炎のように

碧月 晶

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471.エーアガイツという男

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「…先代の王はどうして退位したんだ?」

先代の王はイシュカ家の人間で、リオが言った事とこれまでのオラージュの情勢を踏まえると、先代の王とやらもろくな人間ではなかったのだろう。
だが、そうなると疑問が一つある。
王家と両家はお互いに手を組んでいた関係だったはず。にも関わらず、何故都合が良かった王が退位し、代わりにその子供が王座に就いたんだ?

「……先代の王は、富と権力にとりかれた男だった。そして、宰相さいしょうであるエーアガイツもまた、自分の欲を満たす事しか頭にないどうしようもない人間だ」

宰相…そうか、エーアガイツは宰相なのか。

「利害が一致した奴らは、私利私欲のためにとある法を変えた」
「法律を? そんなもの変えて何をしたんです?」

アズライトがいぶかしげに首を傾げて問う。

「…この国の王は、建国当時からずっと水と風の領から選ばれた人間が交互に王になる事で歴史を紡いできた。だが…奴らはこの慣例を破り、イシュカ家とエストレア家のみがその権利を持つものとしたんだ」
「なっ、それって独裁政治もいいところじゃないですか!」

確かに。そんな暴挙、到底許される行為ではない。
当然反対の意見もあっただろう。けれど、それでも法を改正できたという事は、反対の意を示した彼らは消されたか脅されでもしたと考えるのが妥当だろうな。

「…ヴィント殿、先ほど貴方は『何故、先代の王は退位したのか』と問うたな」
「ああ」
「表向きには病気でという理由になっている。だが本当は、とある薬の中毒症状で使い物にならなくなったため、エーアガイツによって切り捨てられたからだ」
「!」

王が中毒者だった? いや、それよりもある薬ってまさか…

「…その薬とは、檸檬れもんのような香りがする植物の事か?」
「やはり知っていたか。そうだ。その薬はこの国にしかない植物の花弁から抽出して作られている。オレたちはその薬を『アフィルク』と呼んでいる」

リオの話によると、リオが初めて例の劇薬──『アフィルク』の存在を知ったのは半年程前の事で、エーアガイツの周辺を探らせていた密偵から情報を得たらしい。

その話にイグを見ると、イグも俺を見ていて。視線から俺の言いたい事を悟ったイグは、大丈夫だと頷いて見せた。
それを確認し、俺も頷いて見せてから、再びリオの方へ向く。

「リオ殿、その『アフィルク』がいま各国の闇市場に出回っているのはご存知だろうか?」
「!? サーヘイド公国だけではないのか!?」

リオは驚愕したように瑠璃色の眼を見開かせ、ガタッと立ち上がった。どうやら知らなかったらしい。

「あの死に損ないめ…どこまでも卑劣な事を…!」

手のひらに爪が食い込む程にギリッと握り締めた拳を、テーブルに叩き付けるリオ。その顔は怒りに満ちている。

「死に損ないって…エーアガイツの事ですか?」

アズライトの問いかけに怒りを露にしたまま答えてくれたリオ曰く、エーアガイツは二年前の襲撃事件でアイセに傷を負わされたが奇跡的に一命を取り留めたのだそうだ。

…という事は、エーアガイツはエストレア家の関係者なのか。

それが分かった俺たちは各国の闇市場に『アフィルク』をばらまいたのはリュミエールという商会が犯人である可能性が高い事と、その商会長であるリヒタイールという人物について何か知らないかと話した。

すると、リオは少し考えるような素振りを見せた後、一つ深く息を吐き出すと「見苦しいところを見せてしまって済まない」と言って、ゆっくりとイスに腰を下ろして答えた。

「リュミエールという商会は知らないが、リヒタイールという名前には聞き覚えがある」
「! それは本当ですか?」

その答えに反応を示したイグに、リオは「ああ」と頷いて見せた。

「部下からの報告で、フォンセの傍に異国人の火の能力者がいるのを何度か見たと聞いた。確か、その者がそのような名前だったと思う」
「フォンセの?エーアガイツの手下じゃないのか?」
「ああ。どうやらリヒタイールはエーアガイツではなく、フォンセに忠誠を誓っているらしい。まあ、エーアガイツからすれば、息子の命令に従うなら自分の命令に従うのと同じ事だからな。手駒が増えたくらいにしか思っていないだろう」

………え?

「ちょ、ちょっと待ってくれ。エーアガイツとフォンセは親子なのか?」
「ああ、そうだ」

頷くリオに、俺たちは驚愕した。

だって、それじゃあ…

「エーアガイツは、アイセの祖父…なのか?」
「そうなるな」

リオは淡々と答えると、更に続けた。

「エーアガイツはイシュカ家と手を組んで、王都と全ての風の領を完全に支配下においている。奴はアフィルクを使って配下のめぼしい能力者を操り、水の領に攻撃を仕掛けてきた。王都とイシュカ領に近かった領は真っ先に標的にされ、八つある水の領の内三つが奴らの手に落ちた。今はこのシュネーフリンガ領を拠点に非戦闘員を避難させ、戦える者たちでここを含む残り五つの領の戦線を維持しているのが現状だ」
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