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第十四章 少年
第303話:相談事
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ヴィルさんがポルト・デリングで別行動をしている間に見つけたという複数の呪符は、護符に見せかけた悪質なものだった。
わたし達が訪れる前日まで海が荒れていたり、医療崩壊気味だったりしたのは、それらのせいだと言われている。
ヴィルさんは郵便を追跡するなどして調べていたものの、依然として犯人は分からないままだった。
「新しい呪符が届いたとしても、もうポルト・デリングは神薙の加護で守られている」と、彼はゆったりとした口調で言った。
お義父様の護符を作り終えた後、ヴィルさんからの依頼でポルト・デリング用の護符も作っていた。
さすがに市内全域に防呪結界を張るのはムリなので、てるてる坊主的発想で晴天祈願と健康祈願、それから航海安全の護符を用意した。
それは市庁舎へ届けられた後、地元の有力天人族の見守る中で市長さんが発動させ、そのまま市長室の金庫に保管されている。
対症療法的ではあるけれども、犯人が捕まるまでの間はこのやり方で対処することになりそうだ。
急に頼まれるかも知れないので、同じ護符を何枚か予備として書き、陛下に渡しておいた。
くまんつ様は「何の痕跡もないのは厄介だな」と呟くと、しばらく俯いて何か考えていた。
「リア様、色々とお忙しいとは思いますが、何か……護符のことでも何でも……その、雑用など人手が欲しい作業はありませんか?」
くまんつ様が唐突に言った。
わたしが戸惑っていると、代わりにヴィルさんが「どうした?」と聞いてくれた。
「いや、実は……」
「深刻な話か?」
「最近、部下からの突き上げが強くなって幹部連中が参っている」
「結束が固い第三では珍しいな。何を突き上げられている?」
「それがなぁ」
「なんだよ」
「神薙様に関わる仕事はないのかと騒いでいるようだ」
「は? そもそも神薙の仕事は第一騎士団にしかないはずだが?」
「仰るとおり。あいつらの言っていることがおかしい」
「団長だけ会っていてズルイとか、そういうやつか? この間、にっこりゴリラもブツブツ言っていたが」
「それに近いことは思っているだろうな」
にっこりゴリラ?
一瞬、頭が混乱したけれども、話の腰を折らないようスルーした。
前にお会いしたバッキバキの副団長さんかしら?
「俺も合同訓練のとき、宿舎にリアを運んでいてヤバいとは思った。あの群がり方がさ……」
「騒ぎが大きくなってきている」
「それはまずいな」
「非常にまずい」
「あまり長期間放置しておくと関係ない連中の士気にも影響が出るだろう?」
「騒いでいる奴の人数が多くて、黙らせるために除名をするわけにもいかない」
「何かやらせるのが一番早いか」
「何でもいい。どんなにくだらないことでもいい」
ヴィルさんは腕組みをして唸った。
「当初、外の警備を第三に任せる案もあったが……」
「物理的な襲撃なら守れるが、いかんせんウチは魔力が足りない」
「そこなんだよなぁ」
「中に第一騎士団がいると分かっていて肉弾戦を仕掛ける物好きはいない。外の警備も魔法の撃ち合いで制圧できることが大前提だ。団長の俺が言うのも情けない話だが、今の第三騎士団に神薙の周辺警備は無理だ」
「部下にもクリスと同じくらい知恵があると良いのだがな」
「俺の教育が足りなかったのだと思う」
「そうかな?」
「団員を筋肉バカにしないよう気をつけていたつもりだったが……」
「クリスは最善を尽くしている。こちらが入団選考の方法を変えたせいで起きている問題だろう?」
ヴィルさんがチラリとわたしを見て「まだリアには話していなかった」と言うので、わたしは首をかしげた。
「前に、ソレント子爵令嬢の兄の国葬に出ただろう?」
「マリンの? ええ、出ました」
「あれ以来、第一騎士団への転属希望者と入団希望者が激増して、色々と規則を変更した」
いまいち要領を得なくて「はあ……」と中途半端な返事をすると、わたしの髪を触っていたアレンさんが口を開いた。
「第一騎士団の狭き門がさらに狭くなり、入団しにくくなりました」
「まあ……そうなのですねぇ」
アレンさんは密着して髪を触っている以外はごくフツウだ。
「わたしが国葬に参列したことと入団希望者が増えたことに、どう関係があるのですか?」
素朴な質問に答えてくれたのはくまんつ様だった。
「それには少々、説明が必要です」と、彼は言う。
「回りくどくなってしまいますが、初めから話すとこういうことです。まず、騎士というのは戦死者の葬儀に出ると『この棺の中は自分だったかも知れない』と考える傾向が強い……」
あの国葬の参列者は遺族や婚約者だったご令嬢の心痛を目の当たりにした。騎士でなくとも色々考えたと思う。
なぜ戦があるのか、なぜ犠牲になったのが彼らだったのか、なぜ防衛のみで反撃をしないのか……そこにいた人の数だけ「なぜ」があったはず。
「葬儀に神薙が現れ、涙を流して雨が降った。虹も出ました」
「そう、でしたね。あの時は我慢ができなくて」
「実は、その様子が『聖女』にまつわる伝承、お伽話と同じなのです」
……はい?
