324 / 372
第十四章 少年
第328話:騎士の心得十か条
しおりを挟む
くまんつ様は「もっと柔軟に考えてやれよ」と言った。
「字を教えたいなら教材なんか何でもいいだろ? 学校じゃないんだから」
くまんつ様はカジュアルなジャケットの内ポケットをゴソゴソ探ると、小さなメモ帳を取り出した。
「リア様、これ見たことありますか?」と、彼は表紙をめくって見せてくれた。
表紙の裏側に「騎士の心得十か条」が印刷されている。
────────────────
汝、王を信じ、その言葉に従うべし
汝、王国を愛すべし
汝、善を守るべし
汝、法を守るべし
汝、弱き者を守り、常にその守護者であるべし
汝、正義をもって悪と戦うべし
汝、勇敢に敵と戦うべし
汝、敵に背を向けざるべし
汝、貧しき者には進んで施しを与えるべし
汝、信仰を守り、神の守護者であるべし
────────────────
「騎士科の初等部は、これのなぞり書きから授業が始まります」と、くまんつ様は言った。
アレンさんが「なんか薄っすら記憶にありますねぇ」と眉間にシワを寄せる。
「十か条を覚えさせる目的だと思われがちだが、実はこいつには『すべての文字』が使われている。字を一通り覚えるのにちょうどいい」
ニッコリさんが「えっ、そうだったんスか?」と言った。
「意外と知られていないのだが、初版には文字が二つばかり足りなかった。それを足すために少し言い回しを変えた経緯がある」
「教材にするためにわざと?」
「一石二鳥だろう?」と、くまんつ様は控えめに笑った。
「一つの文が短くて達成感を得やすい。初期の学習には適している」
「何よりも彼の興味のド真ん中ですね」とアレンさんが言ったので、わたしは頷いた。こんなにもテオにピッタリな教材はない気がする。
「まあ任せておけ」と、猛獣使いは余裕の笑みを見せた。
☟
宝箱探しをぼーっと眺めているテオに、くまんつ様が声を掛けてくれた。
「騎士の心得は覚えたか?」
「んー、半分ぐらい。書くのが一番難しい」とテオ。
彼のシャツの胸ポケットには、騎士の心得が書かれた騎士団特製のメモ帳が入っていた。憧れのくまんつ様から「騎士になりたいのなら心得を覚えろ」と言われてメモ帳だけを渡され、彼はまんまと読み書きを習い始めていた。
「それをスラスラ読めて書けるようになったら、次は第三騎士団の紋章が入った手帳をやるぞ」
「えええっ! うそっ! ほんとっ?」
「騎士の決まりがびっしりと書いてある。破るとクビになるから、俺も必死で覚えた」
「騎士様もクビになるんだ……」
「しっかり勉強して、より多くの言葉を覚えておくといいだろう」
「うん!」
くまんつ様はほかのちびっ子たちを眺めながら「宝探しも練習にもってこいだぞ」と言った。
「騎士は意外と人や物を捜す仕事が多い」
「剣で戦ったり、街を守ったりするだけじゃないの?」と、テオが目をまん丸にする。
「戦うこと以外の仕事のほうが多いぞ?」
「うそ……」
「計算もするし長い手紙も書く」
「うわっ、そうなんだ」
「探し物のコツを教えてやろうか」
「うんっ」
「まずは全体を眺める。なんとなく気になるところがあったら、そこを重点的に探してみろ。意外と見つかることが多い。俺はもう宝箱を見つけたぞ?」
「うっそ! すげえ!」
「やらないのなら正解を教えようか。手柄の横取りは規則違反でクビになるが、君はまだ騎士ではないからな」
テオはぶるぶると激しく首を横に振った。
「ダメだよ。小さい頃からマジメじゃないとダメだってニッコロ兄ちゃんが言ってた。ズルをすると騎士になれないって」
「それなら探してくるといい。しかし自分より弱い者が優先だ。騎士は人を助けるのが仕事だからな」
「大丈夫。汝、弱き者を守り、その……えーと……」
「常にその守護者であるべし」
「常にその守護者であるべし!」
「行ってこい」
「うん!」
テオが宝探しに参加すると、慌ててショーンもそれについて行った。
