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第十四章 少年
第307話:グレフル問題
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「早急に手を打とうとしたのですが我々の力だけではどうにもならず、領主様のお力添えを頂けませんでしょうか」
市長さんの使いでやって来た市役所の人は恐縮した様子で言った。
なんでも市内で『グレープフルーツ』が枯渇状態なのだとか。
「と言いますのも、実はベストラの宿で……」
お役人さんが言い終わらないうちに「ああ、新しいカクテルを出したのだろう?」と、ヴィルさんは言った。
「ご存知なのですか?!」
「そんな予感がしていた。苦労を掛けて申し訳ない。犯人は私の妻だ」
ヴィルさんは笑いながら言った。
「とんでもございません! お陰様で新しい名物ができたと地元の商人達は喜んでおります。ただ、いかんせん材料が不足しており、数量限定とせざるを得ないのが現状のようです。青果商人も頑張ってくれているので我々も力になりたいのですが、なにぶん問題が多く……」
めそめそめそ……
お役人様、申し訳ございません。
まさかこんなことになるなんて。
現地では市長さんが躍起になってグレフル問題に取り組んでいるらしいけれども、続々とトラブルが起き、その対応でてんてこ舞いしているようだ。
ダニエルさんの手紙によれば、足元を見た業者が倍以上の高値で売りつけに来るわ、正規価格で売ろうとしていた真面目な青果商が盗難に遭うわ、転売ヤーは現れるわ……次々とグレフル絡みの事件が起きているとのことだった。
役場だけで解決するのは難しいとのことで、ヴィルさんは夜な夜なあちこちに手紙を書き、ポルト・デリングへグレープフルーツを卸せる業者を探し始めた。
ところがそれも結果が振るわず、彼の目の下には睡眠不足によりクマさんが住み着いている。
「港があるから、輸入をしてもいいのらがぁ……あ~ぁ」
くあ~~っ……と、あくびをすると、ヴィルさんは目をこすった。
彼は朝食後のお茶を濃い目の珈琲に替えて飲んでいたけれど、そんなものでは効かなそうだ。
てろんと落ちてきた前髪を直してあげると、彼はわたしに抱き着いて「ンゴーッ」と鼻を鳴らしてイビキをかいているフリをした。
おお、よしよし……可哀想に、ヴィル太郎。
「観光客が多いから、できれば国内産のほうが良いのでしょう?」
「そう。リアは本当に良く分かるな」
「でも、変ですよねぇ。王都の青果市場にはたくさんあるのに、どうしてそんなに足りないのでしょうね?」
「何が?」
「ん? 国内産のグレープフルーツが。めちゃめちゃに叩き売られていましたもの」
「なにっ? ちょっと待て。……そうなのか?」
ダラダラしていた彼はシャンと背すじを伸ばした。
わたしが青果市場へ行ったのは四日ほど前のことで、いくつかの柑橘系フルーツが箱単位で叩き売られていたのを見たばかりだった。
酸っぱいものほど数が余っていると見えて、一番ひどかったのはレモン。グレープフルーツもそれと良い勝負だった。
市場は業者さんだけでなく一般のお客さんも来ているので「そんなにたくさん要らないから、半分の量で半分の値段にしてくれよ!」と苦情を言われていて少し気の毒だった。
王都がこの状態なのに、わずか一日や二日で行けるポルト・デリングで「手に入らない」というのは少し不自然だと思う。
「俺がやり取りしている業者の話と全然違うぞ!」
「なんて言っていたのですか?」
「収穫量が少ないから『増やせない』と」
「産地が違うのでしょうか。それか足元を見て値を吊り上げようとしているのでは? いずれにせよ王都は供給過多ですねぇ」
「兼業領主の俺なら騙せると思われたのか」
「お金のあるところから取ろうと思うのは商人の常ですもの」
「くそう、あいつら馬鹿にしやがって……」
「王都の余剰分を最初からポルト・デリングへ卸してもらえば、みんな幸せになりそうですけれどねぇ」
卸業者と青果市場だって、叩き売り地獄から脱却して効率良く利益を出したいはずだ。
総利益額が大して変わらないとしても、在庫管理の手間を削減できるのは大きい。
ポルト・デリングの輸送会社にお願いすれば運んで頂けるだろうし、仕事が増えて喜ぶはず。
輸送会社とベストラの宿が儲かれば、ヴィルさんの税収が上がる。
「風が吹くと桶屋が儲かる」ではないけれども、王都からグレフルが減れば夫が儲かるのだ。
「王都の市場にどこの業者が納めているのか調べてみる」
「あ、市場で積み上がっている箱に、産地と業者名が書いてありますよ?」
「おお! それを見ればすぐ分かるのか」
「お買い物ついでに見に行ってきましょうか」
「もう問い合わせの手紙を書くのも疲れた。俺も足を使おう」
ヴィルさんの手を見ると、ペンだこが赤くなっていた。
「よし、皆、着替えるぞ!」
彼の号令で一斉に皆でお着替え(変装)に取り掛かり、約一時間半後、わたし達は玄関ホールに集結していた。
「またリアのおかげで俺が金持ちになってしまうな」と、ヴィルさんが鏡の前でタイを直しながら笑った。
アレンさんはハットをかぶりながら「それもこれも、すべては私が酔っぱらったおかげですね」と、いたずらっぽく口角を上げる。
