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第十四章 少年

第304話:神格化

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 ど……どうしましょう。
 なんてお返事するべき?
 救いってなに?
 そういうのは預言者と呼ばれる人たちのお役目じゃないの?
 わたしは神様と面識もなければ何の悟りも開いていない煩悩まみれ(主に食欲)の庶民なのですが??

「騎士は名誉にのみ価値を見い出す職業。そのせいか、信心深い者が多いのです」

 カチャリ……と、ヴィルさんのお気に入りのグラスに入った氷が小さく音を立てた。

「クリスの言うとおり、騎士は信心深い。不自然な在り方を美徳とするよう教育されてきたせいだろう」

 彼は指でくるりと氷を回して軽く混ぜると、静かにソーダ割りを飲んだ。

「本来、生きとし生けるものは己の欲と生に執着する。執着が強いほど失くしたくないし、もっと手に入れたいと願う」
「そうですねぇ」
「それにも関わらず、俺達は自分以外のために体を張り、場合によっては命を差し出すことを生業としている。願わくは自分の死が有意義なものであるように。一日でも長く幸福でいられるように……」

 「俺も例の面倒くさい宗派問題がなければ、休みの日に聖堂へ行って祈るかも知れない」と、ヴィルさんは言った。

 それは分かるような気がする。
 わたしにも色々と執着はあった。
 命以外のすべてがなくなったので、思い出さないようにしているけれども。

「神薙との繋がりを探し回っても、異世界から来たリアとの接点は簡単には見つからない。少しでも自分を知ってもらおうと、彼らはリアに群がってしまう」

 「俺達の父親の時代なら考えられない発想だけどな」と、くまんつ様はため息をついた。

 いつぞや騎士団宿舎で全然知らない騎士さんがどわーっと群がってきた理由が分かり、複雑な気分だった。

「リアとお近づきになるのに最も手っ取り早い方法は第一騎士団に入ることだ」

 ヴィルさんがグラスを置くと、グラスを伝って黒地に金の縁飾りが付いたお洒落なコースターに水滴が落ちた。

「噂が噂を呼んで入団希望者が増えた。人数が増えて新人の選考をやっていた副団長三人が悲鳴を上げた。一方で転属希望者たちに志望動機を聞けば、神薙の近くに行きたかったと恥ずかしげもなく答える有り様……」

 「そんな奴は使えないから要りません」と、アレンさんがわたしの頭をなでなでしながら呟いた。

 先代を守っていた時代の第一騎士団はブラック企業のようなものだったので、入団を志す人は名誉が欲しくて来る人だけだった。それがわたしに代わって以来、事情が変わったようだ。

「第一騎士団はあらゆる入団選考の方法を変更した。騎士科を出ていようと何だろうと、新人の採用はしばらく見合わせる。入り口をほかの騎士団からの転属のみに絞ることで、近衛と同様に二次職とした。しかも『真実の宝珠』を使って動機が不純な輩はすべて弾く。一度弾いた者は向こう二年間受け付けない」

 厳しいですねぇ……。

 「そこで弾かれた連中が騒ぎの発端じゃないのか?」と彼が言うと、くまんつ様は申し訳なさそうな顔で頷いた。

「彼らが第一騎士団に転属できないのは実力不足が原因だ。ヴィルが選考方法を変えたせいではない」
「実力のない者ほど大きな声で文句を言う。しかし、声がでかいから感化される奴が出てくる」

 魔導師団を捕らえた件が変に成功体験のようになっていて、神薙が絡むと良くも悪くも団結するのだとくまんつ様は言った。

「魔導師団を捕らえたのは幹部とごく一部の団員で、その騒いでいる連中は別なのだろう?」
「ご名答」

 むむぅ……困りましたねぇ。

「あのぅ、あまり神格化されては困ります。皆さんの意識改革はできないのでしょうか。わたし、普通すぎるほど普通ですし。それとも、もう公の場に出ないようにしたほうが良いのでしょうか」

 マリンのお兄様だからお葬式に参列させて頂こうと思っただけだし、それがたまたま国葬だっただけで……。

「リアは自分が思っているほど普通ではないぞ? だから極端に隠し過ぎると神秘性が増して狂信的な輩を生むことになってしまう。危険度を高めないためにも『時々見かける人』程度にしておいたほうが良いと思う」

「そ、そうなのですね……」
「付加価値をつければいい」
「どういう??」
「出世すれば会えるとか、共通の趣味があれば会える、同性なら会えるとか。王宮主催の茶会に出ているのは非常に良いと思う」
「なるほどぉ」

「緩めるところと締めるところを作るのが大事だ。クリスの部下も、リアに会えはしなくとも間接的に手伝うような仕事を与えれば満足する。……というのが、クリスの考えた苦肉の策だ。そういうことだろう?」

 くまんつ様は頷いて「すべてお見通しで助かる。申し訳ない」と言った。

「単に知り合いになりたいだけでしたら、わたし、結構な頻度で街中に出没しているので、見かけた際に声を掛けて頂くという手もありますが……」

 食材や調味料を買い込んだり、視察を兼ねて街中の飲食店でランチをしたり、お弁当と水筒を持って広場で本を読んだりもしている。
 もちろん変装はしているし、お隣にアレンさんがいて、その周りには一般人に扮した護衛も大勢いるけれども、会おうと思えば意外とどこでも会える神薙様だ。

 ヴィルさんは少し拗ねたような顔をした。

「変装した神薙と側仕えの騎士が、広場でサンドウィッチを食べているとは誰も思わないよ。しかも、俺が仕事でいない日に限って」
「はぅ、すみません……」

 ヴィルさんは変装してもバレてしまう確率が高いので、街歩きにはステルス効果つき(?)のアレンさんが適任なのだ。

「街に出ていることは秘密にしておいたほうがいい。クリスの言うとおり、何か人手を必要とする仕事をやってもらおう」

 「雑用でも何でも喜んでやらせて頂きます」と、くまんつ様は言った。
 ただ、これだけ周りにお手伝いしてくれる人が大勢いて、雑用と言われてもすぐには見つからない。
 何か新しい用を作るなどして気合いでひねり出さなくては。
 とりあえず今日のところは「思いついたらご相談します」と言うに留めて宿題にさせて頂いた。

 それよりも……
 ずーっとわたしの髪と顔を触りまくっているお隣の人はどうしたら良いのだろう。
 見た感じは全然変わらないし、いつもどおり普通に会話をしている。
 しかし、どうやらこの方は酔っぱらっているようだ。
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