彼は騎士団のメモ帳を受け取った時点から、くまんつ様の緩やかなコントロール下に入っていた。自然とくまんつ様が指差す方向へ進み、騎士の心得を学びながら、同時に読み書きと、友達と一緒のときの振る舞いを学んでいる。
きっかけさえ作ってあげれば宝探しも読み書きも楽しむことができていたので、第一騎士団員が彼の背中をそっと押す係を引き継ぐことになった。
思わず尊敬の眼差しでくまんつ様を見上げると、彼はゆったりと腕組みをして軽く口角を上げていた。
「団長、子どもの扱い上手いッスね」と、ニッコリさんが言った。
「誰かさんと違って、素直で可愛いよな」
「誰ッスか?」
「うちのややこしい部下だよ。口は悪いし、言うことは聞かねぇし、アホみたいに食うし、訓練行きたくないッスーとか駄々こねるし……」
「ちょ待って、それオレぇ?!」
「俺の昼飯は奪って食うし。猛獣だ、猛獣」
「また近々、蒸し鶏を食べに行きたいッスね?」
「なぜ産んだ覚えもねーのに、猛獣の雛がピーピー鳴いて飯を食わせろと言うのだろう」
「またまた、可愛いくせに~」
「……いつ行くんだよ」
「今日か明日?」
「来週の訓練、ちゃんと行け。いいな?」
「い……行きます」
「じゃ予約入れとけ」
「あざーっす!」
アレンさんが小声で「ね? 猛獣使いでしょう?」と言った。
テオに手伝ってもらいながら宝箱を見つけたディーンが「あったぁーー!」と声を上げると、猛獣が飛んでいって二人をめちゃめちゃに褒めちぎった。
陽気で優しい猛獣と、もっと優しい猛獣使いだった。
「字を教えたいなら教材なんか何でもいいだろ? 学校じゃないんだから」
くまんつ様はカジュアルなジャケットの内ポケットをゴソゴソ探ると、小さなメモ帳を取り出した。
「リア様、これ見たことありますか?」と、彼は表紙をめくって見せてくれた。
表紙の裏側に「騎士の心得十か条」が印刷されている。
────────────────
汝、王を信じ、その言葉に従うべし
汝、王国を愛すべし
汝、善を守るべし
汝、法を守るべし
汝、弱き者を守り、常にその守護者であるべし
汝、正義をもって悪と戦うべし
汝、勇敢に敵と戦うべし
汝、敵に背を向けざるべし
汝、貧しき者には進んで施しを与えるべし
汝、信仰を守り、神の守護者であるべし
────────────────
「騎士科の初等部は、これのなぞり書きから授業が始まります」と、くまんつ様は言った。
アレンさんが「なんか薄っすら記憶にありますねぇ」と眉間にシワを寄せる。
「十か条を覚えさせる目的だと思われがちだが、実はこいつには『すべての文字』が使われている。字を一通り覚えるのにちょうどいい」
ニッコリさんが「えっ、そうだったんスか?」と言った。
「意外と知られていないのだが、初版には文字が二つばかり足りなかった。それを足すために少し言い回しを変えた経緯がある」
「教材にするためにわざと?」
「一石二鳥だろう?」と、くまんつ様は控えめに笑った。
「一つの文が短くて達成感を得やすい。初期の学習には適している」
「何よりも彼の興味のド真ん中ですね」とアレンさんが言ったので、わたしは頷いた。こんなにもテオにピッタリな教材はない気がする。
「まあ任せておけ」と、猛獣使いは余裕の笑みを見せた。
☟
宝箱探しをぼーっと眺めているテオに、くまんつ様が声を掛けてくれた。
「騎士の心得は覚えたか?」
「んー、半分ぐらい。書くのが一番難しい」とテオ。
彼のシャツの胸ポケットには、騎士の心得が書かれた騎士団特製のメモ帳が入っていた。憧れのくまんつ様から「騎士になりたいのなら心得を覚えろ」と言われてメモ帳だけを渡され、彼はまんまと読み書きを習い始めていた。
「それをスラスラ読めて書けるようになったら、次は第三騎士団の紋章が入った手帳をやるぞ」
「えええっ! うそっ! ほんとっ?」
「騎士の決まりがびっしりと書いてある。破るとクビになるから、俺も必死で覚えた」
