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8「チュートリアル4」

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野分先輩が去ったあの後、(景品が豪華過ぎる)ビンゴゲームなどの余興が催された。ちなみに俺は高級茶葉が当たった。無論、ちみちみ味わって飲むつもりだ。

「あと一人、か…」

外の空気を吸おうと一人やって来たバルコニーから、まさにえんたけなわとなっている会場を見渡す。
チュートリアルで出会う攻略対象は残すところあと一人。確か、最後は紫髪紫眼の同級生だったはず。
だが、未だそれらしい人物にはまだ出会えていない。

…まあ、別にこのまま出会わずにパーティーもといチュートリアルを終えても良いんだが。そうなると最悪この学園にいる同じ特徴の同級生全員を警戒しなければいけなくなる。

しかし、俺は心置きなく平穏な学園生活を送りたい。なので、そんな展開は出来れば避けたいのが本音だ。

「せめてどんな風に登場したのかを思い出せたらなぁ…」

うーむと記憶を引っ張りだし、どうにか思い出そうとするが…

「…だめだ。さっぱり思い出せん」

何しろ姉ちゃんに無理矢理見させられたからな。大まかな展開は覚えているが、細かいところはあまり覚えていない。しかも、あの時はまさかそのゲームの世界に主人公として転生するなんて夢にも思っていなかったし。

「うーん…って、ん?」

何とはなしにバルコニーから広大な庭へと続く階段の先に視線を移した時だった。
丁寧に切り揃えられた庭木の影に、人の脚が見えたのだ。

え!?誰か倒れてる!?

もしそうだとしたら大変だ。先生を呼んで来ようかとも考えたが、それは止めた。この広い会場内でどこにいるか分からない先生を呼びに行くよりも、自分が行った方がきっと早いと思ったからだ。
それに俺は前世で救急処置の仕方を習った経験がある。

そうと決めれば、急がなくては!

バルコニーから庭へと続く階段を下り、急いで脚が見えている庭木の所へと走る。

「おい!大丈──」

…って、あれ?

しかし、息急いきせき切ってたどり着いた俺が見たのは

「───すー、すー」

穏やかに寝息を立て、夕風ゆうかぜに吹かれて気持ち良さそうに眠っている紫髪の生徒だった。
コサージュを付けている所を見るに同級生のようだが…

「寝、てる…?」

そっと近付き、容体ようだいを確認するも、やはりただ眠っているだけのようで。

「…良かった」

倒れてるとかじゃなくて。

ほっと胸を撫で下ろしながら、改めて芝生の上に寝転がっている男子生徒を見る。

うわ、凄い耳にピアス付いてる…痛くないのかな?

他にも、首にはいかつい意匠いしょうのネックレス、手には似たようなデザインの指輪が数個付けられていて、制服も着崩されている。
これは、もしかしなくても…

「…不良?」
「……ん」

すると、俺の呟きに反応したかのように紫髪の男子生徒が目を覚ました。
うすらと開いた紫の眼とばちりと目が合う。

「えーっと、こんばんは?」

とりあえず片手を上げて、挨拶してみる。

「……、!?」

眠そうな目でしばらくボーッと俺を見上げていたが、漸く覚醒したのか、勢い良く起き上がると男子生徒は「誰だお前!」と叫んだ。

「驚かせてごめん。俺は石留椿。バルコニーから君の脚が見えてさ、てっきり誰か倒れてるのかと思って様子を見に来たんだ」

威嚇いかくするかのようにこちらを睨み付けるその様は、まるで猫が毛を逆立てているかのようで。
無類の猫好きの血が騒ぎそうになるのをぐっと堪える。

「まあ、俺の早とちりだったみたいで良かったよ」
「…チッ、そんな理由で邪魔しやがったのかよ」
「わ、悪い」

本日二度目の舌打ちにショックを受けないでもなかったが、気持ち良く眠っていた所を邪魔してしまったのは本当だしな。

そう思って謝ると、何故か紫の眼がじっと俺を見る。それは何かを見定めようとしているようで、少したじろいでしまう。

「ど、どうかしたのか?」
「…何でもねぇよ」

そう言うと、男子生徒は立ち上がってパーティー会場の方へと歩き始めた。どうやら戻るようだ。
ならば俺もと腰を上げかけた時、先程まで男子生徒が寝ていた芝生の所に何か落ちているのに気が付いた。

「あ、おい。何か落としてるぞ」
「あ?」

拾い上げるとそれは黒猫の刺繍ししゅうが施されたハンカチだった。
そして、そのすみには名前が書いてあった。

紫麻しま秋臣あきおみ

読み方が合っているか分からないが、書いてある名前を目にしたと同時に、俺の手からハンカチが勢い良く奪い取られる。

見れば、さっきまでパーティー会場に戻ろうとしていたはずの彼が黒猫のハンカチを慌ただしくポケットに仕舞っているところだった。

「…えっと、紫麻しまくん、で良いのかな?」

問いかけると、それがどうしたとでも言いたげな紫眼がギロリと向けられる。
とりあえず、読み方は合っていたらしい。

「そのハンカチ──」

可愛いね、と言いかけたその時、

「そこの二人、早く会場に戻りなさい!」

バルコニーからこちらへと呼び掛ける先生の声がして、俺は「すぐ戻ります!」と返事をした。

「紫麻くんはどうす──」
「っ、覚えてろよ!」

俺が尋ね終えるよりも早く、何故か突然不良らしいと言えば不良らしい捨て台詞を吐いて、男子生徒──紫麻くんは脱兎の如く走って会場内へと戻っていった。

「………行っちゃった」

後に残された俺の髪を夕風が揺らしていく。

「俺も戻るか…」

多分、そろそろパーティーもお開きになる頃合いだろうし。

それにしても…最近の不良はちゃんと名前入りでハンカチ持ってるんだなぁ。

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