ヒースの傍らに

碧月 晶

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終業式が終わって、無事突入した夏休み。

二軒先で行われている古家ふるいえの派手な解体作業音を聞きながら、素麺そうめんを啜る。



あの日、先輩は少しだけお母さん──はるかさんの事を話してくれた。

元々、体が弱い人だったらしく、よく入退院を繰り返していたらしい。
でもふゆちゃんが生まれた時、産後の肥立ひだちが悪く、それから3年後、先輩が高校に入ったばかりの頃亡くなったそうだ。
だから千堂先輩を含めその時同じクラスだった人達はこの事を知っているはずだ、と。


正直、この話を聞いた時、俺は「やっぱり聞かなければ良かった」と思った。

初めて出会った時は変な人という印象しかなかった。
運命だ何だとふざけた事を言ってしつこく絡んできて、仕方なしに昼を一緒する事に了承した時に馬鹿みたいに喜んでいたのが記憶に新しい。

その後も相変わらずその印象は変わらなくて、でも先輩が店の手伝いをしているのを初めて見た時、少しだけそれは形を変えた。

今思えばあれが起点だったんだと思う。きっかけを与えられたそれはその後も徐々に、ゆっくりと、己自身でさえ気付かない速度で確実に変化していった。

「何やってんだろ…俺」

先輩にあんな風に言ったのは、別に同情したとかではない。そうすれば事ある毎に重なるあの人の影を払拭できるかもしれないと思ったからだ。
善意なんて耳障りの良いものじゃない、打算的な行為。それだけに過ぎなかった。

…ずっと不思議だった。

相手は長身の紛れもない男で、挙げ句の果てに『運命の出会いだ』などとほざく奴なのに。何もかも違うのに、どうしてこんなにもあの人と重なるのか。
そのせいで無視しようにも変に気になってしまって出来ないでいたのに、疎ましく思っていたはずなのに、気が付けば頭の中を占めている時間も割合も以前より増えている始末。まるで思考をハイジャックされた気分だ。

…だけど、何となくその理由が分かった気がした。

確信は無い。けれど確実に侵食されているこの現状と合わせてかんがみれば、恐らくこの仮説は間違っていないのだろう。



──────チリン


ああ、まただ。また聞こえる。
あの日からずっと、先輩の部屋で聞いた風鈴の音が耳の奥に残って消えてくれない。

「……なんだ、そういう事か」

思わず自嘲じちょう的に笑ってしまう。ことほか、俺は単純な人間だったらしい。
何だかんだと御託ごたくを並べでも、結局は俺の時間ときは壊れた時計のようにあの時からずっと止まり続けている。

「…やっぱり苦手だな、あの人」

そうだ、風鈴を買いに行こうか。そうすれば聞こえもしない残響にもう悩まされないだろうか。

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