「騎士様もクビになるんだ……」
「しっかり勉強して、より多くの言葉を覚えておくといいだろう」
「うん!」
くまんつ様はほかのちびっ子たちを眺めながら「宝探しも練習にもってこいだぞ」と言った。
「騎士は意外と人や物を捜す仕事が多い」
「剣で戦ったり、街を守ったりするだけじゃないの?」と、テオが目をまん丸にする。
「戦うこと以外の仕事のほうが多いぞ?」
「うそ……」
「計算もするし長い手紙も書く」
「うわっ、そうなんだ」
「探し物のコツを教えてやろうか」
「うんっ」
「まずは全体を眺める。なんとなく気になるところがあったら、そこを重点的に探してみろ。意外と見つかることが多い。俺はもう宝箱を見つけたぞ?」
「うっそ! すげえ!」
「やらないのなら正解を教えようか。手柄の横取りは規則違反でクビになるが、君はまだ騎士ではないからな」
テオはぶるぶると激しく首を横に振った。
「ダメだよ。小さい頃からマジメじゃないとダメだってニッコロ兄ちゃんが言ってた。ズルをすると騎士になれないって」
「それなら探してくるといい。しかし自分より弱い者が優先だ。騎士は人を助けるのが仕事だからな」
「大丈夫。汝、弱き者を守り、その……えーと……」
「常にその守護者であるべし」
「常にその守護者であるべし!」
「行ってこい」
「うん!」
テオが宝探しに参加すると、慌ててショーンもそれについて行った。
彼は騎士団のメモ帳を受け取った時点から、くまんつ様の緩やかなコントロール下に入っていた。自然とくまんつ様が指差す方向へ進み、騎士の心得を学びながら、同時に読み書きと、友達と一緒のときの振る舞いを学んでいる。
きっかけさえ作ってあげれば宝探しも読み書きも楽しむことができていたので、第一騎士団員が彼の背中をそっと押す係を引き継ぐことになった。
思わず尊敬の眼差しでくまんつ様を見上げると、彼はゆったりと腕組みをして軽く口角を上げていた。
「団長、子どもの扱い上手いッスね」と、ニッコリさんが言った。
「誰かさんと違って、素直で可愛いよな」
「誰ッスか?」
「うちのややこしい部下だよ。口は悪いし、言うことは聞かねぇし、アホみたいに食うし、訓練行きたくないッスーとか駄々こねるし……」
「ちょ待って、それオレぇ?!」
「俺の昼飯は奪って食うし。猛獣だ、猛獣」
「また近々、蒸し鶏を食べに行きたいッスね?」
「なぜ産んだ覚えもねーのに、猛獣の雛がピーピー鳴いて飯を食わせろと言うのだろう」
「またまた、可愛いくせに~」
「……いつ行くんだよ」
「今日か明日?」
「来週の訓練、ちゃんと行け。いいな?」
「い……行きます」
「じゃ予約入れとけ」
「あざーっす!」
アレンさんが小声で「ね? 猛獣使いでしょう?」と言った。
テオに手伝ってもらいながら宝箱を見つけたディーンが「あったぁーー!」と声を上げると、猛獣が飛んでいって二人をめちゃめちゃに褒めちぎった。
陽気で優しい猛獣と、もっと優しい猛獣使いだった。
86
お気に入りに追加
455
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
勘違いは程々に
蜜迦
恋愛
年に一度開催される、王国主催の馬上槍試合(トーナメント)。
大歓声の中、円形闘技場の中央で勝者の証であるトロフィーを受け取ったのは、精鋭揃いで名高い第一騎士団で副団長を務めるリアム・エズモンド。
トーナメントの優勝者は、褒美としてどんな願いもひとつだけ叶えてもらうことができる。
観客は皆、彼が今日かねてから恋仲にあった第二王女との結婚の許しを得るため、その権利を使うのではないかと噂していた。
歓声の中見つめ合うふたりに安堵のため息を漏らしたのは、リアムの婚約者フィオナだった。
(これでやっと、彼を解放してあげられる……)
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる