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【2nd】 ─ RANBU of blood ─

2nd episode エピローグ

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エピローグ

「ミラノ、先にパールの部屋へ戻ろう」
 いつの間にか後ろまで来たシュナヴィッツが言った。
 彼が居たはずの小高い丘の頂上では、膝を付いたネフィリムの首にパールフェリカはしがみついてわんわん泣いていた。ネフィリムはそんなパールフェリカを抱きしめて背中をぽんぽん撫ぜている。
 この兄弟にとっての部外者であるミラノが離れた事で、全てさらけ出したという所だろう。
 丘を見上げるミラノの横をすれ違いながらシュナヴィッツは先を歩き始める。
 背を向けた形のまま、ミラノはパールフェリカの方を向いて目を閉じた。顎を上へ向けたまま、一度深く。
 しばらくして目を開いても、やはりパールフェリカがわんわん泣いている姿が見えた。
「ミラノ?」
 後ろから呼ばれたが、振り返れない。
「──ミラノ?」
 シュナヴィッツが横にやって来て、ミラノの顔を覗き込んだ。ミラノは躊躇いながらも、動くことが出来なかった。一瞬目を泳がせて、上げていた顎をほんの少し下げて、揺れる草を見た。
「…………」
 ミラノの半歩前に出たシュナヴィッツの左手が、甲をこちらに見せて伸びて来た。その人差し指がミラノの目尻のすぐ下を拭う。
 眼差しを伏せる事しか出来ない。
 どうして、涙なんてこぼれたのか、わからなかった。
 ──誰の為に……ユニコーン? パールフェリカ? それとも、自分? ……自分の為に泣くだなんて、あってはいけないわ。
 少しずつ、ミラノは自分の心を立て直す。自分の中の“鉄の女”の法則で。
 シュナヴィッツの手が離れていくのが見えた。
 その手の指の包帯にはほんのり赤い色が染みていた。
 ミラノはゆっくり瞬いて、一度息を吐いた。そして、顔を上げた。
「──いきなりチャラだなんて言ったりして、ごめんなさい。私の方が、借りは大きいものでした」
 その声は震えるという事などは無く、普段通り淡々としたものだった。
「そんな事はない。僕の力は足りていなかった」
 ミラノは下を向いてゆっくり首を横に振った後、シュナヴィッツの蒼い瞳を見上げた。
「ありがとう……戻りましょう」
 ミラノは言って歩き始める。5歩程先を行った頃、シュナヴィッツの足音が聞こえ始めた。


