華散るその時まで

碧月 晶

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41「6」

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「体は大丈夫かい?」
「…ん」

差し出された水を受け取り、体を起こす。
水を飲むとカラカラだった喉が潤っていった。

飲み終え、再びベッドに伏す。

腰は重いが、不思議と充足感がある。

「…そういえば」
「ん?」
「何であの時オレに『ウィル』じゃなくて『エド』って呼ばせたんだ?」

ファーストネームではなく、ミドルネームを。普通逆だろう。それに、

「ヤナギは『ウィル』って呼んでた」
「ああ、それは…」
「それは?」
「…夢だったんだ。いつか最愛の人に、誰にも呼ばれない特別な呼び名で呼ばれる事が」
「…………」
「子供っぽいかな」

そう言って、気恥ずかしそうに笑うエドは、とても幸せそうな顔をしていた。

その顔をさせているのが、自分だと思うと…何だか胸がむず痒いような心地になった。

「…別に、いいんじゃねえの」

子供っぽかろうとそうでなかろうと、夢は夢だ。見るも叶えるも本人の自由だ。

「そうか…ありがとう」
「…ん」
「そういうラルフには子供の頃何か無かったのかい?」
「オレ?オレは…」

夢、か。思い出してみるも、そういうものを抱いた記憶がない。
が、エドが期待している手前、何か無かっただろうかと記憶を探る。

「夢、かどうかは知んねえけど」
「うん」
「…絵本を読むのは好きだったな」
「絵本?」
「けど、『狼』が悪者扱いされてるやつが多くて、それが嫌でオレだったらこういう話にすんのになとか色々考えた時期があったよ」
「…ふむ、なら今からでも書いてみれば良い」
「はあ?今から?」
「幼い君が描いた物語を私も是非とも見てみたいしね」
「で、できる訳ねえだろ。今更…」
「何かをするのに遅すぎる事はないよ。したかったのならすれば良い。私は応援するよ」
「そん…」

言い掛けて、エドの包み込むような優しい笑顔に言葉を飲み込む。

「………分かったよ。書けば良いんだろ書けば。その代わり、笑ったりしたら殴るからな」
「しないよ、そんな事。君が一生懸命に綴った物語だ。大事に読ませて貰うよ」
「言ったな」

嘘だったら承知しないからな。

なんて、あれよあれよと書く事が決まってしまったが、内心何て書こうかともう考え出している自分がいた。

きっと書き出しはこうだ。


───オレは月が嫌いだった。



後日談ーendー

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