華散るその時まで

碧月 晶

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26 sideラルフ

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天涯孤独というものになったのは、まだ十代半ばを過ぎたばかりの頃だったと思う。


東洋人だった父は、いわゆる人狼という種族だった。そんな世間一般では架空でファンタジーな存在の父と結婚した強者が、人間で西洋人だった母だ。

物心ついた頃には既に母の姿はなく、写真の一枚すら無かったため顔も知らない。
ただ、父曰く、俺の顔立ちは母とよく似ているそうだ。

父と二人の生活は、充実した日々だったと思う。

けれど、ある日を境に、父も帰らぬ人になった。
トラックから子供をかばっての事故だった。

困惑の中、これからは一人で生きていかなければならないのだという事だけは理解した。

着る物も食べる物も住む所も、全てに金が掛かる。だからあの頃は睡眠以外のほぼ全ての時間を金のために費やした。


そうして生きていたある日の夜、懐かしい夢を見た。

まだ父がいた頃、父はよく俺を膝に乗せて絵本を読んでくれた。その中でも一番印象に残っているのは、確か、狼と赤い被り物がお気に入りの女の子の物語。タイトルは…何だったか。

他にも色々読んで貰ったような記憶もあるがよく覚えていない。
そんなうろ覚えの記憶の中でもそれだけは覚えていたのは、きっとあの時抱いた疑問のせいだろう。

『おおかみはどうしていつもひどいめにあうの?』

その疑問の答えを尋ねた時、父は何と答えたんだったろうか。困ったように笑っていたのは覚えているのに、それだけが思い出せない。


「おっはよう。よく寝ていたね。というか気絶してた?」
「………」

目覚め一発目から癪に障る顔を間近で見てしまい、思わず顔をしかめる。

「あは、しかめっ面も可愛いね」
「………」

無視をきめこむ。この手の輩は反応を返せば喜ぶだけだ。

「あれえ、無視するの?ま、いいけどね。これから君の『特別な姿』が拝めるんだし?」

その言葉に、とある事を思い出し、はっとする。

「今夜はま・ん・げ・つだよ?いやー、楽しみだねぇ。君の半獣の姿」
「…っ」
「しかも人狼だよ?それもハーフ!君が生まれてきたのはきっと僕に可愛がられるためだったんだよ」

『半獣』──それは獣人と人間との間に稀に生まれてくる存在。
通常、獣人と人間との間の子は半分の格率で獣人が生まれる。
そして獣人は『人の姿』か『獣の姿』になる事ができる。

だが、『半獣』は文字通り獣人にも人間にも馴染めない『半端者』で、『獣の姿』になる事ができない。代わりに獣の耳と尻尾が生えるだけの半端な姿にしかなる事ができず、中でも人狼の半獣は満月の夜、その姿になる事を制御出来ない。

「…! う、あ」

その時だった。ドクンと一際大きな脈が打ち、その時が来たのだと全身で察知する。

「きたー!」

耳が、尾骶骨が熱い。形が変わっていくのが分かる。

「おー、すごーい!」
「………っ」

ギリッと歯を喰いしばる。鎖に繋がれて、半獣に…大嫌いな姿になる瞬間を見られて………気分は最悪だった。

「じゃ、再開しよっか」

鞭を片手に下卑た嗤いを浮かべて近付いてくる。

「今夜はこれからだよ」

…月なんて、大っ嫌いだ。

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