 昼まではまだもう少し時間がある。
 パールフェリカの部屋の飛び散っていたガラスは片付けられており、新しいガラスも指紋一つ無く、元と同じように窓枠におさまっている。
 その鉄のサッシ部分に手を当てて、ミラノは窓の外を見ている。
 部屋に戻った所でトエドに捕まったシュナヴィッツは、それでも抵抗をして、今はすぐそこで、パールフェリカの部屋のソファで包帯を変えてもらっている。動くなという理由は、まだ傷口が塞がっていないから、という事だったようだ。
「何か、気がかりでも?」
 ふと、ガラスに映り込む姿がある。ネフィリムだ。
 ミラノはゆっくりとガラスに映る彼の瞳を見た。はっきりした蒼の瞳は、ガラスの向こうで揺れる木漏れ日が混じって見える。
「なぜ?」
「…………なぜ? 気落ちしているように見えるから」
「…………」
 ミラノは小さく息を吐き出す。ネフィリムにバレるのは、彼もまたポーカーフェイスだから、だろう。隣に立つ実物のネフィリムを見上げる。
「少し、考えていただけです。気落ちしているように見えたのなら、きっとあなたの思い違いです。私はいつもこうです。気になさらないでください」
 根暗なのだとアピールするミラノを、ネフィリムは笑う。
「気にするなと言われて、気にしないヤツなんて居ないだろう。ましてや、ねぇ?」
 ミラノは下唇を少し持ち上げて“ん”と言葉を詰まらせ、目を細めて言うネフィリムから、顔を逸らした──“敗北”する気なんか無いんじゃないかと、思ったから。
 もう少し一人で考えて、ちゃんと平静を取り戻したい。このまま人に会っていると、どんな顔を見せてしまうか、落ち着かない。特に、このネフィリムは本人が狸なだけに、見抜いて来る。シュナヴィッツには涙など見せてしまった、あれはあってはならなかった。それを彼がどう受け止めているかはわからないが。
 ──かえるのだ。ブレずにそれを思い続けようと、ミラノは自分に言い聞かせた。
「ほぇ~!! それが新バージョン!?」
 声に、窓へ向けていた体を部屋に向けた。
 寝室からパールフェリカが出てきて言ったところだった。
 随分とぼうっとしていたらしく、いつの間にか部屋の人口密度はぐっと上がっていた。
 パールフェリカの隣には、彼女と年も近い侍女のサリヤが居て手ぬぐいを受け取っている。パールフェリカは寝室の水場で顔を洗って来たのだろう。
「なんだ、前と同じじゃないか」
 シュナヴィッツはソファから体をひねって、部屋の入り口付近を見ている。彼の左手は今、トエド医師がガーゼをあて直している。
 部屋の入り口には、目深に帽子を被ったままの人形師クライスラーが居た。その両手に“うさぎのぬいぐるみ”が抱えられている。
 修理されたという“うさぎのぬいぐるみ”は、汚れがすっきり取れて真っ白で、赤い刺繍の目が浮き上がって見える程だ。右手は人形の手のままなので、ミラノは少しホッとした。左耳と左手の綿はしっかり詰まっているようだ。両足も直っているように見える。
「エステリオが持って戻った時はやけにボロボロでね、すぐにクライスラーを呼んだんだ。それはともかく、あれに入っていて、痛くなかったのかい?」
 ネフィリムの問いに、ミラノは首をゆるく傾げた。
「それを言っていられる状況ではなかったので」
 その答えに、ネフィリムはにやりと笑って頷いた。
 クライスラーはと言えばパールフェリカの声を完全無視して、まっすぐこちらへやって来る。
「残念です! 前の格好はどうされたのですか!?」
「…………」
 スーツ姿で無い事がご不満のようだ。
「ちょっと! クライスラー! みーちゃん! 置いていってよ!」
 元気な声でパールフェリカが駆けて来る。目元がまだほんのりと赤いようだが、じっと見なければ泣いたという事はわからない程度だ。少し、化粧もしているらしい。
「クライスラー、その話は後だ。パール、ミラノを“うさぎ”にするといい。昨日からこのままだろう?」
「え? ん~、でも、ほら! “人”にし続けて訓練? みたいな!」
 ネフィリムやシュナヴィッツが召喚術の特訓時にフェニックスやティアマトを召喚しっぱなしにして持久力を鍛えた事を、パールフェリカも知っているのだ。
「疲れている時にする事じゃない。ほら」
「えー……」
「えー……」
「…………」
 ネフィリムは片眉を上げた。残念そうにパールフェリカ、クライスラーが呟き、シュナヴィッツがじっとこちらを見ているのである。
 丘での事といい、今といい、自己主張が見え始めている、ミラノに関して。ネフィリムは腕を組んだ。意味は二つあったが、溜め息を一つだけを吐く。
「パール、昨日召喚したものの話は聞いている。いつ疲労がどっと出るか知れないんだ、さっさと消耗の少ない“賢い方”を選びなさい」
「……はぁ~い」
 まるでお母さんとだだっ子だ。
 パールフェリカはすぐにぶつぶつと呪文を呟いて足元に白い魔法陣を広げた。
 そして、ぱさりと、ミラノの着ていた服とアクセサリが床に落ちた。中身がごっそり居なくなったせいだ。この時点で、洗濯をされていたミラノのスーツは、消滅している。ダメージ限界に達した際にミラノの召喚が解除された時のように。
「……そうですね、痛みはすっかり無くなりました」
 クライスラーの腕の中、“うさぎのぬいぐるみ”のみーちゃんから淡々とした声が出る。
 パールフェリカがはぁと息を吐いた。
「……ほんとに肩が軽くなっちゃうのが、イヤ」
 ぷぅと頬を膨らませている。“人”から“ぬいぐるみ”に移した事で、負担が減った事を言っているのだろう。
 しかしそのしかめっ面はすぐに消える。
 ピコッ
「え?」
 クライスラーが“うさぎのぬいぐるみ”を床に降ろしただけなのだが。
 ピコピコピコッ
「…………」
 3歩、移動して“うさぎのぬいぐるみ”はそのままの形で動きを止めた。そして、ゆっくりと、クライスラーではなくネフィリムを見上げる。
 ネフィリムは既に笑いを堪えている。犯人はこいつしかいない。
「……なんでしょうこれ」
 ミラノの声に、ネフィリムは組んでいた腕を解いて、片手の拳を顎の下に持っていった。笑いを必死で堪えている。
「わ、私とクライスラーで考えたんだ。ミラノにはきっとユーモアが足りないという事で、な……く、くくっ──」
 ピコッ
 直立する為の一歩だった。どうもこうもない、綿もはみ出す程に破れていた両足の裏に、ピコピコクッションが埋め込まれている。足を踏み出す度にピコピコ言う、ミラノの世界でも赤ちゃんの靴などに仕込まれているアレだ。
「…………」
「あーーーん! ミラノかわいいーーーー!!!!」
 ダッシュで駆けてきたパールフェリカが膝で滑り込んで来てきゅっと抱きつく。
「これならミラノがどこいっても大丈夫ね、迷子になんてならないわ!」
「…………迷子になったのはあなたでしょう? それは、いいです。パール、“人”にしてもらっ──」
 言いかけてミラノは止める。きらきらした目でクライスラーがこちらを見ていた。こっそりシュナヴィッツもこちらを見ている。その目は──なんで……? どのタイミングで? いつ?
 ミラノはこの時、シュナヴィッツの自分を見る目が以前の“気付いていないモード”からチェンジしている事に気付いた。
「ん? なに? ミラノ??」
「……いえ…………なんでもありません。少し、1人になりたいのですが──」
 パールフェリカから離れ、哀愁を漂わせる“うさぎのぬいぐるみ”。ピコピコいいながら、寝室へ退場しかけて少しウロウロする。考え、迷っている。
 ピコピコッピコッピコピコッピコッ
 ピコピコッピコッ
 ピコピコッ
 そして。
 ピコッ
 パールフェリカの目の前までやってきて、見上げる。赤い刺繍の目は相変わらず感情は無い。首をほんの少し、うさぎは傾けた。
「パール、別のぬいぐるみはありますか?」
 パールフェリカが耐え切れないとばかりにうぷっと笑ってうさぎに抱きついた。
「んもっ!! かーわーぃーいぃー!!!!」
 そのまま抱え上げ、うさぎの両耳と両足をぷらんぷらん左右に振り回すパールフェリカだった。
 もちろん、ネフィリムの爆笑は部屋に響いた。


>>> To Be Continued ...


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