「君たち二人にはしっかりと還元させてもらうよ」
「リア様、欲しいものを一覧に書き出しましょう」
「あ……」
欲しいものと言われてふと思い出した。
市長さんの使いでやって来た市役所の人は恐縮した様子で言った。
なんでも市内で『グレープフルーツ』が枯渇状態なのだとか。
「と言いますのも、実はベストラの宿で……」
お役人さんが言い終わらないうちに「ああ、新しいカクテルを出したのだろう?」と、ヴィルさんは言った。
「ご存知なのですか?!」
「そんな予感がしていた。苦労を掛けて申し訳ない。犯人は私の妻だ」
ヴィルさんは笑いながら言った。
「とんでもございません! お陰様で新しい名物ができたと地元の商人達は喜んでおります。ただ、いかんせん材料が不足しており、数量限定とせざるを得ないのが現状のようです。青果商人も頑張ってくれているので我々も力になりたいのですが、なにぶん問題が多く……」
めそめそめそ……
お役人様、申し訳ございません。
まさかこんなことになるなんて。
現地では市長さんが躍起になってグレフル問題に取り組んでいるらしいけれども、続々とトラブルが起き、その対応でてんてこ舞いしているようだ。
ダニエルさんの手紙によれば、足元を見た業者が倍以上の高値で売りつけに来るわ、正規価格で売ろうとしていた真面目な青果商が盗難に遭うわ、転売ヤーは現れるわ……次々とグレフル絡みの事件が起きているとのことだった。
役場だけで解決するのは難しいとのことで、ヴィルさんは夜な夜なあちこちに手紙を書き、ポルト・デリングへグレープフルーツを卸せる業者を探し始めた。
ところがそれも結果が振るわず、彼の目の下には睡眠不足によりクマさんが住み着いている。
「港があるから、輸入をしてもいいのらがぁ……あ~ぁ」
くあ~~っ……と、あくびをすると、ヴィルさんは目をこすった。
彼は朝食後のお茶を濃い目の珈琲に替えて飲んでいたけれど、そんなものでは効かなそうだ。
てろんと落ちてきた前髪を直してあげると、彼はわたしに抱き着いて「ンゴーッ」と鼻を鳴らしてイビキをかいているフリをした。
おお、よしよし……可哀想に、ヴィル太郎。
「観光客が多いから、できれば国内産のほうが良いのでしょう?」
「そう。リアは本当に良く分かるな」
「でも、変ですよねぇ。王都の青果市場にはたくさんあるのに、どうしてそんなに足りないのでしょうね?」
「何が?」
「ん? 国内産のグレープフルーツが。めちゃめちゃに叩き売られていましたもの」
「なにっ? ちょっと待て。……そうなのか?」
ダラダラしていた彼はシャンと背すじを伸ばした。
わたしが青果市場へ行ったのは四日ほど前のことで、いくつかの柑橘系フルーツが箱単位で叩き売られていたのを見たばかりだった。
酸っぱいものほど数が余っていると見えて、一番ひどかったのはレモン。グレープフルーツもそれと良い勝負だった。
市場は業者さんだけでなく一般のお客さんも来ているので「そんなにたくさん要らないから、半分の量で半分の値段にしてくれよ!」と苦情を言われていて少し気の毒だった。
王都がこの状態なのに、わずか一日や二日で行けるポルト・デリングで「手に入らない」というのは少し不自然だと思う。
「俺がやり取りしている業者の話と全然違うぞ!」
「なんて言っていたのですか?」
「収穫量が少ないから『増やせない』と」
「産地が違うのでしょうか。それか足元を見て値を吊り上げようとしているのでは? いずれにせよ王都は供給過多ですねぇ」
「兼業領主の俺なら騙せると思われたのか」
「お金のあるところから取ろうと思うのは商人の常ですもの」
「くそう、あいつら馬鹿にしやがって……」
「王都の余剰分を最初からポルト・デリングへ卸してもらえば、みんな幸せになりそうですけれどねぇ」
卸業者と青果市場だって、叩き売り地獄から脱却して効率良く利益を出したいはずだ。
総利益額が大して変わらないとしても、在庫管理の手間を削減できるのは大きい。
ポルト・デリングの輸送会社にお願いすれば運んで頂けるだろうし、仕事が増えて喜ぶはず。
輸送会社とベストラの宿が儲かれば、ヴィルさんの税収が上がる。
「風が吹くと桶屋が儲かる」ではないけれども、王都からグレフルが減れば夫が儲かるのだ。
「王都の市場にどこの業者が納めているのか調べてみる」
「あ、市場で積み上がっている箱に、産地と業者名が書いてありますよ?」
「おお! それを見ればすぐ分かるのか」
「お買い物ついでに見に行ってきましょうか」
「もう問い合わせの手紙を書くのも疲れた。俺も足を使おう」
ヴィルさんの手を見ると、ペンだこが赤くなっていた。
「よし、皆、着替えるぞ!」
彼の号令で一斉に皆でお着替え(変装)に取り掛かり、約一時間半後、わたし達は玄関ホールに集結していた。
「またリアのおかげで俺が金持ちになってしまうな」と、ヴィルさんが鏡の前でタイを直しながら笑った。
アレンさんはハットをかぶりながら「それもこれも、すべては私が酔っぱらったおかげですね」と、いたずらっぽく口角を上げる。
「君たち二人にはしっかりと還元させてもらうよ」
「リア様、欲しいものを一覧に書き出しましょう」
「あ……」
欲しいものと言われてふと思い出した。
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