14 / 20
第一章 ぶつかり合う感情
明確の拒絶 ヴァーミリアン視点
しおりを挟む
~ルピナス・クレイの一角にて~
私は十分すぎるほど待った。
もう彼女たちに付き合う義理はないと思う。
「失礼。私は席を外させていただきます。」
長くなりそうな話を中断するようにそっと断りを入れた。
私を中心に集まっていた者たちは明らかに残念そうな顔をしている。
私は貴方たちの自慢話を聞きに来たわけではない。
少しでもナーロレイ嬢と仲良くなりたいから、彼女に変な虫がつかないようにと私は牽制してるだけで、こんなごみ溜めから今すぐにでもー――
「ヴァーミリアン様…」
その中でも私の行動を阻止するように、くいっと袖を掴み上目遣いに見つめてくる令嬢がいた。
令嬢の仮面が剥がれかけているケバい令嬢から鼻を衝く香水が漂い、思わず顔をしかめたくなる。
何を勘違いしているんだ、この女は。
婚約者が隣にいないというだけで付け入る隙があると思っているのか。
確かにナーロレイ嬢と義務的な関係でしかない。
でも、私の心に、傍に置きたいと思うのは彼女、ナーロレイ嬢だけだ。
「申し訳ないが、離してくれないか。クォーツ伯爵令嬢。」
「っ!私ったら、ごめんなさい。殿方に触れてしまうなんて…」
恥じらって見せようとするその三文芝居を横目に、周りの連中を一瞥し、
周りの視線がこちらを向いてない瞬間を見計らって、彼女の耳にだけ届くよう風魔法で釘を刺した。
「…あまりご自身の首を絞める行為はなさらない方がいいですよ?」
そう言葉を残し、歩き出す寸前に手に握りこまされた物を返した。
こんな物もらっても困る。
何か言いたそうにしていたが、彼女以外の子息令嬢に会釈をして立ち去った。
「ヴァーミリアン様、こちらを」
「ありがとう。助かる」
手渡された消毒液の滲みこんだハンカチで手を拭った。
令嬢から渡されたどぎつい香水の匂いが相殺され、一先ずホッと息をついた。
用済みのハンカチを預け、傍らに目を向けた。
「何だ」
「いえ、何も?」
「なら、その気色の悪い顔はやめろ」
「私の顔は元からこうです。それにしても、主とナーロレイお嬢様はさすがは社交界の関心の的なだけあるっすね~」
「…予想はしていたが、ナーロレイ嬢があそこまでモテるとは…」
「まあ今のところは外で愛人を作る心配――危なっ!?踏もうとしないでくださいよ、主!!」
「ロレンソ。お前が悪い」
私の癇に障る事ばかり言う執事の脛めがけて足を振り下ろしたが、――避けられた。
避けるんじゃないよ。私は今ものすごく苛々してるんだから。
私達のように婚約者同士で参加する者は少なくない。
伯爵家以上の者、称号を与えれている者が参加を認められている。
子息は第二王子の側近候補探しのため。
令嬢は第二王子の婚約者探しのため。
そして私達が招待されたのも、保守派が暴れないための予防の意味がある。
革命派と中立派の婚約も相まってか、招待客の中で怪しい動きはない。
だが、先程の令嬢のように大人しくしてくれそうにない者は…そこそこいる。
それはさておき。今は――
「お前は引き続き調査を頼む。」
「主、護衛は…」
「いらない。すぐ見つけるから問題ない」
「…あ~、俺は主の事も心配してるんすけど?」
「使えきれない暗器は持ち歩いていないし、魔法でどうとでもなる」
「そうっすね…。はい、ご武運を祈ってるっす」
「何か間違ってるが…、行ってくる」
私は慎重に耳を澄ませ、会話を聞き取っている。
私が探していたナーロレイ嬢と第二王子の会話を、だ。
先程から二人は庭園内で向き合い、ナーロレイ嬢が涙目になり震えている。
第二王子の表情は分からないが、手を添えている首や耳が赤い。
来たらこんな状況だったから、今の経緯は全く分からない。
とにかく聞かないとだな。
『ナーロレイ嬢、君さえ良ければまた二人きりの時間をくれないか?』
『殿下、それはできませんわ』
ナーロレイ嬢は困った表情で首を傾げた。
そんな表情も可愛いが、今やめてくれ。殿下まで君に惚れてしまう!
