上 下
343 / 372
第十五章 新人類

第347話:諸々の顛末

しおりを挟む
 後日、陛下とお義父様の三人で話す機会があり、そこで諸々の顛末を知らされた。

「エルデン伯領は南北に分けた」と、陛下は神妙な面持ちで言った。

 婚約破棄された件はさておき、そもそもエルデン伯家は、令嬢のやらかしをきっかけに謀反の疑いをかけられていた。貴族としては致命的とも言える「王宮への立ち入り禁止」処分も受けている状態だ。猶予として与えられた三か月の間に、子女の再教育をするよう王命が下っていた。

 エルデン伯家には王都騎士団に所属している二人の息子がおり、陛下が命じたとおり第三騎士団(とコッソリ見に行ったヴィルさん)立ち合いのもと、適性と実力を測る入団試験を再受験させられた。
 結果は新人騎士の成績にも及ばない散々なものだったそうだ。その日のうちに二人は騎士の資格を永久剥奪された。

 総騎士団長ヴィルさんの命令で、なぜ二人が入団できていたのか調査が始まり、賄賂を受け取って不正に合格させていた当時の試験官(現幹部)二名が捕まった。
 当時の手口を洗いざらい吐かされ、資格を剥奪された挙句、受け取った賄賂よりも多くの資産を失うことになったそうだ。
 事態を重く見た陛下は、王都騎士団に所属する騎士と、すべての関係者に再試験を命じた。ヴィルさんとマークさんは、最近その件でてんてこ舞いしている。

 オポンチンさんとエルデン伯令嬢の婚約破棄劇は、そんな最中に起きた出来事だった。

 エルデン伯領が南北に分かれたということは、子女の再教育が、陛下の満足が行くレベルに到達しなかったという意味なのだろう。あの令嬢にとっては辛い出来事が続いている。

「あやつは勝手に娘を養女に出していた」と、陛下は衝撃的な言葉を口にした。
 わたしは「えっ?」と言ったきり絶句してしまった。

「エルデンは、例の婚約破棄を不名誉とし、娘にすべてをなすりつけて放り出した」
「でも陛下、あの件は彼女のほうには何の落ち度もありませんでした」

 わたしの言葉に陛下は頷いた。
 婚約破棄をされた女性がまるでキズモノのように扱われる古い慣習については、陛下も良く思っていなかった。なぜなら、その婚約を認めたのは、ほかでもない陛下自身だからだ。

「しかしな、こう言ってはなんだが、あの令嬢にとっては悪い話ではない」と、陛下は言った。
「養子縁組みをしたのはエルデン伯夫人の兄、つまり娘にとっては母方の伯父だ。慈善活動家として名の知れた人物で、そもそも令嬢の再教育を任せていた」
「そうだったのですね……」
「実父に比べたら相当マトモな父になるだろう」
「なんだか複雑ですねぇ」
「現在の序列は伯家の中では二位。まったく無関係な家に落とされたわけではない。そこが唯一の救いだな」

 娘に責任をなすりつけるような毒父に比べたら、大抵のオジサマは善い人かも知れない。令嬢本人がそれを望んでいるのなら、それは救いになるだろう。

「これを機にエルデン伯家の序列は最下位まで落ちる見込みだ。子爵か男爵まで叩き落とす案もあったのだが、それは今後、嫡男の様子を見て考える」

 令嬢をスケープゴートとした毒親は領地のほとんどを取り上げられ、序列が最下位まで下がる。追い出された令嬢は養女になった先で序列一位に留まる。皮肉な結末だ。

「旧南エルデンの新領主はランドルフ公爵とするが、そこにいる領主殿は大変ご多忙だ。だからその息子に管理を任せる」

 分割された南側の領地は、ヴィルさんの領地になった。

「地名は『ナルヴィル』だ。ヴィルが守るからナルヴィル。なかなか良いだろう?」

 陛下は満足そうに微笑んでいた。
 わたしとしては、ヴィルさんが無理なく管理できる領地ならば有り難い。

「オポンチンの件は伝わっているのか?」と、お義父様が陛下に訊ねた。
「いや、それも話さねばならん」と陛下。

「オポンチン侯家は一代男爵に変更した」
「えっ、男爵? 男爵ですか?」

 またもや目を丸くすることになった。
 男爵は貴族の中では最も身分が低くて人数が多い。
 「平民に毛が生えたようなもの」などと馬鹿にされがちだけれども、実は王国の食糧事情を考えるうえで非常に重要な位置を占めている。
 彼らは土着の大農家や牧場主が多く、地元のリーダー的存在だ。農業や酪農の分野で相互支援をする同業種組合を組織しており、横のつながりが強いので決して馬鹿にはできない。
 ただ、そこにオポンチン侯爵が落ちていくというのはどうなのだろう……。周りの男爵様たちは、あまり仲良くしてくれない気がするし、おそらくご本人のプライドはズタズタだろう(ご愁傷様です)

