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しおりを挟む「悪く思うなよ」
「勿論です」
表情筋だけで作った笑顔で頷いてみせると、見張りの男は大きく舌打ちをした。
「気味悪い野郎だ」
「すみません」
「まあいい。これでお前もやっと村の役に立てるんだ。逃げようなんて考えるなよ」
「はい」
「おい、そろそろ時間だ」
扉が開けられ、見張りの男に別の男が声をかける。
やって来た別の男に「立て」と命令され、俺は「はい」と立ち上がる。
外へ出れば、カンカンに照りつける陽光の中、村の男らを従えて立っている村長に疎ましそうに出迎えられた。
「これよりお前を神に捧げる。異論はないな?」
「勿論です」
口角を上げて答えると、村長はそれ以上俺と話したくなかったのだろう。無言で踵を返し、とある場所へと向けて歩き始めた。
「行くぞ。さっさと歩け」
男がぐいっと俺の両手首を縛っている縄を引っ張って、村長の後を追うように歩き始める。
そうして二刻ほど経った頃、俺は一行の目的地である古い祠の前に連れてこられた。
生い茂る木々に囲まれるように佇んでいる祠の中には、村で信仰されている神様の石像が祀られている。
そんな古い祠の前で何やら神様に向かってお願い事をし始めた村長から視線を外し、俺はちらりと自身の恰好に視線をやった。
眼下には、上等な布地で仕立てられた白い女物の着物を着た自分。
俺は、これから神への生け贄となる。
目的は、雨乞いのため。
理由は、酷い日照り続きで村の作物の大半が駄目になってしまったから。
都から遠く離れたこんな地方の村にはよくある話だ。
だから、生け贄に選ばれた事を別にそれほど悲観してはいない。
「入れ」
神様へのお願い事が済んだ村長が祠の扉を開け、中に入るように促す。
祠の中は、奥に石像が置いてあるだけで狭く、人間が一人屈んで入るのがやっとの広さで。
俺が中に入るのと同時に後ろで直ぐに扉が閉まり、施錠される音がした。
祠の壁の隙間から漏れ入る光以外真っ暗な空間で、外にいる大勢の人間の気配が完全に無くなってから俺は息を吐き出した。
そして未だ拘束されたままの両手に、最期くらい外してくれても良いのではないだろうかと思うが、俺が逃げ出すのではと最後まで疑っていた村の人間たちに頼んだとしてもきっと聞いてくれなかっただろう。
「はぁ…」
少しだけ正座を崩して、狭い祠の壁に凭れ掛かって溜め息を吐く。
「…神様、か」
俺が生け贄に選ばれた理由、それは俺が村の『異物』で疎まれる存在だから。
俺には両親がいない。所謂、孤児だ。
孤児なんて存在は、こんな貧しい村ではそれだけで疎ましがられる。俺もそうだった。
別にその事に対して思う事は何もない。孤児とはそういうものだから。
けれど、村の人間が俺を『異物』として認定した理由はそれではない。
理由──それは、俺が『瑠璃色の瞳』を持っていたから。
俺の瞳は何故か生まれた時から瑠璃色で、それが理由で両親は俺を気味悪がって捨てたのだと聞いた時、まあ当然だなと思ったし、俺に『名前』がない理由も分かって納得してしまった。
俺は神様なんて存在は信じていないけれど、村の人間は違うらしい。
でなければ、この村が出来てから初となる『生け贄』なんてものをいるかどうかも分からない神へ捧げたりなんかしないだろう。
「…あつ」
蒸し暑さに、ふと意識が浮上する。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
隙間から漏れ入る光が月光へと変わっている所を見るに、どうやら夜になったようだ。
俺はいつ死ぬのだろう。餓死か衰弱死か。どちらが死因になるかは分からないけれど、それなりに時間がかかる事は分かる。
「そんなに時間がかからないと良いけど…」
そうぼそりと独り言ちた、その時だった。ゴロゴロと雷鳴が聞こえたのは。
「雷…?」
むくりと身体を起こし、壁の隙間から外の様子を窺い見る。
「…!!」
けれど、近くで白い稲光が強く光ったと思った次の瞬間、床が無くなった。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
分かったのは、まるで突如出現した落とし穴に落ちたかのように、闇の中を下へと落ちていく感覚だけ。
遠ざかっていく神様の石像が、笑っていたのか、怒っていたのか。
よく、覚えていない。
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