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14「トゲトゲと先輩」

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何故、友広に聞くまで浪川先輩の事を思い出せなかったのか。

理由は簡単だ。前世の姉があまりヤンデレが好きではなかったからである。

なので、姉は『ハーレムエンド』を解放するために浪川先輩水属性の攻略対象ルートを一回しか攻略していなかった。
しかも、元から興味のなかった俺はうたた寝しながら見ていた。道理であまり覚えてない訳だ。

やはり入学式の時に感じた笑顔の違和感は間違っていなかったのだと、思い出した今なら分かる。

それに前世の姉も言っていた。浪川先輩水属性の攻略対象ルートは兎に角げきムズルートで、その難しさは「『ハーレムエンド』を解放させるって目的が無かったら、こんな直ぐにバッドエンドになるルート、誰が攻略するか!」とまであの重度の腐女子の姉に言わしめた程だと言えば、お分かり頂けるだろうか。

よって、五人のキャラの中で最も警戒すべきキャラは浪川先輩だという事になる。

何故なら『歩くバッドエンドメーカー』(前世の姉が名付けた)と呼ばれる程に浪川先輩水属性の攻略対象ルートは些細な選択ミスが命取りになり、即バッドエンドになってしまうというスーパーハードなルートだからだ。

どれくらいスーパーハードかというと、前菜に監禁・拘束を、メインディッシュに誘拐・陵辱を、デザートに事故死・他殺・無理心中を。と例えられる程、このルートは実に多彩なバッドエンドのフルコースが用意されているのだ(前世の姉談)。

え?そこまで知っているのなら対策の立てようがあるのではって?

まあ、普通はそう思うだろう。

だが、しかし!先程も言った通り、事はそんな単純な話ではないのである!

理由となる問題点は、ただ一つ。
バッドエンドの種類は(後で姉ちゃんに聞いたから)知っているが『どこでどんな選択肢を選べばそのバッドエンドを回避できるのか』という『答え』を俺が知らない事である。

え?何で一緒に見てたのに知らないんだって?

いや、あの、その、何ていうか?このルートは姉ちゃんも失敗しまくってたから、元々興味が無かった事もあって早々に寝落ちしたといいますか………

………だって!姉ちゃんに無理矢理付き合わされてただけで興味無かったんだもの!やり始めたら完璧にクリアするまで止まらない姉ちゃんに最後まで付き合うとか出来なかったんだもの!ええ、そうですよ!起きたらもう既に完璧に攻略し終えてたから過程を知らないし『ヤンデレ』という事だけ覚えてましたが何か!?

「椿?どうしたんだよ?そんな所に突っ立ってないでお前もこっち来いよ。めっちゃ可愛いぜ」

友広の声にはっと意識が戻る。
見れば、友広の足元で懸命に尻尾を振っている犬たちがわんさかと集まっていた。

「よーしよし、可愛いなぁお前ら」

友広がわしわしと順番に頭を撫でていくと、犬たちが尻尾を千切れんばかりにブンブンと振る。

その様を微笑ましく見ていると、ふと足元から「にゃ~」という鳴き声が聞こえて。
視線を下ろすと、俺の足元にもわらわらと沢山の猫が集まっていた。

か、可愛い~~~!!

無類の猫好きの血が騒ぎ出しそうになるのを何とか理性で抑え、先ずは驚かせないようにゆっくりと屈み、指先をそのピンクの鼻先に差し出す。

暫くすんすんと俺の指先を嗅いでいたが、直ぐに鼻先を指先にチョンと付けてくれた。やった!挨拶成功だ。

「にゃ~ん」

それを皮切りに他の猫たちも次々に挨拶にやって来てくれて、すりすりと脚に額を擦り付けてくれる猫たちに囲まれて、至福の時を噛み締めた。

ああ、幸せ過ぎる。ここは天国だろうか?