わたしの口角が再びヒクついた。
「聖女が涙を流した後に虹が出る。死者がその虹を渡って新しい世界へ旅立つという伝承があり、そういった場面を含む絵本や小説などが多くあります」
「そ、そうなのですか」
「ご存知のとおり、ここは聖女のいない大陸です」
「ハイ……」
「そこにいたのが神薙だったとはいえ、現実に目の前でそれが起きました」
「いや、それはですね……」
「あれ以来、貴女に心酔して救いを求めている騎士がうじゃうじゃいます」
「す、救い?」
「大変申し訳ないことに、それよりも前から第三騎士団には神薙に心酔している者が多く、あの件で火に油を注いでしまいました」
なはぁッ……ッ?!
な、なんてリアクションに困る話なのでしょう。
神薙は聖女の廉価版みたいなものだから、泣いたら雨が降るのは聖女様も同じなのだろう。
でも、あの状況で泣くなというほうが無理だし、泣いたら雨が降ってしまうのは仕方のないことだった。
わたし達が訪れる前日まで海が荒れていたり、医療崩壊気味だったりしたのは、それらのせいだと言われている。
ヴィルさんは郵便を追跡するなどして調べていたものの、依然として犯人は分からないままだった。
「新しい呪符が届いたとしても、もうポルト・デリングは神薙の加護で守られている」と、彼はゆったりとした口調で言った。
お義父様の護符を作り終えた後、ヴィルさんからの依頼でポルト・デリング用の護符も作っていた。
さすがに市内全域に防呪結界を張るのはムリなので、てるてる坊主的発想で晴天祈願と健康祈願、それから航海安全の護符を用意した。
それは市庁舎へ届けられた後、地元の有力天人族の見守る中で市長さんが発動させ、そのまま市長室の金庫に保管されている。
対症療法的ではあるけれども、犯人が捕まるまでの間はこのやり方で対処することになりそうだ。
急に頼まれるかも知れないので、同じ護符を何枚か予備として書き、陛下に渡しておいた。
くまんつ様は「何の痕跡もないのは厄介だな」と呟くと、しばらく俯いて何か考えていた。
「リア様、色々とお忙しいとは思いますが、何か……護符のことでも何でも……その、雑用など人手が欲しい作業はありませんか?」
くまんつ様が唐突に言った。
わたしが戸惑っていると、代わりにヴィルさんが「どうした?」と聞いてくれた。
「いや、実は……」
「深刻な話か?」
「最近、部下からの突き上げが強くなって幹部連中が参っている」
「結束が固い第三では珍しいな。何を突き上げられている?」
「それがなぁ」
「なんだよ」
「神薙様に関わる仕事はないのかと騒いでいるようだ」
「は? そもそも神薙の仕事は第一騎士団にしかないはずだが?」
「仰るとおり。あいつらの言っていることがおかしい」
「団長だけ会っていてズルイとか、そういうやつか? この間、にっこりゴリラもブツブツ言っていたが」
「それに近いことは思っているだろうな」
にっこりゴリラ?
