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第十四章 少年
第314話:ジャン・ジャカジャン
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「首と胴を繋げたままにしておきたいのなら、口の利き方に気をつけろ。俺は妻ほど慈悲深くない」
ヴィルさんが睨みつけると、店主は「ヒッ」と喉を鳴らした。
この店主、臆病なのに頭の中が反体制なのでややこしい。本人もさぞかし生きづらいだろう。
一般人に扮した第一騎士団員が店主の周りをぐるりと取り囲み、命令を待っている状態だ。
ヴィルさんの腕にそっと触れると、彼は何か言いかけた言葉を飲み込み、こちらを振り返った。
「先程の罪に加えて、この方をわたくしに対する不敬罪で捕らえてください」
「証人はどうする?」
「この少年と、護衛の皆にお願いしようと思います」
「分かった。よくぞ言ってくれた」と、ヴィルさんは満足そうに頷いた。
暴行未遂だけでは短期間で再び野に放つことになるけれども、不敬罪も追加しておけば刑期が延びる。
この人の場合、長期に渡って刑務作業ばかりをやらせても意味がなさそうなので、きっと陛下が何かしらの方法で矯正してから社会に戻すだろう。
ヴィルさんが部下に指示を出そうとしたとき「私も証言できます!」という声が聞こえた。
振り返ると、ジャン・ジャカジャンさんが立っていた。
不敬罪の親告には「身内」と認識されない証人が少なくとも二名必要になる。
わたしの場合、護衛の団員だと身内に近いので、今日初めて会った彼に証言してもらうほうが良いかも知れない。
「ご親切にありがとうございます。助かります」
こちらが軽く頭を下げると、彼は帽子を取り、それを胸に当てて一礼した。
調子はいいけれど、人としての礼節がきちんとある人だった。
「未成年への暴行未遂と不敬罪だ。この者を捕らえよ!」
「はっ!」
「ヒィィィ……っ! もっ、お、ももしわけござ……」
「謝る相手が違う。どこで何を間違えたのか、牢の中でゆっくり考えろ」
店主は逃げ出そうとしたものの、それが叶うわけもなく、いとも簡単に捕縛された。
わたし達が小芝居をやっている間にアレンさんの指示ですっかり根回しが済んでいたようだ。護送用の荷車も手配されていたし、制服姿の第一騎士団員も乗り込んできていた。
一瞬ワーッと騒ぎになったものの、騒いでいたのは店主一人。団員はササッと護送車に店主を押し込み、とっとと運んでいった。
周りにいた人々からパラパラと拍手が上がり、ギター弾きが再び牧歌的な曲を奏で始めると、広場は元通りの状態になった。
ヴィルさんは目深に帽子をかぶり直し、騒ぎを聞きつけて飛んできた広場の管理事務所の人に経緯を伝えて店舗の撤去を依頼した。
「ねね、あの人って、なに?」と、少年が小声で言った。
「わたしの婚約者よ」と答えた。
「こっちのメガネの人は?」
「彼のお友達。とっても仲良しなの」
「あの人たちは?」
「彼の部下よ」
「なんかスゲー……」
少年は不思議な色の瞳をキラキラさせていた。
この国の男の子にとって、騎士様はヒーロー戦隊のようなものだ。変装していなかったらもっと格好良かったのに。それが少し残念だった。
少し離れた場所でジャン・ジャカジャンから連絡先を聞いていたヴィルさんが「えっ! 君が?」と驚いている。知り合いだったのだろうか。
「おいおい、大変だよ」と、ヴィルさんは少し興奮した様子でこちらへ戻ってきた。
「お知り合い?」
「いいや。彼、有名な歌手だった」
「あらまあ、やっぱり歌が本業なのですねぇ?」
「俺も初めて本人を見たよ。さっきの楽器は練習中らしい。いずれリサイタルで弾き語りをやりたいそうだ」
「なんていう方なのですか?」
「なんと、ジャン・ジェイク・グロジャンだ!」
「えっ……ジャン・ジャカジャン?」
アレンさんがブッと噴き出した。
「違う。ジャン・ジェイク・グロジャンだ」
「お、おおむね一緒な気が……」
当たらずといえども遠からず。
たまに自分のネーミングセンスが怖くなる。
「ジャン・ジェイクが名で、グロジャンが家名。彼も貴族だ。だからリアがお忍びで来ていることにも気づいていた」
「まあ。そうだったのですねぇ」
有名なシンガーと思わぬご縁ができてしまった。
大人気らしいので、今度コンサートにも行ってみようかしら(るんっ♪)
皆で馬車に乗り、別の広場でやっている青空市場へ向かう。
乗り込む前、アレンさんから浄化魔法をかけられた少年は、シャツが白くなったことに驚いて「うおーーっ?!」と声を上げた。
ヴィルさんがクスクス笑いながら「いい反応」と言った。
「わたしはリア。こちらはヴィルさんとアレンさん。お名前は?」
「テオ」
「テオ君、よろしくね」
「あのさ……」
「どうしたの?」
「……さっき、ありがとう」
「気にしないで。今から行くパン屋さんは、いい人達だから安心してね」
「うん」
テオは今まで馬車に乗ったことがないのかも知れない。
車内を物珍しげにキョロキョロと見回していた。
彼が目を離している隙に、怪我をしていた足の指に治癒魔法をかけた。
「ほら、あの広場よ。近かったでしょう? さっきのところから歩いても十分かからないの」
窓の外を指差すと、彼は窓にへばりついた。
「おわっ、スッゲー混んでる!」
「人気あるでしょう?」
「さっきのよりスゲー」
「着いたら、まずは甘くて美味しいジュースを飲みましょうね」
