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第十四章 少年

第328話:騎士の心得十か条

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 くまんつ様は「もっと柔軟に考えてやれよ」と言った。

「字を教えたいなら教材なんか何でもいいだろ? 学校じゃないんだから」

 くまんつ様はカジュアルなジャケットの内ポケットをゴソゴソ探ると、小さなメモ帳を取り出した。
「リア様、これ見たことありますか?」と、彼は表紙をめくって見せてくれた。
 表紙の裏側に「騎士の心得十か条」が印刷されている。

────────────────
汝、王を信じ、その言葉に従うべし
汝、王国を愛すべし
汝、善を守るべし
汝、法を守るべし
汝、弱き者を守り、常にその守護者であるべし
汝、正義をもって悪と戦うべし
汝、勇敢に敵と戦うべし
汝、敵に背を向けざるべし
汝、貧しき者には進んで施しを与えるべし
汝、信仰を守り、神の守護者であるべし
────────────────

「騎士科の初等部は、これのなぞり書きから授業が始まります」と、くまんつ様は言った。
 アレンさんが「なんか薄っすら記憶にありますねぇ」と眉間にシワを寄せる。

「十か条を覚えさせる目的だと思われがちだが、実はこいつには『すべての文字』が使われている。字を一通り覚えるのにちょうどいい」

 ニッコリさんが「えっ、そうだったんスか?」と言った。

「意外と知られていないのだが、初版には文字が二つばかり足りなかった。それを足すために少し言い回しを変えた経緯がある」
「教材にするためにわざと?」

「一石二鳥だろう?」と、くまんつ様は控えめに笑った。
「一つの文が短くて達成感を得やすい。初期の学習には適している」

「何よりも彼の興味のド真ん中ですね」とアレンさんが言ったので、わたしは頷いた。こんなにもテオにピッタリな教材はない気がする。

「まあ任せておけ」と、猛獣使いは余裕の笑みを見せた。



 宝箱探しをぼーっと眺めているテオに、くまんつ様が声を掛けてくれた。

「騎士の心得は覚えたか?」
「んー、半分ぐらい。書くのが一番難しい」とテオ。
 彼のシャツの胸ポケットには、騎士の心得が書かれた騎士団特製のメモ帳が入っていた。憧れのくまんつ様から「騎士になりたいのなら心得を覚えろ」と言われてメモ帳だけを渡され、彼はまんまと読み書きを習い始めていた。

「それをスラスラ読めて書けるようになったら、次は第三騎士団の紋章が入った手帳をやるぞ」
「えええっ! うそっ! ほんとっ?」
「騎士の決まりがびっしりと書いてある。破るとクビになるから、俺も必死で覚えた」
「騎士様もクビになるんだ……」
「しっかり勉強して、より多くの言葉を覚えておくといいだろう」
「うん!」

 くまんつ様はほかのちびっ子たちを眺めながら「宝探しも練習にもってこいだぞ」と言った。

「騎士は意外と人や物を捜す仕事が多い」
「剣で戦ったり、街を守ったりするだけじゃないの?」と、テオが目をまん丸にする。
「戦うこと以外の仕事のほうが多いぞ?」
「うそ……」
「計算もするし長い手紙も書く」
「うわっ、そうなんだ」
「探し物のコツを教えてやろうか」
「うんっ」
「まずは全体を眺める。なんとなく気になるところがあったら、そこを重点的に探してみろ。意外と見つかることが多い。俺はもう宝箱を見つけたぞ?」
「うっそ! すげえ!」
「やらないのなら正解を教えようか。手柄の横取りは規則違反でクビになるが、君はまだ騎士ではないからな」

 テオはぶるぶると激しく首を横に振った。

「ダメだよ。小さい頃からマジメじゃないとダメだってニッコロ兄ちゃんが言ってた。ズルをすると騎士になれないって」
「それなら探してくるといい。しかし自分より弱い者が優先だ。騎士は人を助けるのが仕事だからな」
「大丈夫。汝、弱き者を守り、その……えーと……」
「常にその守護者であるべし」
「常にその守護者であるべし!」
「行ってこい」
「うん!」

 テオが宝探しに参加すると、慌ててショーンもそれについて行った。

 彼は騎士団のメモ帳を受け取った時点から、くまんつ様の緩やかなコントロール下に入っていた。自然とくまんつ様が指差す方向へ進み、騎士の心得を学びながら、同時に読み書きと、友達と一緒のときの振る舞いを学んでいる。
 きっかけさえ作ってあげれば宝探しも読み書きも楽しむことができていたので、第一騎士団員が彼の背中をそっと押す係を引き継ぐことになった。

 思わず尊敬の眼差しでくまんつ様を見上げると、彼はゆったりと腕組みをして軽く口角を上げていた。

「団長、子どもの扱い上手いッスね」と、ニッコリさんが言った。
「誰かさんと違って、素直で可愛いよな」
「誰ッスか?」
「うちのややこしい部下だよ。口は悪いし、言うことは聞かねぇし、アホみたいに食うし、訓練行きたくないッスーとか駄々こねるし……」
「ちょ待って、それオレぇ?!」
「俺の昼飯は奪って食うし。猛獣だ、猛獣」
「また近々、蒸し鶏を食べに行きたいッスね?」
「なぜ産んだ覚えもねーのに、猛獣の雛がピーピー鳴いて飯を食わせろと言うのだろう」
「またまた、可愛いくせに~」
「……いつ行くんだよ」
「今日か明日?」
「来週の訓練、ちゃんと行け。いいな?」
「い……行きます」
「じゃ予約入れとけ」
「あざーっす!」

 アレンさんが小声で「ね? 猛獣使いでしょう?」と言った。

 テオに手伝ってもらいながら宝箱を見つけたディーンが「あったぁーー!」と声を上げると、猛獣が飛んでいって二人をめちゃめちゃに褒めちぎった。

 陽気で優しい猛獣と、もっと優しい猛獣使いだった。
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