 当初、あのニワトリ嫡男は、父親と一緒に陛下のもとを訪れて「どうしてもエルデン伯令嬢と婚姻を結びたい」と、しつこく懇願していたそうだ。
 陛下は「熱心すぎて逆に怪しい」と感じ、表向きは渋々認めてやりつつ裏で調査をしていた。
 嫡男が歓楽街の酒場近くでウロついていることを掴み、追ってクレアさんの存在を掴んだ。そうこうしているうちに例の婚約破棄騒ぎが起きたというわけだ。

「一代男爵に落としたのは、貴族会議で可決した案を認めただけに過ぎない」と、陛下は言った。

「皆さんの総意なのですねぇ」
「首謀者の狸オヤジは罰してやらねばならん」
「そうですねぇ……」
「馬鹿息子は満足しているだろう。なにせ真の……いや誠の? 違うな。何だったか?」
「真実の愛?」
「それだ。なにせ真実の愛らしいからな? 息子はもう家を追い出されて、女の家に転がり込んだようだ」
「まあ……」

 展開が早くてついていけない。
 あっちでもこっちでも、娘や息子を厄介払い。
 問題を起こす家は親子の縁が薄いのだろうか。

「クレアさんは大丈夫でしょうか。彼に従者がいないと、貴族令息のお世話係のようになってしまいそうですけれど」
「心配ない。元気にやっているようだ」と、お義父様は言った。

「甲斐甲斐しく世話をしてやっている。例の息子のほうも、彼女の言うことをきちんと聞いているようだ。もともと親の言いなりだったのか、誰かに言われてからノロノロ行動する男のようだな」

 あれをしろ・これをしろとビシビシ指示する強いクレアさんと、言われたとおりに動く情けない彼……なんとなく想像がつく。

「彼女は器が大きいと言うか、細かいことを気にしないと言うか、とても前向きな方なのです」

 わたしが彼女について説明するのを、お義父様はクスクスと笑いながら聞いていた。

「なるほどな。調査員からも『たいそう変わった娘』と報告が来ている。相当大変だろうと思うのだが、幸せそうに笑っているらしい」

 ニッコリさんですら「あの子には敵わない」と舌を巻くほどのウルトラ・ポジティブな人だ。彼女が先頭に立っていれば、彼は安泰かも知れない。じきに庶民の暮らしにも慣れるだろう。

 貴族会議での決定とは言え、貴族令息に一銭も持たせず庶民に落とすほど冷酷ではない。当面の生活に困らない程度のお金は持っていて、それを元手に二人で商売を始めようとしているそうだ。

「腐っても天人族だ。平民に比べれば高度な教育を受けているし、少ないとは言え魔力もある。商売に役立てようと思えばどうとでもなる。それで身を立てれば、しっかり生きていけるだろう。近々結婚するようだ」
「それなら良かったです」

 わたしに取り入るために不祥事を起こした人々は罰を受けた。
 巻き込まれた女性二人のうち、クレアさんだけはヴィルさんの機転で助けることができた。結婚式が済んだ頃、彼女にお祝いを贈ろう。何か生活の役に立ちそうなものを。

 ふと赤いドレスが脳裏をかすめた。
 責任をなすりつけられて養女に出されたあの令嬢はどうしているのだろう……。
 気になるけれど、今の時点でわたしにしてあげられることは何もなかった。


──────────────
※幕間のエピソードがあります。
第347.9話:親子サンド
メンバー限定ですが、もし良ければ下記をご覧ください。
https://mutsukihamu.blogspot.com/p/note_21.html

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

勘違いは程々に

蜜迦
恋愛
 年に一度開催される、王国主催の馬上槍試合(トーナメント)。  大歓声の中、円形闘技場の中央で勝者の証であるトロフィーを受け取ったのは、精鋭揃いで名高い第一騎士団で副団長を務めるリアム・エズモンド。  トーナメントの優勝者は、褒美としてどんな願いもひとつだけ叶えてもらうことができる。  観客は皆、彼が今日かねてから恋仲にあった第二王女との結婚の許しを得るため、その権利を使うのではないかと噂していた。  歓声の中見つめ合うふたりに安堵のため息を漏らしたのは、リアムの婚約者フィオナだった。  (これでやっと、彼を解放してあげられる……)

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...