ヒースの傍らに

碧月 晶

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いつか必ず失うもの1

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『信じなければ良かった』

その言葉を泣きながら繰り返し吐き出すその後ろ姿に、何て言って声をかけるのが正解だったのだろう。

否定するでも肯定するでも、ましてや慰める訳でもなく、ただその背中を撫でる事しか出来なくて

湧き上がる疑問を、喉の奥に押し込め続けた。



*******


ガタガタと鳴る窓、建物全体からそこはかとなく聞こえてくる軋む音。

「大丈夫かな…」

八月半ば。狂ったように日本列島に体当たりしにくる台風が多数発生するこの時期。
未だに倒壊せずに残っているところを見る限り恐らく大丈夫なのだろうとは思うが、この音を聞くと少々不安になる。

「…暑い、もう無理」

出来るだけエアコンは使いたくなかったが、窓も開けられないのでは仕方がない。
涼をとっていた扇風機の前からゾンビ宜しく這って移動し、リモコンへと手を伸ばす。

「涼しい…」

涼風がじっとりとしていた肌から熱をさらっていく感覚に心地良さを感じる。このまま眠ってしまいたいが、そんな思考を邪魔する虫のが一つ。

きゅるるると何とも切なく訴えかけてくる胃の声に応え、のっそりと起き上がり、何を作ろうかと冷蔵庫を開ける。

そして閉めた。

「ダメだ…やる気が出ない」

今の今まで暑くてうだっていたのに、更にこれから火を使うのかと思うとどうしても作る気になれない。
冬場ふゆばの台所は暖をとれて良いが、夏場なつばの台所は地獄そのものだ。あれはいただけない。

「どうするかな…」

と、カゴの食パンと目が合う。
玄さんのお店で買っておいた食パン。まだ二枚ほど残っている。

「…仕方ない、か」

ガサガサと一枚取り出し、イチゴジャムを塗って、かじりつく。

ここの所、時々だが今日のように暑くて食事の用意が億劫になった日はこうしてパンで済ませる事が多くなった。
あまり良くない事だとは分かっているが、何も食べないよりはマシだろう。

完食し、空になった袋をたたむ。また買いに行かなければ。

「…いつ帰ってくるんだっけ」

カレンダーの日付けを指でなぞる。

先輩は今、玄さんの実家に帰省している。

その事を知ったのは、あの夏祭りの日の帰り道。毎年この時期になると祖父母の家に行くのだと聞かされた。
県内にはあるがこことは正反対の位置にあるらしく、往復に結構な時間がかかるため、八月下旬くらいまであちらで過ごすのが恒例なのだそうだ。
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