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10-2 POV:リア

第212話:魔力操作

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 その日から魔法の特訓が始まった。

 日本で読んだ小説や漫画だと、精霊さんと契約をすることで魔法が使える設定の作品が多かった気がする。
 悪魔と契約すると悪い魔法が使えるようになって、代償として何か大事なものを差し出さないといけなかったりして。
 ……こうしてみると、あれはキリスト教の影響を多分に受けた設定だったのだなぁ、と思う。

 こちらはと言うと、かなり体育会系だ。
 いつものことだけれども、思っていたのと全然違うのである。
 やたらと泥臭い努力を要求してくるし「血と汗と涙の結晶」という言葉がしっくりくる。
 それがこの世界の魔法だ。

 魔法の仕組みはプログラムに似ていた。
 術式と言われる命令文を組んでおき、そこに魔力を流してやることでプログラムを実行させる。
 わたしはプログラマーではないけれども、自分の業務効率を上げる目的でVBAのソースコードを書いていたので知識はある。システム開発のプロジェクトも経験していて、得意か不得意かで言えば得意な部類だと思う。
 やたらとこの世界の言語に強いこともあり、術式に関してはサクッと理解できた。

 しかし、『魔力操作』は厄介だった。

 この世界で魔力を持つ人々は、おへその少し下あたりに魔力を貯めておく場所があり、そこに魔力をきちんと集めているそうだ。
 そして、必要なときに必要な場所へ流すようコントロールしているらしい。
 そのコントロールをする技術が「魔力操作」と呼ばれていた。
 皆さんは子どもの頃から訓練しているそうで、もう無意識でパッとできるそうだ。

 それに対して異世界からやって来た地平線のごとく果てしないド素人ことわたくしリア様……何もできません。
 魔力が体中に散らばっていて、しかも手などから漏れ出しており、ユミールさんいわく「膨大な魔力を持った赤ちゃん」状態なのだとか。
 わたしの手から出ている謎の救急箱パワーの正体は、魔力の『お漏らし』だそうだ……。
 お恥ずかしいです。泣いてもいいですか? ばぶー(泣)

 わたしが最初にやらなければならなかったのは、ユミールさんに導いてもらいながら散らばった魔力を在るべき場所へと納める作業だった。
 ユミールさんは自分の魔力でわたしの魔力が固まっている場所ツンツンとつついた。

「これ、分かりますか?」
「ああああ、なんか分からないけれど、誰にも触られたことのない場所で何かが何かを触っていますぅぅぅ」
「これを意識して、こっちへ動かします」
「こっち? こっちってどっちでしょうか?」
「こっちです、こっち」
「え、え、どうやって? そっちへ……ふんっ!」
「おなかに力を入れても動きません。ちょっと後ろから押してみますね」
「あああぁぁぁっ! 何かが動いてるぅぅ」
「これを自分で動かしてみましょう」
「くぬぬ……はうぅぅ……えええぇぇ? ど、どうやって……こう? こう? これは? あ!」
「ちょっと動きましたね」
「もう一回……あれ? こう? こう?」

 筋力でもなく精神力でもない。「魔力」としか言いようのないものを、「魔力操作」としか言いようのないやり方で、汗だくになりながら動かし続けること二時間以上。
 ようやく作業を終わらせたものの「ここがスタート地点です」と言われて、ショックでぶっ倒れそうになった。

 ユミールさんは度々不思議な測定器を取り出し、わたしに握らせて魔力の残量を測定すると細かく記録していった。
 
 魔力操作の特訓はダンスの練習よりもハードだ。
 汗だくになり、息を切らし、できなくてできなくて、悔しさで地団駄を踏みたくなった。
 今までの経験や知識など、自分の中にあるものが何ひとつ役に立たなかった。

 がっくり肩を落としていると、「努力して習得するか、ここでやめるか。まずは二択です」と、ユミールさんは言った。
 魔力量が多ければ多いほど、魔力操作の難易度が高くなる。
 だから天人族は幼いうちからお家で少しずつ訓練をするそうだ。

「リア様は王家の人々をもしのぐ量の魔力を持っています。これを操る技術を習得するのは並大抵のことではありません。大変な努力と気力体力が必要になります」
「では、わたしが今ちっとも上手くできないのは当然だということですか?」
「そうですね。最初から上手くはいかないと思います」
「それなら頑張ろうと思います。明らかに標準を下回っているのでなければ、まだ可能性があるかも」

 根性論なんて古臭い。
 何も起きていない場所でなら、いくらでもそう言って逃げられる。
 でも、目の前で苦しんでいるアレンさんを見てしまったわたしには、「自分の根性だけでなんとかなるなら儲けものだ」と思えた。当然、ここでギブアップなんてしない。

 普通にやっていたのではできるようにならないことが分かった。
 空いている時間のすべてを訓練に費やすことを決め、ユミールさんには宮殿に泊まって頂くことにした。
 必然的に割烹服姿も大公開してしまったし(ちょっと引いていた)ユミールさんにも感染予防をして頂くことになったけれども、気持ち良く引き受けてくれた。
 そして、丁寧に根気強くわたしを指導してくれた。


 冬なのに連日初夏のような陽気だった。
 休憩中に二人で外を眺めながら、「なんて分かりやすいのでしょう」と呟いた。
 どうやらわたしが熱血ド根性モードになると、気温が上昇するようだ。

 そういえば、ここに来たばかりの頃、周りが「例年より暖かい」「秋なのに暑い」と話していた。
 わたしが連日ワケの分からない異世界ルールやイケ仏様に振り回され、気合いと根性だけでどうにか踏ん張っていたからかも知れない。
 そんな話をしていると、彼は笑いながらメモを取っていた。

 夕方近くにもなると気力体力ともに限界が近くなり、ヘロヘロだった。
 しかし、今日できるようになれば、明日アレンさんが元気になるかも知れないと思うと、限界突破『燃える闘魂モード』に突入した。

 夕暮れ時、真っ赤な夕焼けが出ていた。
 「確かに分かりやすい。しかし、とても美しいですよ」と、ユミールさんが微笑んでいた。
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