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聖なる泉 1
しおりを挟む剣の稽古の時間となり、アンセルが広場の扉を開けると、ミノスとマーティスは広場の中央で立っていた。
広場の空気は、重く張り詰めていた。
マーティスはミノスの剣を持ち、白き杖を持って真剣な表情で詠唱していた。
アンセルが広場の中に入っても、彼等はアンセルの方を見ようともしなかった。マーティスは剣から目を逸さずに詠唱を続け、ミノスも背中を向けていた。
しばらくの間、マーティスの低い声だけが響き、アンセルは詠唱が終わるまで黙ったまま待ち続けた。
マーティスは詠唱を終えると深く息を吸い込み剣身を鋭い目で見てから頷き、ミノスにその剣を手渡したのだった。
アンセルを振り返ったミノスはただならない表情をしていたたので、アンセルは少し後退りをした。
「お待たせいたしました。
アンセル様、稽古を始めましょう」
と、ミノスは言った。
(またあの力に引きずられたら、自分を見失ってしまうかもしれない。真実を知らないといけない。何事もなかったかのように稽古は出来ない)
アンセルが強い眼差しを向けると、ミノスは大きく頷いた。
「私は、この剣の力を最大限に引き出します。
そうしなければ稽古は不可能です。その絶大な力の前では、私は無力に等しい。
今こそ、この剣に、聖なる泉の加護の力を宿します」
ミノスは大声でそう言うと、剣を高く掲げてみせた。
その言葉が合図であったかのように、銀色に輝く剣の先から徐々にアクアマリンのように煌めく水色へと変わっていった。
アンセルは驚きの声を発しながら目を擦ったが、その変化は見間違いではなかった。
掲げられた剣は、神々しいまでの水色へと色を変えたのだった。ゆっくりと時間をかけながら、剣は本来の力をより増していった。より鋭く、より長くなったようだった。
この剣を持つものは勇猛果敢な者であり、剣自体も主人を選ぶという強い意志を持っているかのような輝きを放った。
アンセルは目を大きく見開いた。その剣に、何者かの力を見ると、彼の心が激しくざわついた。
とっさに剣を鞘から抜こうとしたが、柄に触れた手をもう片方の手でおさえこんだ。
「聖なる泉について、かつての魔王について、お話しせねばなりません。
その時が、来ました。
それ以外の事にも答えます。ただしアンセル様が気付かれたこと、見られたことに対してのみ答えます」
ミノスは掲げていた剣を下ろすと、重々しい口調で話し始めた。
※
神が世界をつくられた。青き空と緑の大地、豊かな恵の数々、希望に満ち溢れた美しい世界をつくられた。
美しい世界にさらなる祝福を与えようと、神は涙を流された。その涙が地上に降り立つと、アクアマリンのように輝く水色の美しい泉が湧き立ち、夜になると月の光に照らされた水面は黄金に輝いた。
その泉を「聖なる泉」と名付けられた。
特別な力を宿し、風に吹かれるたびにさざ波が起こり、揺れる水面が美しい光を放つと、人間が誕生した。その次に、人間と共に歩むものとして動物が誕生した。
神は人間が美しい心を持って歩まれることを望まれた。
穏やかな風が吹き太陽の眩しい光に照らされると、人間は目を開け、世界の素晴らしさに歓喜の声を上げた。
人間は自然を愛し、動物と共存し、平和に暮らしていた。
しかし、長くは続かなかった。
ある日、1人の男が神の目を盗み、まだ蕾だった可憐な花を自らの欲望のままに手折ってしまった。そればかりか足跡が残った大地を踏み荒らし、鳴き声を上げた鳥を殺し、自らの罪から逃れようとした。
まるで支配者であるかのような傲慢さだった。
散らされた蕾と破壊された大地、殺された鳥をご覧になられた神はひどく嘆き悲しまれた。さらに男は「蕾が、望んだのです」と口にし、責任の一端を蕾にまで負わせようとした。
欲望に突き動かれ、悔い改めることなく醜い行動を起こす愚かな人間の姿が、そこにはあった。
神は「全てを森へ」と思い悩まれた。
だが蕾に花を手向ける人間の姿をご覧になられた神は、人間が持つ心の美しさを信じ、しばらくの間、人間の行く末を見守ることにされたのだった。
しかし、導く者がいなければ、人間はまた愚かな道へと進むだろう。そこで神は天の土を使い、自らの手で光の力を持つ者をつくられ「光の魔法使い」とした。
魔法使いは光の力を使い、崇高な魂を持ち、聡明で優美な姿をしていた。
「人間を、光の道に導く存在」としての神の願いを、絶対に抗いがたいものとして魔法使いの魂に植え付けた。
人間が神の願った美しい存在である限り「正しき助言を行い、光の道に導くように」と命じて地上に遣わされたのだった。
さらに、神は闇をつくられた。
魔法使いに光を与え、魔法書に闇を記された。闇は光以上に絶大な力を持ち、恐ろしい残酷さで満ちていた。
神は闇の魔法書を「決して開いてはならない」と仰ると、息を吹きかけ、聖なる泉の底深くに沈められたのだった。
闇の魔法書は夜になると魅力的な7色の光を放ち、人間の心に深く刻み込まれたのだった。
試練を与えたのだった。
それは蕾が手折られるのを、多くの人間が見ていたにもかかわらず、男を恐れて誰も止めなかったからだ。
その愚かさを、神はお許しにはなっていなかった。
人間が美しくある限り、闇の魔法書は開かれることはない。
しかしまた神の意に背く所業をしようとするならば、闇の魔法書を開くであろう。
ならば神との約束を破った罰として、神の使者となる者に闇の力を与え、天上の怒りを大地に降り注がせることにしたのだった。
その者を神の御手にかわる存在とされ、全てを委ね、神の領域にくることを許したのだった。
最後に、神は聖職者をつくられた。
人間にただしき教えを説き、自らが模範となる行動をし、尊敬を集め、人間が愚かな行動をしようとする時には止めるように命じて、美しさと特別な力を与えたのだった。
こうして神は、人間に「希望と絶望」の両方を残されたのだった。
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