一瞬、頭が混乱したけれども、話の腰を折らないようスルーした。
前にお会いしたバッキバキの副団長さんかしら?
「俺も合同訓練のとき、宿舎にリアを運んでいてヤバいとは思った。あの群がり方がさ……」
「騒ぎが大きくなってきている」
「それはまずいな」
「非常にまずい」
「あまり長期間放置しておくと関係ない連中の士気にも影響が出るだろう?」
「騒いでいる奴の人数が多くて、黙らせるために除名をするわけにもいかない」
「何かやらせるのが一番早いか」
「何でもいい。どんなにくだらないことでもいい」
ヴィルさんは腕組みをして唸った。
「当初、外の警備を第三に任せる案もあったが……」
「物理的な襲撃なら守れるが、いかんせんウチは魔力が足りない」
「そこなんだよなぁ」
「中に第一騎士団がいると分かっていて肉弾戦を仕掛ける物好きはいない。外の警備も魔法の撃ち合いで制圧できることが大前提だ。団長の俺が言うのも情けない話だが、今の第三騎士団に神薙の周辺警備は無理だ」
「部下にもクリスと同じくらい知恵があると良いのだがな」
「俺の教育が足りなかったのだと思う」
「そうかな?」
「団員を筋肉バカにしないよう気をつけていたつもりだったが……」
「クリスは最善を尽くしている。こちらが入団選考の方法を変えたせいで起きている問題だろう?」
ヴィルさんがチラリとわたしを見て「まだリアには話していなかった」と言うので、わたしは首をかしげた。
「前に、ソレント子爵令嬢の兄の国葬に出ただろう?」
「マリンの? ええ、出ました」
「あれ以来、第一騎士団への転属希望者と入団希望者が激増して、色々と規則を変更した」
いまいち要領を得なくて「はあ……」と中途半端な返事をすると、わたしの髪を触っていたアレンさんが口を開いた。
「第一騎士団の狭き門がさらに狭くなり、入団しにくくなりました」
「まあ……そうなのですねぇ」
アレンさんは密着して髪を触っている以外はごくフツウだ。
「わたしが国葬に参列したことと入団希望者が増えたことに、どう関係があるのですか?」
素朴な質問に答えてくれたのはくまんつ様だった。
「それには少々、説明が必要です」と、彼は言う。
「回りくどくなってしまいますが、初めから話すとこういうことです。まず、騎士というのは戦死者の葬儀に出ると『この棺の中は自分だったかも知れない』と考える傾向が強い……」
あの国葬の参列者は遺族や婚約者だったご令嬢の心痛を目の当たりにした。騎士でなくとも色々考えたと思う。
なぜ戦があるのか、なぜ犠牲になったのが彼らだったのか、なぜ防衛のみで反撃をしないのか……そこにいた人の数だけ「なぜ」があったはず。
「葬儀に神薙が現れ、涙を流して雨が降った。虹も出ました」
「そう、でしたね。あの時は我慢ができなくて」
「実は、その様子が『聖女』にまつわる伝承、お伽話と同じなのです」
……はい?
わたしの口角が再びヒクついた。
「聖女が涙を流した後に虹が出る。死者がその虹を渡って新しい世界へ旅立つという伝承があり、そういった場面を含む絵本や小説などが多くあります」
「そ、そうなのですか」
「ご存知のとおり、ここは聖女のいない大陸です」
「ハイ……」
「そこにいたのが神薙だったとはいえ、現実に目の前でそれが起きました」
「いや、それはですね……」
「あれ以来、貴女に心酔して救いを求めている騎士がうじゃうじゃいます」
「す、救い?」
「大変申し訳ないことに、それよりも前から第三騎士団には神薙に心酔している者が多く、あの件で火に油を注いでしまいました」
なはぁッ……ッ?!
な、なんてリアクションに困る話なのでしょう。
神薙は聖女の廉価版みたいなものだから、泣いたら雨が降るのは聖女様も同じなのだろう。
でも、あの状況で泣くなというほうが無理だし、泣いたら雨が降ってしまうのは仕方のないことだった。
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