鬼と生け贄の話

碧月 晶

文字の大きさ
上 下
1 / 11

1

しおりを挟む
 
「悪く思うなよ」
「勿論です」

表情筋だけで作った笑顔で頷いてみせると、見張りの男は大きく舌打ちをした。

「気味悪い野郎だ」
「すみません」
「まあいい。これでお前もやっと村の役に立てるんだ。逃げようなんて考えるなよ」
「はい」
「おい、そろそろ時間だ」

扉が開けられ、見張りの男に別の男が声をかける。

やって来た別の男に「立て」と命令され、俺は「はい」と立ち上がる。

外へ出れば、カンカンに照りつける陽光の中、村の男らを従えて立っている村長に疎ましそうに出迎えられた。

「これよりお前を神に捧げる。異論はないな?」
「勿論です」

口角を上げて答えると、村長はそれ以上俺と話したくなかったのだろう。無言で踵を返し、とある場所へと向けて歩き始めた。

「行くぞ。さっさと歩け」

男がぐいっと俺の両手首を縛っている縄を引っ張って、村長の後を追うように歩き始める。

そうして二刻ほど経った頃、俺は一行の目的地である古い祠の前に連れてこられた。

生い茂る木々に囲まれるように佇んでいる祠の中には、村で信仰されている神様の石像が祀られている。

そんな古い祠の前で何やら神様に向かってお願い事をし始めた村長から視線を外し、俺はちらりと自身の恰好に視線をやった。

眼下には、上等な布地で仕立てられた白い女物の着物を着た自分。

俺は、これから神への生け贄となる。

目的は、雨乞いのため。
理由は、酷い日照り続きで村の作物の大半が駄目になってしまったから。

都から遠く離れたこんな地方の村にはよくある話だ。

だから、生け贄に選ばれた事を別にそれほど悲観してはいない。

「入れ」

神様へのお願い事が済んだ村長が祠の扉を開け、中に入るように促す。

祠の中は、奥に石像が置いてあるだけで狭く、人間が一人屈んで入るのがやっとの広さで。
俺が中に入るのと同時に後ろで直ぐに扉が閉まり、施錠される音がした。

祠の壁の隙間から漏れ入る光以外真っ暗な空間で、外にいる大勢の人間の気配が完全に無くなってから俺は息を吐き出した。

そして未だ拘束されたままの両手に、最期くらい外してくれても良いのではないだろうかと思うが、俺が逃げ出すのではと最後まで疑っていた村の人間たちに頼んだとしてもきっと聞いてくれなかっただろう。

「はぁ…」

少しだけ正座を崩して、狭い祠の壁に凭れ掛かって溜め息を吐く。

「…神様、か」

俺が生け贄に選ばれた理由、それは俺が村の『異物』で疎まれる存在だから。

俺には両親がいない。所謂、孤児だ。

孤児なんて存在は、こんな貧しい村ではそれだけで疎ましがられる。俺もそうだった。

別にその事に対して思う事は何もない。孤児とはそういうものだから。

けれど、村の人間が俺を『異物』として認定した理由はそれではない。

理由──それは、俺が『瑠璃色の瞳』を持っていたから。

俺の瞳は何故か生まれた時から瑠璃色で、それが理由で両親は俺を気味悪がって捨てたのだと聞いた時、まあ当然だなと思ったし、俺に『名前』がない理由も分かって納得してしまった。

俺は神様なんて存在は信じていないけれど、村の人間は違うらしい。

でなければ、この村が出来てから初となる『生け贄』なんてものをいるかどうかも分からない神へ捧げたりなんかしないだろう。

「…あつ」

蒸し暑さに、ふと意識が浮上する。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

隙間から漏れ入る光が月光へと変わっている所を見るに、どうやら夜になったようだ。

俺はいつ死ぬのだろう。餓死か衰弱死か。どちらが死因になるかは分からないけれど、それなりに時間がかかる事は分かる。

「そんなに時間がかからないと良いけど…」

そうぼそりと独り言ちた、その時だった。ゴロゴロと雷鳴が聞こえたのは。

「雷…?」

むくりと身体を起こし、壁の隙間から外の様子を窺い見る。

「…!!」

けれど、近くで白い稲光が強く光ったと思った次の瞬間、床が無くなった。

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

分かったのは、まるで突如出現した落とし穴に落ちたかのように、闇の中を下へと落ちていく感覚だけ。

遠ざかっていく神様の石像が、笑っていたのか、怒っていたのか。

よく、覚えていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

Estrella

碧月 晶
BL
強面×色素薄い系 『Twinkle twinkle little star.How I wonder what you are? ────きらきらきらめく小さな星よ。君は一体何ものなの?』 それは、ある日の出来事 俺はそれを目撃した。 「ソレが大丈夫かって聞いてんだよ!」 「あー、…………多分?」 「いや絶対大丈夫じゃねぇだろソレ!!」 「アハハハ、大丈夫大丈夫~」 「笑い事じゃねぇから!」 ソイツは柔らかくて、黒くて、でも白々しくて 変な奴だった。 「お前の目的は、何だったんだよ」 お前の心はどこにあるんだ───。 ─────────── ※Estrella→読み:『エストレージャ』(スペイン語で『星』を意味する言葉)。 ※『*』は(人物・時系列等の)視点が切り替わります。 ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※最初の方は凄くふざけてますが、徐々に真面目にシリアス(?)にさせていきます。 ※表紙絵は友人様作です。 ※感想、質問大歓迎です!!

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

山神様と身代わりの花嫁

村井 彰
BL
「お前の子が十八になった時、伴侶として迎え入れる」 かつて山に現れた異形の神は、麓の村の長に向かってそう告げた。しかし、大切な一人娘を差し出す事など出来るはずもなく、考えた末に村長はひとつの結論を出した。 捨て子を育てて、娘の代わりに生贄にすれば良い。 そうして育てられた汐季という青年は、約束通り十八の歳に山神へと捧げられる事となった。だが、汐季の前に現れた山神は、なぜか少年のような姿をしていて……

だって魔王の子孫なので

深海めだか
BL
魔王の子孫である朔魔光は、由緒正しき名門校『私立御伽学園高等部』に通っていた。猫を被りながら、ストーカーじみた勇者の子孫"天勝勇人"を躱す日々。だけどある日、敵対しているはずの天勝家から婚約の打診が届いて……? 魔王の子孫である主人公が、ブラコンな兄とストーカー気質な勇者の子孫と弟系サイコな悪魔の子孫に愛されながら、婚約回避に向けて頑張るお話。 *序章では主人公がバリバリに猫かぶってます。(一人称→猫かぶり時は僕 普段は俺) *お話の舞台は日本のようで日本じゃない、御伽や伝承が実在した(過去形)世界線です。 *魔王の家系→『言霊魔術』など、家系ごとの特殊能力が出てきます。 *主人公も結構なブラコンです。 *痛い表現がある話には※つけます。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...