巻き込まれ転生

もふりす

文字の大きさ
上 下
22 / 30
2章 神と魔の悪戯

ある少女のプロローグ

しおりを挟む
舞台を観終えた少女達にファンサービスとして、握手をしたり爽やかに甘い台詞を告げたりして会場内に戻る彼女は、最終公演が終わった劇場の前で満足げな様子だ。

会場を駆けていくスタッフに会釈をして、控室に真っすぐと進んでいく。
片付けに勤しむ彼らは彼女と目が合うと、労わるような眼差しと礼を返してくれる。
少女達の冷めやらない歓声が遠のき一呼吸入れ――ようとして、激しい眩暈に襲われた。


(ッ…、やばい。足に力が入らな…―――)

朦朧とする頭で水分を取り忘れた事に気付き、後悔する。
人前で倒れる訳にはいかない。

自身と奮闘していると、誰かに後ろから支えられた。

「…大丈夫ですか?」

頭上から降ってきた声に我に返り、形だけでも謝る。
不甲斐ないけれど、今立つのは難しい。
どうやら足を挫いてしまったらしい。これが公演中ではなかったのが幸いだ。

「す、すみません。」

人前では常に仮面を被る事を習慣づけていた彼女としては、みっともない姿を見せてしまったという思いが勝り、後方にいる人物から顔を逸らして羞恥心で真っ赤になったであろう顔を俯かせた。

「……―Abyssus abyssum invocat.」

頭上から何か呟く声と共に、少女を支える腕に力が入り、少女は訝し気に眉を寄せて顔を上げた。
視界に入った、こちらを見下ろす人物と視線が交わり、気が遠のいた。

(私、この人を知らないけれど知っているような気がする…)

ぼやけていく視界の中で、悲し気にこちらを見つめる双眸から光る物が落ちていくのを目にした。
泣かないで、と必死にお願いしていたら、その人物は夢の中でも現れてきた。










雲ほどの高さに、一つの島がある。

そこには、人族の根源である神族が住んでいて、各神族の代表者達が一堂に会していた。

代表者というだけあり、其々の輝きは凄まじく、誰もが頷くほどの美しさと威厳を兼ね備えている。


島の中枢部に鮮やかな緑に囲まれた湖があり、その上を浮かぶ円盤のテーブルを囲うように彼らは席に着いていた。彼らが放つ輝きに変わりはないが、只々静かに…――重い空気を漂わせていた。

眉間を揉み頭を抱える者、腕を組み考え込む者、表情が抜け落ち目が据わっている者、周りを窺い見ては口を開閉し続ける者、自身の髪の先をいじり続ける者‥‥、
埒が明かない議題に、話し合いは迷宮入りと化していた。

彼らの顔が曇る理由は、たった一つ。

神族の一人の心配、というだけなら然程大事に感じられないが、問題の人物はこの島にもういない。
正確には、神族ではなくなり、人間として地上に生まれ直したのだ。

渦中の人物――神族から人間に転生した彼女は、恋を成就するために地上に舞い降りた。

だが、彼女は転生すると同時に本来の目的も神族だった頃の自身をも忘れ去ってしまった。

輪廻転生の輪に入っただけでただの人間として過ごす彼女に、見守り続けていた神族の面々は我慢の限界に達していた。

彼女の幸せを望むからこそ、下等な人間という種に大切な仲間を落とし、意中の相手と結ばれる事を待ち、既に300年。
それも、何の因果か…どんなに生まれ変わっても彼女は相手に想いを伝える前に命を散らしている。この300年間で彼女は何度生まれ変わっているだろうか。


彼ら神族が途方に暮れる主な原因は今回の、自分達のミスが招いた事故。

一つは本来転生させる人物に巻き込む形で死なせてしまった事。

もう一つは、彼ら神族の保護管轄外の世界に彼女が転生してしまった事。


彼女の、不運に巻き込まれる体質は分かっていたものの、悪い事が立て続けに起きてしまい、対応が遅れる始末。
それに重ねて、彼女は厄介な組織に目を付けられてしまった。

神族と正反対の存在――下界を統括する魔族に、だ。








知らない、はず。
なのに、目の前の情景に涙が込み上げた。
でも、彼らの会話を反芻していたら、頭の奥がはじけた。


「あ…、わた、しは……。」

夢にも出てきた彼女に問いかけようとしたが、その姿はもうない。

先程までいてくれたのだろう、支えてくれた人物の残り香が肩に残っていた。
彼岸花。それも記憶違いでなければ黄色の彼岸花。

共通した花言葉は『再会』。そして、――『追想』。

そこまで思い当って、一つ確信を得た。


「あなたも…私と同じく、――神族だったのですか?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...