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第一章 封印の書

【1.11】ミルキー川の戦い(前)

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読者の皆様、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
ーーーー

「おい、対岸を見るのじゃ。敵の大群で埋まっているぞ」
「大変。のんびり本を読んでいる場合じゃなくなったわね」
 パセリと黒猫は顔を見合わせる。

 霞んだ対岸に無数の点が見える。その点一つ一つが武装した歩兵なのだろうか。
 敵は一直線に古都ベテルギウスに向かってきているようだ。
 《千里眼(クレアボヤンス)》を用いて拡大して向こうを見ると、白いマントを纏った人だかりが行進してきている。白い錦の旗が数百本、風にたなびいている。噂の白装束集団のお出ましという訳だ。

 こうしている間にも侵攻は進んでいる。ベテルギウス市が砲弾の射程に入るのも時間の問題だろう。
 事態は急を要した。
「頼めるか?」
 その一言で、バジルは何を求められているか理解した。
 こと戦闘に関してはIQが高い。普段もこれくらいの機微を見せてくれるといいのだが。
「はい、川の対岸までですね」
「そうだ、運んでくれ」

 バジルは窓から飛び出すと、少し離れたところで変身する。
 煙に包まれた後、十メートルを超す龍が目の前に姿を現した。
 古龍の大きな影が町を覆う。
 気持ちよさそうにゆったりと翼を動かして空を舞うその姿は、水を得た魚のようだ。

 眼下に見える町の人々は、急に現れた怪物を見て尻もちをついている。
 もっとも彼らに説明している余裕はない。状況は一刻を争うのだ。

「よし、いくぞ!」
 オレたちはバジルの背中に飛び乗った。行先は敵の本陣ミルキー川だ。
 野を越え丘を越え、雲を突っ切って飛翔する。
 一度翼を羽ばたかせるだけで一キロ移動する、その圧倒的なスピードで、ぐんぐんと目的地まで近づいて行く。
 さすがバジリスクだけのことはある。

「急ぐのじゃ。やつらが川を越えるまでが勝負じゃ」
 パセリの肩にしがみ付きながら、黒猫のおっさんは檄を飛ばす。
 小さな猫が大きな龍に指示を出すというシュールな状況だ。

 おっさんの分析にオレも同意する。
「あぁ。これ以上侵入されたら、町の破壊も間逃れないからな」
 普通の人なら押し殺されそうな風圧を受けながら、一直線に進んでいく。

 ミルキー川の対岸は白装束の部隊で埋め尽くされていた。オレたちは川の浅瀬に着地する。
「あいつか?」
 指さした先に、図体が一際デカいオレンジ色の怪物が見える。
 一人だけ、大きさ、そして何よりも雰囲気が違う。
 パセリは首を縦に振る。
「えぇ、あれがカメレオン大佐よ」

 向こうも気づいたのだろうか。大佐と呼ばれた相手も、こちらに寄って来る。
 まあ、古龍に乗って登場したのだから、気が付かないほうが難しいだろう。
 いずれにせよ、敵の大群に対してオレたちはたったの三人と一匹。
 圧倒的戦力差が想定される。

 あまりにも無謀な戦いを挑んでいるように見えたのだろう。
 大佐は、オレたちを見てニタニタと笑い出した。

「これは、これは。誰かと思えばパセリさんではないですか。また無様に負けに来たんですか?」
「もうあの時のあたしではないわ。トベラとナツメの仇は取らせてもらうから!」
 パセリは昔の戦友の名前を口にして、キッと鋭く睨み返した。
「トベラとナツメ? あーあ、ひょっとして活きのいい転生者(オモチャ)のことですか?」

 おもちゃという言葉にカチンときたのか、青筋を立ててパセリは言い返す。
「オモチャじゃない! みんな素晴らしい人格者で、楽しい人たちだった。あなたに殺されたあたしの仲間よ」
「クックックッ。殺されたとはひどい言い草ですね。弄っていたら勝手に死んだそっちが悪いんですよ。だいたい脆すぎるんですよ、あなたたちは。こんな風にね」
 大佐は白装束の一人をナイフで突き刺した。胸を抑えた男の首をさっと掻っ切る。そして生首を持ち上げてニタリと笑った。
 その間たったの一秒。全く躊躇なく、近くにいる白装束のメンバーを殺してしまった。
 こいつは狂っている。見た目だけでなく、中身まで。清々しいほどのクズだ。

「おい、仲間じゃないのか?」
 神すらドン引きの事態だが、大佐は笑って答える。
「下等種族の有効活用ですよ」
 そう言うと、大佐は長い舌を男の頭に巻き付けて、そのまま丸呑みした。
「ごちそうさまでした」と言った後、大佐の体はもごもごと変形し始めた。

 翼が体内部に収容されて、四本の腕が二本になり、全体がしゅーっという音とともに縮んで、人間の形に落ち着く。そこに現れたのは、先ほど殺されたはずの白装束の男だった。
「もっとイケメンを選んだ方がよかったですかね」
 人間に変身した大佐はまぁいいかと独り言を言った後、パセリには目もくれずにこちらに向かってきた。

「ところで、あなた。ただ者じゃありませんね。お名前は?」
「勝ったら教えてやるよ」
「私に人間ごときで勝てるとでも。まったく下等種族は冗談がお好きのようです。まぁ、覇気の色からして転生者でしょうね。いや、別の色も混ざっている気もしますが……」
「仮に転生者だったらどうする?」
「本当ならペットにして差し上げたいのですが、皆殺しにせよとの命令ですので、死んでいただきます。たっぷり、いたぶってからね」

 パセリが心配そうに近づいてくる。
「いくらレイモンド君でも無理よ。あたしが戦うわ」
 そんな彼女に向かって、オレの口が勝手に言葉を紡ぐ。
「心配するな。アイツには致命的な弱点があるんだ」
 ほんとかよ。そう不安を感じるオレをよそに、別人格サイデルは堂々と宣言する。

「五分で片付けてやる。カメレオン大佐、いや堕天使リキュールよ」
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