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第十四章 少年

第330話:オルランディア名物

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 ヴィルさんの不人気の理由は、身分を隠しているせいだった。

 子ども達を受け入れるにあたって、皆で決めたルールがいくつかある。
「身分を明かすのは、どうしても必要になった場合のみ」というルールも、そのうちの一つだった。
 神薙と王族は庶民にとって少々特殊な同居人なので、努力目標として身分を隠すことになった。
 しかし、仕事中の彼は騎士の制服を着ていて、なおかつ団長と副団長の制服は一般騎士とは異なる。彼が騎士団長であることを隠すのはかなり無理があった。
 幸いなことに、第三騎士団が異様な人気を集めているおかげで、虎の紋章は有名だけれども、獅子と百合の紋章を見ても子ども達は第一騎士団だとは気づかない。

 そこで、彼の仕事は『第十一・・騎士団』の団長という設定にした。王都騎士団は第十までしかないので、第十一は幻の組織だ。

 実は団長どころか全騎士団をまとめる総騎士団長も兼務しているし、領主でもあり、血筋は王子様と同じ。留学中の王太子様の代理で外交もこなし、王位継承権も持っている。本来の敬称は『殿下』だ(そう呼ぶと本人は嫌がるけれど)
 彼の身分を隠す段取りには関係各所との打ち合わせを含め、かなり手間をかけていた。

 逆にわたしが神薙の身分を隠すことは超簡単。
 誰かが「神薙」と呼ばなければバレないし、毎日の生活も商人そのものだから普段通りで問題なしだった。
 唯一やった工作と言えば、ベルソールさんに事情を話し、オジイチャン役を務めて頂くことだけ。もともと仲良しな社長と部下であるわたし達は、ノリノリで祖父&孫ごっこをして準備万端だ。
 わたしはカルセド公国から来た大商人ベルソールさんの孫で、陛下が付けてくれた護衛である第十一騎士団長と婚約しているという子ども騙しな設定だ。

 第十一・・騎士団ゆえに知名度が低く不人気になってしまったヴィルさん。下唇を突き出してふてくされるのも仕方ない。
 せめて新聞ソードでの決闘対決に勝ち、実力で子ども達の人気を勝ち取ってもらいたいところだ。



 ぺちぃっ……という音と共に、ヴィルさんの剣がニッコリさんの額に当たった。
 すっかりフニョフニョになった彼の新聞ソードは、ニッコリさんの頭の輪郭をなぞるようにクニャリと曲がっている。ニッコリさんが持つ二本の剣も、地面に向かってヘロッと垂れ下がり、すでに剣としての役割が果たせていなかった。

「そこまで! 勝者、ヴィル!」

 くまんつ様が右手を上げて勝ち名乗りをあげ、決闘の終了を告げた。

「くっそぉー! 勝ったら自慢できると思った瞬間負けたッスぁー!」
「俺にそんな雑念まみれで勝てると思うなよ。ふははははっ!」

 仁王立ちで勝ち誇るヴィルさんは悪い魔王のようだったけれども、男児からは少しだけ尊敬されるようになったようだ。
 めでたしめでたし(?)



 ヴィルさんは時々自分自身に言い聞かせるように「俺は凡人だ」と言うことがある。
 彼が言うには、王族の看板を背負っていないと、自分の平凡さが身に染みるのだとか。本人でもそう思うほど、王族の看板の力は大きいということなのだろう。

 子ども達にそんな王族が味方だと勘違いをさせるわけにはいかない。贅沢を覚えさせれば、施設に移ってからが辛くなってしまう。心を鬼にして、今の彼らに適した環境作りをしなくてはならなかった。

 ところが、打ち合わせを重ねるたびにこの国の文化である(とわたしは思っている)過保護がじわじわと顔を出し始めた。

 執事長が「最も低い階級の使用人レベルにします」と厳しい顔つきで宣言し、最初に準備したのは彼らの個室。七畳ほどの部屋だった。
 この時点でわたしが日本で住んでいたマンションも「最も低い階級の使用人レベル」ということが確定したわけなのだけれども、それについては触れないことにしたい(涙)

 すぐに「それでは厳し過ぎる」という声が上がり、個室のほかに広々とした共有の子ども部屋が追加された。追いかけっこもできそうな広さだ。
 本やお絵描き道具、おもちゃなどが「共有」として置かれたものの、本以外はしっかり人数分が用意されており、実際にはそれほど「共有」しているわけではない。
 また、庭の一部には遊具を設置する改造工事が施された。わたしのおすすめはジャングルジムだ。お砂場で遊ぶためのバケツやスコップなども完備している。
 食事は従業員向けまかない料理をベースにしたお子さま専用メニューだ。従業員用の広いダイニングには、背の低い子ども用の椅子も用意されている。
 お風呂は大浴場で天然温泉。おやつは十時と十五時。
 彼らのお世話をするスタッフは自ら志願してチームを組んでくれた人たちで、保育士の資格を持ったスタッフが必ず一人はそばにいてくれる。
 そして、教師をやっていた経験のあるマダム赤たまねぎと、ついこの間まで現役教師だったそのお嬢さんの監修で、遊びをふんだんに取り入れた初等基礎学習カリキュラムが組まれており、それを皆で教えることにしていた。

 こんなに至れり尽くせりなのに、まだ執事長は「布団が薄いのではないか」「服が足りないのではないか」「普段着はあるがフォーマルがない!」などなど、不足を気にしている。

 一方、王宮へ行くと、ムツゴロウの二人がおおむね同じようなことを話し合っていた。

「シーツはもっと子どもらしく、可愛いものが良いのではないか」
「天井に子どもが喜びそうな絵を描いたら、寝るときも寂しくないのではないか」等々。

 わたしは額に手を当ててため息をついた。
「過保護になり過ぎない程度のところで止めるのが仕事になりそうですね」と言うと、アレンさんは大きく頷いた。
「そうですね。彼らにも困ったものです」と、彼は言った。

「シーツではなくベッドカバーを可愛いものに変えるべきです」
「はい?」
「絵を描く必要もありません」
「そ、そうですよね」
「天井から吊るせば、鳥さんがクルクル回るオモチャがありますからね」
「アレンさん……」

 やっぱり過保護はこの国の文化だ。



 わたしは六枚の護符を書き、御守り袋に入れて子ども達に渡した。
 忙しくてそばにいられない日もあるけれども、御守りがわたしの代わりだと伝えると、皆きちんとそれをポケットにしまって「大事にする」と言ってくれた。

 こうして六人の子ども達との賑やかな日々が始まった。
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