『それは…婚約者がいるからか?』
『殿下、知ってらしたのね。そうです、婚約者がいますの。だからー―』
『そんなの、俺は気にしない。ナーロレイ嬢、君が頷いてさえくれば…――』
第二王子は興奮しているのか彼女の言葉を遮るように言葉を発した。
そのまま彼女の左手首を掴み、引き寄せようとした。
――したのだが、彼女がその手を叩いた。
彼女の表情が気になり、顔を上げて凍り付いた。
いや、正確には恐怖のあまり足が竦んだ。
彼女の、ナーロレイ嬢の顔から恥じらいも頬の赤みも引き、彼女は冷めたような鋭い眼差しで王子を見据えていた。侮蔑の色を多分に含むその瞳から目が逸らせない。
『殿下、殿方が乱暴するのは如何なものかと思いますの』
『…ナーロ、レイ嬢…?』
『殿下、私達は友人。それ以上でも以下でもございません。戯れはよしてください。私は貴方の妻にはなり得ないのだから』
『……そうだな、すまない。…だが、これだけは聞かせてほしい』
第二王子は彼女に恋をしているのだろう。
心臓辺りを押さえて、彼女を見据えた。
彼女は相変わらず底冷えしそうな表情で殿下と向き合っている。
『何でしょう?』
『もしもっと早く君に出会っていたら…、君の婚約者が俺だったら、貴女は俺を愛する事はありましたか?』
王子のその言葉に、私も彼女の本音が知りたいと思った。
今なら、彼女の心の内を聞けるかもしれない。
そんな淡い期待を持って。
彼女の瞳は一度目蓋と長い睫毛に覆われ、再度王子を見据えると、
『ごめんなさい』
彼女はそう告げて、足早にその場を去った。
私の気配に気づく様子もなく、廊下を早歩きで駆けて行った。
―――ドクンッ
心臓が嫌な音を立て脈打った。
私も、殿下のように拒絶されてしまうのだろうか。
そんな不安に胸の奥が軋む音がした気がした。
私は十分すぎるほど待った。
もう彼女たちに付き合う義理はないと思う。
「失礼。私は席を外させていただきます。」
長くなりそうな話を中断するようにそっと断りを入れた。
私を中心に集まっていた者たちは明らかに残念そうな顔をしている。
私は貴方たちの自慢話を聞きに来たわけではない。
少しでもナーロレイ嬢と仲良くなりたいから、彼女に変な虫がつかないようにと私は牽制してるだけで、こんなごみ溜めから今すぐにでもー――
「ヴァーミリアン様…」
その中でも私の行動を阻止するように、くいっと袖を掴み上目遣いに見つめてくる令嬢がいた。
令嬢の仮面が剥がれかけているケバい令嬢から鼻を衝く香水が漂い、思わず顔をしかめたくなる。
何を勘違いしているんだ、この女は。
婚約者が隣にいないというだけで付け入る隙があると思っているのか。
確かにナーロレイ嬢と義務的な関係でしかない。
でも、私の心に、傍に置きたいと思うのは彼女、ナーロレイ嬢だけだ。
「申し訳ないが、離してくれないか。クォーツ伯爵令嬢。」
「っ!私ったら、ごめんなさい。殿方に触れてしまうなんて…」
恥じらって見せようとするその三文芝居を横目に、周りの連中を一瞥し、
周りの視線がこちらを向いてない瞬間を見計らって、彼女の耳にだけ届くよう風魔法で釘を刺した。
「…あまりご自身の首を絞める行為はなさらない方がいいですよ?」
そう言葉を残し、歩き出す寸前に手に握りこまされた物を返した。
こんな物もらっても困る。
何か言いたそうにしていたが、彼女以外の子息令嬢に会釈をして立ち去った。
「ヴァーミリアン様、こちらを」
「ありがとう。助かる」
手渡された消毒液の滲みこんだハンカチで手を拭った。
令嬢から渡されたどぎつい香水の匂いが相殺され、一先ずホッと息をついた。
用済みのハンカチを預け、傍らに目を向けた。
「何だ」
「いえ、何も?」
「なら、その気色の悪い顔はやめろ」
「私の顔は元からこうです。それにしても、主とナーロレイお嬢様はさすがは社交界の関心の的なだけあるっすね~」
