ヒースの傍らに

碧月 晶

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一人で迎える二度目の秋、久しぶりに風邪を引いてしまった。
しかも、よりにもよって兄さんと約束していた今日この日に。

最悪だ。急いで治さないと。只でさえ迷惑をかけているのに、その上更に不快にさせてしまったら…

「約束、したんです…」

あの人と。
仲良くするって、迷惑かけないって。約束したんだ。

「んー…まあ確かに約束破るのはあんまり良くないけど、でもそれって事情によりけりじゃない?つずきくんのお兄さんは熱があっても問答無用で出てこいって言うような鬼畜な人なの?」
「え、や…そんな酷い人では…」
「ないんでしょ?それとも事情すら聞いてくれない石頭な感じなの?」
「い、石頭ではないと思います…けど」
「じゃあ大丈夫だよ、きっと分かってくれるって」
「………そう、かな」
「うん。それに兄弟なんだから、心配しない訳ないよ」
「……………」

兄弟。

「…連絡、してみます」

それは、自分達にも当てはまると思っても良いのだろうか。


********


先輩に見守られる中、呼び出し音が鳴り響くそれを持つ手にギュッと力が入る。

『どうした。まだ約束の時間ではないはずだが?』

初めて会った時から変わらない、あまり抑揚のない声。

「あの、今日なんですが…その」
『何だ。はっきり言え、よく聞こえない』
「…すみません」

思わず視線を落とす。

『……………』
「……………」

続く沈黙。まただ。この人と話しているとよくこんな風に会話の間に空白が出来る。

何か話さないと。…何を?俺は、何を伝えようとしていたんだっけ。

頭の中が真っ白になりかけたその時だった。

「つずきくん」

膝に置いていた手が温かい温度に包まれる。
握られた自分の手は爪が食い込む程に強ばっていて、思いの外力んでいた事に漸く気がつく。

『…特に用がないなら──』
「あ、あの、すみません。風邪を引いてしまって、その…だから今日行けそうになくて…」

言えた。纏まりのない感じになってしまったけれど、ちゃんと伝えられた。

『風邪?…………分かった。また連絡する』

それだけ言うと、通話はそこで途切れた。

「お兄さん、何て?」
「また連絡するって言って、切れました」
「そっか」

どっと体から力が抜ける。伝えられた事で安心したらしい。一気に眠気に襲われる。

「お疲れ様。晩ご飯までちょっと休みなよ。起こしてあげるから」
「晩ご飯って…いつまで居る気ですか」
「嫌?」
「嫌って訳じゃ…ないですけど、移っても知りませんよ」

小さい子歴ちゃんいるのに、大丈夫なんだろうか。それに家の事だって。

「大丈夫大丈夫、そっちの許可はもう取ってるから」
「許可?」
「つずきくんが風邪引いたらしいから看病してくるって言ったら、こっちは大丈夫だから心置きなく専念して来いって送り出してくれたよ。リンゴ持たせてくれたのだって父さんだし」
「…………」

普通、そこは体調不良でもないのに早退してきた息子を叱るべき場面ではないでしょうか。玄さん。

「何て言うか…先輩の家って」
「面白いでしょ」
「…そうですね」

呆れて、勝手に口角が上がってしまう。

熱でしんどかったはずなのに、心なしか気分が軽くなったような気がして
次に目が覚めたのは、だいぶ日が落ちてからだった。

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