはフィオンの武具一式を大切に運び込んだ彼の隊員たちが、尊敬する隊長の出陣を整列しながら待っていた。
 隊長の姿を見ると、隊員たちは一斉に敬礼をした。
 アーロンはフィオンの隊員たちを見つめた。隊員たちは皆んな強靭な体で眼光は鋭く、立派な顔立ちをした男たちであった。

「3つの国を救う勇者と魔法使いが出陣されるぞ!」
 隊員たちは磨き抜かれた槍を打ち合わせながら声を上げた。
 その声は明るくなった空へと響き渡り、きらきらとした光りが勇者たちに降り注いでいった。

「いい隊員たちじゃないか」
 アーロンがそう言うと、フィオンは誇らしげな顔をした。

「見送りはいいって言ったんだけどな」

「いい面構えだ。 
 君を心から尊敬している。
 それに、どの男も君よりも真面目そうだ」
 アーロンは目を細めながらそう褒めたたえた。

「後半は余計だろうが。まぁ…そんな事を言える余裕があるのなら、よしとするか。陸橋を怖がってるんじゃないのかと思ってたんだぜ。
 お前を守る槍は持たないからな」
 と、フィオンは言った。

「僕は君を守る剣を持とう
 これから先も喜んで、君と共に馬で駆け続けよう」
 アーロンはそう言うと、真っ直ぐな目を向けた。

 フィオンはその言葉を聞くと少し笑い、勇者は互いの武器を打ち合わせたのだった。

 3頭の馬はフィオンの隊員たちによって、今までの汗を流してブラシをかけられ、その毛は艶々と光っていた。馬は主人の武装した姿を見ると嬉しそうに嘶いて、勇者の隣に立ったのだった。
 勇者と魔法使いが馬に乗り、フィオンが隊員に出発を告げると、隊員の1人が楽器を吹き鳴らした。
 馬もその音を聞くと高く嘶いて、陸橋の方角を見ながら風のように走り出した。日の光に照らされながらダンジョンに挑んでいく勇者と魔法使いの姿を、隊員たちは見えなくなるまで見送っていたのだった。

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