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第十章 死の病 >2 緊急事態(POV:リア)
第211話:戦場に来客
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翌日──
アレンさんのことでバタバタしていると、執事長から突然来客を知らされた。
通常、先に使者のような連絡係がやって来て、会う約束を取り付けてから本人がやって来る。こうしていきなりアポなしで突撃してくることは珍しい。
「どなたですか?」
「ヨンセン卿です。お約束の日ではないのですが、急用とのことで」
「ユミールさんが? 何かあったのでしょうか。あ、でも……」
ちみっとスカートをつまんだ。
ヘルグリン病に勝つための戦闘服としてわたしが着ていたのは、飲食店の厨房や市場の屋台などで働く女性達が愛用している割烹服だった。
薄手のドレスの上からズボッとかぶってウエストの紐をぎゅっと絞れば着られるので便利なのだ。ただし、見た目が少しやぼったいのは否めない。
「この服ではさすがにマズイですね」
「ジェラーニ副団長がお知り合いだというので、応接へお通ししてお相手をして頂いております」
「では、その隙に急いで着替えてまいりますね。フリガさん、一番簡単に着られるドレスをお願いしますっ」
小走りで着替えに戻った。
支度を整えると再びマークさんと小走りでサロンへ向かう。
ペッタンコ靴を引っぱり出して履いていたので機動力は抜群だ。
アレンさんが元気になるまでは割烹服とペッタンコ靴の庶民スタイルが定着しそうな予感がしている。
わたしの姿を見るとユミールさんは立ち上がって一礼した。
極上のストレートヘアがさらりと揺れる。
「お待たせして申し訳ありません。ようこそお越し下さいました」
わたしも頭を下げて挨拶をした。
「こちらこそ急な訪問で恐縮です。ヴィルからの要請で参上致しました」
「え……?」
「リア様が魔法の教師をお探しだとお聞きしまして」
「ええ。それは、はい……そのとおりです」
ヴィルさんから「魔法を教えてやって欲しい」と頼まれたそうだ。あんなに反対していたのに、一体どういう風の吹き回しだろう。
それならそうと、最初から気持ちよく習わせてくれたら良かったのにっ。
大声を張り上げてまでダメだと言っていたのはなんだったの?
まさか、出入り禁止にされたのが嫌で、渋々頼んだとか??
むぅぅ~~~……
眉をひそめていると、ユミールさんはふっと微笑んだ。
「彼の名誉のためにお伝え致しますが、彼の口からは諸々ご説明しづらい事情がありました。今回の状況を鑑みますと、彼も辛かったのではないかと思います。どうかあまりお責めにならないでください」
ああ、またこれだ……。
フィデルさんとマークさんも、ヴィルさんに対してちょっぴり同情的な言葉を漏らしていた。
わたしだって彼と喧嘩をするのは本意ではないし、少しでも自分が悪いのなら謝りたい。
でも、頭ごなしにダメだと怒鳴られたので、反省のしようもないし謝りようもないのだ。というか、むしろ謝ってほしいくらいなのだけど……。
詳しく理由を聞こうとしても、皆示し合わせたかのようにモゴモゴと口を閉ざしてしまう。
結局、わたしだけが何も分かっていないままだ。
「ヴィルが魔法に反対していた理由をざっくりお話しすると、リア様の場合、やり方を間違えるとお命に関わる可能性があるからです」と、ユミールさんは言った。
この手の崖っぷちワードを聞かされるのは、この世界に来て何度目だろうか。
「結婚しないと殺されるかも知れない」から始まって、避難訓練のシナリオは怖いし、人質にされるし、「死の病」もそうだ。
今度は「魔法を使うと死ぬ」ですか。
「正確に言うと、魔力の使い過ぎは誰でも危険が伴います。私ども天人族も同様に、魔力を消費し過ぎて枯渇状態になれば死に至ります」
「そうなのですか?」
「はい。魔力が枯渇していても生命活動を続けられる天人族は、この宮殿の料理長ドニー・デレル氏だけでしょう」
「はいっ? うちの料理長ですか?」
「ご存知なかったですか。デレル家はこの大陸で唯一、魔力を持たない天人族の家系です。料理以外でも結構有名なのですよ」
「あ、ああ~、そういえば、そんな話を聞いたことがあるような……」
料理長は天人族のマイノリティーで、生まれつき魔力がないらしい。
だからといって彼は死んだりしない。
それはそれで稀有な体質だそうだ。