「…予想はしていたが、ナーロレイ嬢があそこまでモテるとは…」
「まあ今のところは外で愛人を作る心配――危なっ!?踏もうとしないでくださいよ、主!!」
「ロレンソ。お前が悪い」
私の癇に障る事ばかり言う執事の脛めがけて足を振り下ろしたが、――避けられた。
避けるんじゃないよ。私は今ものすごく苛々してるんだから。
私達のように婚約者同士で参加する者は少なくない。
伯爵家以上の者、称号を与えれている者が参加を認められている。
子息は第二王子の側近候補探しのため。
令嬢は第二王子の婚約者探しのため。
そして私達が招待されたのも、保守派が暴れないための予防の意味がある。
革命派と中立派の婚約も相まってか、招待客の中で怪しい動きはない。
だが、先程の令嬢のように大人しくしてくれそうにない者は…そこそこいる。
それはさておき。今は――
「お前は引き続き調査を頼む。」
「主、護衛は…」
「いらない。すぐ見つけるから問題ない」
「…あ~、俺は主の事も心配してるんすけど?」
「使えきれない暗器は持ち歩いていないし、魔法でどうとでもなる」
「そうっすね…。はい、ご武運を祈ってるっす」
「何か間違ってるが…、行ってくる」
私は慎重に耳を澄ませ、会話を聞き取っている。
私が探していたナーロレイ嬢と第二王子の会話を、だ。
先程から二人は庭園内で向き合い、ナーロレイ嬢が涙目になり震えている。
第二王子の表情は分からないが、手を添えている首や耳が赤い。
来たらこんな状況だったから、今の経緯は全く分からない。
とにかく聞かないとだな。
『ナーロレイ嬢、君さえ良ければまた二人きりの時間をくれないか?』
『殿下、それはできませんわ』
ナーロレイ嬢は困った表情で首を傾げた。
そんな表情も可愛いが、今やめてくれ。殿下まで君に惚れてしまう!
『それは…婚約者がいるからか?』
『殿下、知ってらしたのね。そうです、婚約者がいますの。だからー―』
『そんなの、俺は気にしない。ナーロレイ嬢、君が頷いてさえくれば…――』
第二王子は興奮しているのか彼女の言葉を遮るように言葉を発した。
そのまま彼女の左手首を掴み、引き寄せようとした。
――したのだが、彼女がその手を叩いた。
彼女の表情が気になり、顔を上げて凍り付いた。
いや、正確には恐怖のあまり足が竦んだ。
彼女の、ナーロレイ嬢の顔から恥じらいも頬の赤みも引き、彼女は冷めたような鋭い眼差しで王子を見据えていた。侮蔑の色を多分に含むその瞳から目が逸らせない。
『殿下、殿方が乱暴するのは如何なものかと思いますの』
『…ナーロ、レイ嬢…?』
『殿下、私達は友人。それ以上でも以下でもございません。戯れはよしてください。私は貴方の妻にはなり得ないのだから』
『……そうだな、すまない。…だが、これだけは聞かせてほしい』
第二王子は彼女に恋をしているのだろう。
心臓辺りを押さえて、彼女を見据えた。
彼女は相変わらず底冷えしそうな表情で殿下と向き合っている。
『何でしょう?』
『もしもっと早く君に出会っていたら…、君の婚約者が俺だったら、貴女は俺を愛する事はありましたか?』
王子のその言葉に、私も彼女の本音が知りたいと思った。
今なら、彼女の心の内を聞けるかもしれない。
そんな淡い期待を持って。
彼女の瞳は一度目蓋と長い睫毛に覆われ、再度王子を見据えると、
『ごめんなさい』
彼女はそう告げて、足早にその場を去った。
私の気配に気づく様子もなく、廊下を早歩きで駆けて行った。
―――ドクンッ
心臓が嫌な音を立て脈打った。
私も、殿下のように拒絶されてしまうのだろうか。
そんな不安に胸の奥が軋む音がした気がした。
0
お気に入りに追加
32
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる