21 / 55
2
しおりを挟む
テスト最終日。
終わるや否や風の如く学校を後にした俺は駆け足で家を目指した。
なぜ駆け足なのかは聞かなくとも想像に難くないだろう。
鍵を開け、一目散に冷蔵庫を目指す。
紙袋ごと冷やしていた目的物を取り出し、着替えもせずに…………いや一応着替えて行こう。
仮にも飲食店な訳だし。
そうして制服から私服にチェンジした俺は出来るだけ木陰を通って、そこへ辿り着いた。
『ベーカリー─春─』
泉水先輩のお父さん──玄さんが経営しているパン屋さんの名前。
何だかんだちょくちょく通うになってから俺のポイントカードは二枚目に突入した。
初回得点でイチゴジャムを貰ったので一枚目の時はマーマレードにした。今はブルーベリーのジャムを狙っている。
…と、余談はここまでにして。そろりと中を覗き見る。
3年生は今日は午前までのはずだったから居るはず───
「あれ?つずきくんじゃん、こんなとこで何してんの?」
「!!!」
予期していなかった背後からの声に盛大に飛び上がる。
「…ぶっ、ちょ、待って…なに今の動き!」
「~~~せ、先輩が驚かすからじゃないですか!」
「ごめ…っ、でも今のネコみたいでかわい、くっ…あはははは!」
本格的に腹を抱えて笑い出した先輩の脛を蹴って黙れと主張。一応ここ往来ですからね。今は人通りがなくてもそうなんだよ。
「ごめんごめん」
「…微塵もそんな事思ってないでしょう」
先輩の案内で店の裏口らしき所へと場所を変え、悪びれる様子もないニヤけ面を睨み返す。
「うん。だって可愛いかったから」
思わず鳩尾に打ち込みそうになった拳をどーどーと心の中で静める。
落ち着け。今日はそんな目的で来た訳じゃないだろ。
「あの、これ」
「え、くれるの?」
半ば押し付ける形で手渡すと、先輩はキョトンと目を丸くした。
「遅くなりましたけど、この間のお礼です」
「…ああ。別に気にしなくて良いって言ったのに」
「…っ、俺が気にするんです」
知らず、語気が強くなってしまいハッと我に返ると先輩は驚いたような顔をしていた。
「す、みません…俺、」
「…つずきくん」
「あの、俺…あの時知らなくて、」
「つずきくん」
「なのにあんな、あんな無神経なこ、と…」
ふわり。本当にそんな擬音が当てはまるように、先輩は俺を抱き締めた。
あまりにも自然な動作に数秒思考が停止していたが、宥めるように頭に回された手の感触に気がついた瞬間、目の前にあった胸板を咄嗟に押し返した。
だけど、どうやら思ったより力が入っていなかったらしい。振り解く事はおろか、大した距離も開けられなかった。
「つずきくんは悪くないよ、言わなかった俺が悪かったんだから」
落ち着いた、優しい声音。それは、俺が今日手土産を持って来た本当の目的を分かっているようだった。
────先輩の家には母親がいない。
離婚したのか死別したのか、そこまでは聞けなかったけれど、そう聞いた時の千堂先輩の強張ったような表情とあの時見た泉水先輩の表情が重なって見えた。
「もしかして誰かから…あー、逞あたりから聞いた?」
「いえ…ハッキリとは。俺が勝手に千堂先輩の口振りから推測しました」
先輩がまだ言っていない事を自分から言うのは憚られる、と言っていたと話せば、先輩はまた笑い出した。
「そんな事言ってたの?律儀だなー逞は」
「………」
「つずきくんも、やっぱり優しいねー」
「…っ、俺は」
「優しいよ。じゃないとこうしてわざわざ謝りになんて来ないでしょ。俺の事をどうでもいいと思ってるなら尚更。それくらいは気にかけてくれてるんだなって思ったんだけど、違った?」
「………っ」
うぐっと声を詰まらせる俺の頭上にふっと息がもらされる。
笑うなこの野郎。俺だってよくよく考えたらこんなに気にする必要なかったんじゃないかって今さっき気付いたところなんだから。
終わるや否や風の如く学校を後にした俺は駆け足で家を目指した。
なぜ駆け足なのかは聞かなくとも想像に難くないだろう。
鍵を開け、一目散に冷蔵庫を目指す。
紙袋ごと冷やしていた目的物を取り出し、着替えもせずに…………いや一応着替えて行こう。
仮にも飲食店な訳だし。
そうして制服から私服にチェンジした俺は出来るだけ木陰を通って、そこへ辿り着いた。
『ベーカリー─春─』
泉水先輩のお父さん──玄さんが経営しているパン屋さんの名前。
何だかんだちょくちょく通うになってから俺のポイントカードは二枚目に突入した。
初回得点でイチゴジャムを貰ったので一枚目の時はマーマレードにした。今はブルーベリーのジャムを狙っている。
…と、余談はここまでにして。そろりと中を覗き見る。
3年生は今日は午前までのはずだったから居るはず───
「あれ?つずきくんじゃん、こんなとこで何してんの?」
「!!!」
予期していなかった背後からの声に盛大に飛び上がる。
「…ぶっ、ちょ、待って…なに今の動き!」
「~~~せ、先輩が驚かすからじゃないですか!」
「ごめ…っ、でも今のネコみたいでかわい、くっ…あはははは!」