なんて頭がお花畑になっていると、犬たちに囲まれていた友広が「ん?」と何かに気が付いたように室内の隅を見た。

俺もその視線を追うように見ると、そこには丸く穴が開けられた段ボールがあって。その穴から、トゲトゲの何かのお尻らしきものが顔を覗かせていた。

「あの、先輩」
「ん?どうかした?」
「あそこにいるのって…」

友広が指し示した方向を見た浪川先輩は「ああ、あの仔は……んー、見た方が早いかな」と言って、何故かゴム手袋をしてその動物の元へと向かった。

そして、俺たちに背を向けて何かゴソゴソとしていたかと思うと、浪川先輩は振り向いてその手の中に小さく丸まっているトゲトゲの小動物を持って戻ってきた。

「この仔はハリネズミの子どもでね。雨の日に怪我をしていた所を保護したんだ。でも…見ての通り、人見知りをする仔でね。まだここにうまく馴染めてないんだ」

確かに、ゴム手袋の上でトゲを逆立てるように丸くなっている姿は怯えているようにも警戒しているようにも見える。

「へぇ、ハリネズミの子どもかぁ。初めて見たな」
「良かったら安田くんも抱っこしてみる?」
「え、良いんですか?」
「うん。ちょっと待ってね、今ゴム手袋渡すか、ら──!?」

と、その時だった。浪川先輩の手の中にいたハリネズミが友広目掛けて飛び付いたのは。

「キュー、キュー!」

友広の服にヒシッとくっついて鳴き声をあげるハリネズミに、浪川先輩が信じられないものを見たかのように青い眼を見開く。

その間もハリネズミはずっとキューキューと鳴いていて。どうしたら良いのか分からず、オロオロとしている友広に助けを求めるように水色の眼差しを向けられる。

…仕方ない、か

「浪川先輩、ゴム手袋借りますよ」
「え? あ、うん…」

ゴム手袋を装着し、友広の胸元に引っ付いているハリネズミをそっと引き剥がす。
そのまま優しく抱っこすると、ハリネズミはやっぱり甘えるようにキューキューと鳴いて、俺の胸にすりすりと頭を擦り付けた。

「可愛いですね。この仔、名前は何ていうんですか?」
「………」
「浪川先輩?」
「え? あ…『リゲル』だけど…」
「そうか。お前、リゲルっていうのか。良い名前もらったんだな」
「キュキュッ」

よしよしと小さな頭を指先で優しく撫でてやると、ハリネズミ──リゲルは嬉しそうに鳴いた。

「ほら、友広も撫でてみろよ」
「お、おう…こうか?」

恐る恐るリゲルの頭を撫でる友広に、気持ちいいのかリゲルはその円らな黒い目をうっとりとするように閉じた。

「うそ…僕以外に懐くなんて…」

浪川先輩がぼそりと何かを呟く。何て言ったんだ?声が小さくてよく聞き取れなかった。

「? 浪川先輩?」
「凄いね。その仔がそんなに誰かに甘えてるのなんて初めて見たよ」

リゲルの成長ぶりを喜んでいるのか、浪川先輩はにこりと笑った。

その後は、浪川先輩も交えてリゲルを可愛がり、結局俺と友広は部活が終わる時刻までお邪魔した。

「楽しかったな!」
「あ、ああ。そうだな」

上機嫌で帰路に付く友広の隣りで、俺は心の中で首を傾げていた。

ゲームでは、浪川先輩水属性の攻略対象との会話は些細な選択ミスが命取りになる程難しいルートだった。
だから、俺も浪川先輩との会話は気を付けてしようと警戒していたのだが…

…なんか、普通に会話できてたな?

端的に言えば、拍子抜けした。

もっと『ヤンデレ』全開でくるのかと思っていたが、実際話してみると全くそんな素振りはなく、寧ろ普通に楽しそうですらあった。

…何でだ? うーん…。

何か特別な事をしただろうかと考えを巡らせていると、ふと友広が目に留まった。

…そういえば、思い返してみれば、浪川先輩水属性の攻略対象との最初のイベントの時、ゲームでは友広はいなかったはず。

という事は、友広が一緒にいたからストーリーが変わったのか?

だとすれば、やはり本来のストーリーとは違う行動を取ればストーリーは変わる可能性が高いという事ではないだろうか?

よし、希望が見えてきたぞ。

この調子でBなL展開を回避すべく、頑張るぞー!おー!

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