彼は窓に両手をついたまま、「えっ?」と、こちらを振り返った。
目を輝かせ、期待でいっぱいの顔をしていた。
ヴィルさんが睨みつけると、店主は「ヒッ」と喉を鳴らした。
この店主、臆病なのに頭の中が反体制なのでややこしい。本人もさぞかし生きづらいだろう。
一般人に扮した第一騎士団員が店主の周りをぐるりと取り囲み、命令を待っている状態だ。
ヴィルさんの腕にそっと触れると、彼は何か言いかけた言葉を飲み込み、こちらを振り返った。
「先程の罪に加えて、この方をわたくしに対する不敬罪で捕らえてください」
「証人はどうする?」
「この少年と、護衛の皆にお願いしようと思います」
「分かった。よくぞ言ってくれた」と、ヴィルさんは満足そうに頷いた。
暴行未遂だけでは短期間で再び野に放つことになるけれども、不敬罪も追加しておけば刑期が延びる。
この人の場合、長期に渡って刑務作業ばかりをやらせても意味がなさそうなので、きっと陛下が何かしらの方法で矯正してから社会に戻すだろう。
ヴィルさんが部下に指示を出そうとしたとき「私も証言できます!」という声が聞こえた。
振り返ると、ジャン・ジャカジャンさんが立っていた。
不敬罪の親告には「身内」と認識されない証人が少なくとも二名必要になる。
わたしの場合、護衛の団員だと身内に近いので、今日初めて会った彼に証言してもらうほうが良いかも知れない。
「ご親切にありがとうございます。助かります」
こちらが軽く頭を下げると、彼は帽子を取り、それを胸に当てて一礼した。
調子はいいけれど、人としての礼節がきちんとある人だった。
「未成年への暴行未遂と不敬罪だ。この者を捕らえよ!」
「はっ!」
「ヒィィィ……っ! もっ、お、ももしわけござ……」
「謝る相手が違う。どこで何を間違えたのか、牢の中でゆっくり考えろ」
店主は逃げ出そうとしたものの、それが叶うわけもなく、いとも簡単に捕縛された。
わたし達が小芝居をやっている間にアレンさんの指示ですっかり根回しが済んでいたようだ。護送用の荷車も手配されていたし、制服姿の第一騎士団員も乗り込んできていた。
一瞬ワーッと騒ぎになったものの、騒いでいたのは店主一人。団員はササッと護送車に店主を押し込み、とっとと運んでいった。
周りにいた人々からパラパラと拍手が上がり、ギター弾きが再び牧歌的な曲を奏で始めると、広場は元通りの状態になった。
ヴィルさんは目深に帽子をかぶり直し、騒ぎを聞きつけて飛んできた広場の管理事務所の人に経緯を伝えて店舗の撤去を依頼した。
「ねね、あの人って、なに?」と、少年が小声で言った。
「わたしの婚約者よ」と答えた。
「こっちのメガネの人は?」
「彼のお友達。とっても仲良しなの」
「あの人たちは?」
「彼の部下よ」
「なんかスゲー……」
少年は不思議な色の瞳をキラキラさせていた。
この国の男の子にとって、騎士様はヒーロー戦隊のようなものだ。変装していなかったらもっと格好良かったのに。それが少し残念だった。
少し離れた場所でジャン・ジャカジャンから連絡先を聞いていたヴィルさんが「えっ! 君が?」と驚いている。知り合いだったのだろうか。
「おいおい、大変だよ」と、ヴィルさんは少し興奮した様子でこちらへ戻ってきた。
「お知り合い?」
「いいや。彼、有名な歌手だった」
「あらまあ、やっぱり歌が本業なのですねぇ?」
「俺も初めて本人を見たよ。さっきの楽器は練習中らしい。いずれリサイタルで弾き語りをやりたいそうだ」
「なんていう方なのですか?」
「なんと、ジャン・ジェイク・グロジャンだ!」
「えっ……ジャン・ジャカジャン?」
アレンさんがブッと噴き出した。
「違う。ジャン・ジェイク・グロジャンだ」
「お、おおむね一緒な気が……」
当たらずといえども遠からず。
たまに自分のネーミングセンスが怖くなる。
「ジャン・ジェイクが名で、グロジャンが家名。彼も貴族だ。だからリアがお忍びで来ていることにも気づいていた」
「まあ。そうだったのですねぇ」
有名なシンガーと思わぬご縁ができてしまった。
大人気らしいので、今度コンサートにも行ってみようかしら(るんっ♪)
皆で馬車に乗り、別の広場でやっている青空市場へ向かう。
乗り込む前、アレンさんから浄化魔法をかけられた少年は、シャツが白くなったことに驚いて「うおーーっ?!」と声を上げた。
ヴィルさんがクスクス笑いながら「いい反応」と言った。
「わたしはリア。こちらはヴィルさんとアレンさん。お名前は?」
「テオ」
「テオ君、よろしくね」
「あのさ……」
「どうしたの?」
「……さっき、ありがとう」
「気にしないで。今から行くパン屋さんは、いい人達だから安心してね」
「うん」
テオは今まで馬車に乗ったことがないのかも知れない。
車内を物珍しげにキョロキョロと見回していた。
彼が目を離している隙に、怪我をしていた足の指に治癒魔法をかけた。
「ほら、あの広場よ。近かったでしょう? さっきのところから歩いても十分かからないの」
窓の外を指差すと、彼は窓にへばりついた。
「おわっ、スッゲー混んでる!」
「人気あるでしょう?」
「さっきのよりスゲー」
「着いたら、まずは甘くて美味しいジュースを飲みましょうね」
彼は窓に両手をついたまま、「えっ?」と、こちらを振り返った。
目を輝かせ、期待でいっぱいの顔をしていた。
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