本格的に腹を抱えて笑い出した先輩の脛を蹴って黙れと主張。一応ここ往来ですからね。今は人通りがなくてもそうなんだよ。
「ごめんごめん」
「…微塵もそんな事思ってないでしょう」
先輩の案内で店の裏口らしき所へと場所を変え、悪びれる様子もないニヤけ面を睨み返す。
「うん。だって可愛いかったから」
思わず鳩尾に打ち込みそうになった拳をどーどーと心の中で静める。
落ち着け。今日はそんな目的で来た訳じゃないだろ。
「あの、これ」
「え、くれるの?」
半ば押し付ける形で手渡すと、先輩はキョトンと目を丸くした。
「遅くなりましたけど、この間のお礼です」
「…ああ。別に気にしなくて良いって言ったのに」
「…っ、俺が気にするんです」
知らず、語気が強くなってしまいハッと我に返ると先輩は驚いたような顔をしていた。
「す、みません…俺、」
「…つずきくん」
「あの、俺…あの時知らなくて、」
「つずきくん」
「なのにあんな、あんな無神経なこ、と…」
ふわり。本当にそんな擬音が当てはまるように、先輩は俺を抱き締めた。
あまりにも自然な動作に数秒思考が停止していたが、宥めるように頭に回された手の感触に気がついた瞬間、目の前にあった胸板を咄嗟に押し返した。
だけど、どうやら思ったより力が入っていなかったらしい。振り解く事はおろか、大した距離も開けられなかった。
「つずきくんは悪くないよ、言わなかった俺が悪かったんだから」
落ち着いた、優しい声音。それは、俺が今日手土産を持って来た本当の目的を分かっているようだった。
────先輩の家には母親がいない。
離婚したのか死別したのか、そこまでは聞けなかったけれど、そう聞いた時の千堂先輩の強張ったような表情とあの時見た泉水先輩の表情が重なって見えた。
「もしかして誰かから…あー、逞あたりから聞いた?」
「いえ…ハッキリとは。俺が勝手に千堂先輩の口振りから推測しました」
先輩がまだ言っていない事を自分から言うのは憚られる、と言っていたと話せば、先輩はまた笑い出した。
「そんな事言ってたの?律儀だなー逞は」
「………」
「つずきくんも、やっぱり優しいねー」
「…っ、俺は」
「優しいよ。じゃないとこうしてわざわざ謝りになんて来ないでしょ。俺の事をどうでもいいと思ってるなら尚更。それくらいは気にかけてくれてるんだなって思ったんだけど、違った?」
「………っ」
うぐっと声を詰まらせる俺の頭上にふっと息がもらされる。
笑うなこの野郎。俺だってよくよく考えたらこんなに気にする必要なかったんじゃないかって今さっき気付いたところなんだから。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
Estrella
碧月 晶
BL
強面×色素薄い系
『Twinkle twinkle little star.How I wonder what you are?
────きらきらきらめく小さな星よ。君は一体何ものなの?』
それは、ある日の出来事
俺はそれを目撃した。
「ソレが大丈夫かって聞いてんだよ!」
「あー、…………多分?」
「いや絶対大丈夫じゃねぇだろソレ!!」
「アハハハ、大丈夫大丈夫~」
「笑い事じゃねぇから!」
ソイツは柔らかくて、黒くて、でも白々しくて
変な奴だった。
「お前の目的は、何だったんだよ」
お前の心はどこにあるんだ───。
───────────
※Estrella→読み:『エストレージャ』(スペイン語で『星』を意味する言葉)。
※『*』は(人物・時系列等の)視点が切り替わります。
※BLove様でも掲載中の作品です。
※最初の方は凄くふざけてますが、徐々に真面目にシリアス(?)にさせていきます。
※表紙絵は友人様作です。
※感想、質問大歓迎です!!
聖也と千尋の深い事情
フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。
取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
シスルの花束を
碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年
~人物紹介~
○氷室 三門(ひむろ みかど)
・攻め(主人公)
・23才、身長178cm
・モデル
・俺様な性格、短気
・訳あって、雨月の所に転がり込んだ
○寒河江 雨月(さがえ うげつ)
・受け
・26才、身長170cm
・常に無表情で、人形のように顔が整っている
・童顔
※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。
※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。
※基本、三門視点で進みます。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる