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しおりを挟む「彼、辞めたんですね」
「…ああ」
竜雅と話した日の一週間後、竜雅は事務所に退所する旨を伝えた。
突然の事に事務所は当然騒然となったが、竜雅の意思は固かった。辞めたい理由はこの業界に疲れたからとか何とかぬかしていたが、前日にメッセージが届いていた。
───『俺なりにケジメをつけるよ』
それだけの短い文面だったが、それだけで言いたい事は理解できた。
関係各所には、表向きには病気でしばらく活動を休止すると伝えて、時期を見て竜雅はこの業界を去る事を報告すると決まった。
「………」
「どうかしたんですか」
「…何でもねえよ」
これで良かった。良かったはずだ。…なのに、こんな気分になるのは何でだ?
どこかスッキリしないような、何かが喉につっかえているような気分。
「三門」
「…何だよ」
頬杖を突いたまま、目線だけ向ける。
「よく、頑張りましたね」
ふわりと、頭を撫でられる感触に目を瞬く。
「…オレは何も頑張っちゃいねえよ」
「いいえ。君は頑張りましたよ」
何を根拠に…
そう思っているのが顔に出ていたのか、雨月は更に頭を撫でる。
「竜雅くんは君を構成する上で大事なピースだったんでしょう。例え騙されていたのだとしても、過ごした時間は変えられない。それが認めていた人だったのならば尚更です」
「………」
「だから許せなかったでしょう。苦しかったでしょう。結果はどうあれ、貴方の一部が欠けてしまったのですから」
「………」
「それでも君は彼の尊厳を尊重した。誰にでもできる事ではありません。…だから、よく頑張りましたね」
「───…っ」
雨月の言葉一つ一つが、まるで渇いていた土に水が染み込むように心に深く入り込んでいく。
漸く分かった。
オレは、あいつともっと仕事がしたかったんだ。
竜雅とはガキの頃から一緒にいた。いつしか芸能界で活躍するようになったあいつの姿を見て、この業界に興味を持った。
「…雨月」
「はい」
いつの間にか傍に来ていた雨月の腰を抱き寄せ、その腹部に顔を埋める。
そんなオレを雨月はただ優しく抱き締め、幼子をあやすように背中を叩く。
「…オレはガキじゃねえぞ」
「知っていますよ」
「は、本当かよ」
その夜、オレは雨月を再び抱いた。慰めるように受け入れてくれる雨月に甘えるように。
そして、オレの中で雨月への曖昧だった何かが形を持ったような気がした。
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