炎のように

碧月 晶

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472.気紛れな一時

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「今のところ、まだ戦線は拮抗しているが──」
「お待ち下さい!リオ様はまだ…!」

と、その時だった。セイルの焦ったような声と共に突然バンッと勢いよく扉が開いたのは。

「………」

突然の乱入者に俺たちの視線が集まる中、リオだけは溜め息を吐きながら額に手を当てる。

「も、申し訳ありませんリオ様!」

頭を下げるセイルの隣でオロオロとしている者を改めて見る。
身長は…アイセと同じくらいだろうか。フード付きのローブを身に纏い、顔の上半分を仮面で隠しているが、恐らく骨格からして男だろう。

「ほら、行きますよ。えっと…」

などと冷静に乱入者を観察していると、何故か出ていきかけたセイルがちらりと困ったようにリオを見る。

その行動を疑問に思い、俺もリオを見るとバチリと目が合った。
すると、リオは少しだけ視線を泳がせた。

…動揺している、のか? だが何故?

理由が分からず、再びフードを目深く被っている男へと視線を向けたと同時にリオが口を開いた。

「ウェン。今は客人と大事な話をしている。用があるなら後で聞いてやる」

言外に「下がれ」と言われ、男は無言でこくこくと何度も頷くと、くるりと踵を返してセイルと共に去っていった。

「済まなかった。あれは少し子供っぽくてな。後できちんと言い聞かせておく」

まるで普段から手を焼いているようなリオの口振りに、何となく興味を持った俺は先ほどの彼について質問してみる事にした。

「先ほどの彼──ウェン殿は、もしや弟君おとうとぎみなのか?」
「え? ああ、いや………あれは従弟いとこだ」

答えるまでに若干の間があった事が気になったが、それを問う前にまた別の人間がやって来てリオに何かを耳打ちしに来たため、『いとこ』殿についての話はそこで終わった。

「…哨戒に当たらせていた者が戻った。済まないが、席を外す。後ほど部下に部屋に案内させるゆえ、貴殿らは暫しの間休まれよ」
「心遣い、感謝する」

俺がそう答えると、リオは一つ頷いてから「では」と言って部屋から出ていった。


*****


リオと別れた後、俺たちはそれぞれの客室に案内された。
案内をしてくれた者から、リオから「好きに過ごしてくれて構わない」という言伝てを聞いたので、俺はいま屋敷の中を散策させて貰っている。
ちなみに、イグたちも各々好きに行動しているので一緒にはいない。

そんな訳で、広い屋敷の中は粗方見終わり、今は中庭を散策している訳なのだが…

「…ん?」

中庭の片隅に誰かいるのに気が付き、足を止める。
見れば、こちらに背を向けて、フード付きのローブを纏うその者は大きなキャンバスに絵を描いていた。

何故、絵を『今』描いているのか。それが真っ先に抱いた疑問だった。

今現在、リオが率いる水の陣営はエーアガイツが率いる風の陣営に攻められており、しかも状況も芳しくない。
だからだろう。この屋敷からはピリピリとした空気がそこかしこから感じられる。

なのに、ここだけその空気など関係ないとばかりに平穏な空気を醸している。

だから(言い方は悪いが)そんな状況下で絵を描ける程の図太い神経を持っている人間がどんな絵を描くのか気になった俺は、気付かれないように気配を消してそっと背後から近付いてみた。

「…っ!」

その絵を見た瞬間、俺は息を飲んだ。

そこには、緑豊かな木々に囲まれるように建つ赤い屋根の小さな家が描かれていて。

「すごいな…」

思わず口をついて出た言葉。
けれど、本当にそう思ったのだ。いや、それしか思えなかった。それ程に素晴らしい絵だった。

「? …!?」

俺がこぼした声に漸く背後に立つ存在に気が付いたらしい男が、俺を見るなり飛び上がった。

…いや、比喩ではなく、本当に驚いた猫のように飛び上がった。
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