「天人族は魔力切れを回避する方法を知っています。しかし、リア様の場合、我々と同じ回避策では極めて効果が低いのです」
「そうなのですか……」
「今ここで詳細を語るには状況が切迫し過ぎています。ヴィルが話せなかったのは、これがとても繊細な問題だからです」
「繊細な問題?」
「彼が怒鳴ったことは大きな問題ですが、説明しようがなかったのでしょう。その辺りの細かいことは追々お話し致します」
「はい……」
なんだか分からないけれど、またヴィルさん一人に何かを背負わせている気がする。
何でも二人で分け合おうと話したつもりだったのに、また彼は一人で抱え込んでいるのだ。
「危ない状況に陥らぬよう、私が細心の注意を払ってご指導します。初めのうちは頻繁に魔力残量を測定するので、少々煩わしいかと思います。しかし、一日に使える魔法の回数を決めるには、細かな情報が必要不可欠です。安全第一で訓練を進めましょう」
うっかり間違えると死ぬ。
何も怖くないと言ったら嘘になる。
アレンさんはこまめに看病を続けていけば、ゆっくりと回復していける気がする。
でも、長く苦しまなくて済む方法があるのなら、一刻も早くそれを施してあげたい。それほど彼は苦しんでいた。
「ユミールさん、実はとても急いでおりまして、早々に上位浄化を使えるようになりたいのです」
「事情はお聞きしています。決して簡単なことではありません。しかし、最善を尽くす価値はあります」
「よろしくお願い致しますっ」
そばで聞いていたフィデルさんが、長い長い安堵の吐息をついた。
アレンさんのことでバタバタしていると、執事長から突然来客を知らされた。
通常、先に使者のような連絡係がやって来て、会う約束を取り付けてから本人がやって来る。こうしていきなりアポなしで突撃してくることは珍しい。
「どなたですか?」
「ヨンセン卿です。お約束の日ではないのですが、急用とのことで」
「ユミールさんが? 何かあったのでしょうか。あ、でも……」
ちみっとスカートをつまんだ。
ヘルグリン病に勝つための戦闘服としてわたしが着ていたのは、飲食店の厨房や市場の屋台などで働く女性達が愛用している割烹服だった。
薄手のドレスの上からズボッとかぶってウエストの紐をぎゅっと絞れば着られるので便利なのだ。ただし、見た目が少しやぼったいのは否めない。
「この服ではさすがにマズイですね」
「ジェラーニ副団長がお知り合いだというので、応接へお通ししてお相手をして頂いております」
「では、その隙に急いで着替えてまいりますね。フリガさん、一番簡単に着られるドレスをお願いしますっ」
小走りで着替えに戻った。
支度を整えると再びマークさんと小走りでサロンへ向かう。
ペッタンコ靴を引っぱり出して履いていたので機動力は抜群だ。
アレンさんが元気になるまでは割烹服とペッタンコ靴の庶民スタイルが定着しそうな予感がしている。
わたしの姿を見るとユミールさんは立ち上がって一礼した。
極上のストレートヘアがさらりと揺れる。
「お待たせして申し訳ありません。ようこそお越し下さいました」
わたしも頭を下げて挨拶をした。
「こちらこそ急な訪問で恐縮です。ヴィルからの要請で参上致しました」
「え……?」
「リア様が魔法の教師をお探しだとお聞きしまして」
「ええ。それは、はい……そのとおりです」
ヴィルさんから「魔法を教えてやって欲しい」と頼まれたそうだ。あんなに反対していたのに、一体どういう風の吹き回しだろう。
それならそうと、最初から気持ちよく習わせてくれたら良かったのにっ。
大声を張り上げてまでダメだと言っていたのはなんだったの?
まさか、出入り禁止にされたのが嫌で、渋々頼んだとか??
むぅぅ~~~……
眉をひそめていると、ユミールさんはふっと微笑んだ。
「彼の名誉のためにお伝え致しますが、彼の口からは諸々ご説明しづらい事情がありました。今回の状況を鑑みますと、彼も辛かったのではないかと思います。どうかあまりお責めにならないでください」
ああ、またこれだ……。
フィデルさんとマークさんも、ヴィルさんに対してちょっぴり同情的な言葉を漏らしていた。
わたしだって彼と喧嘩をするのは本意ではないし、少しでも自分が悪いのなら謝りたい。
でも、頭ごなしにダメだと怒鳴られたので、反省のしようもないし謝りようもないのだ。というか、むしろ謝ってほしいくらいなのだけど……。
詳しく理由を聞こうとしても、皆示し合わせたかのようにモゴモゴと口を閉ざしてしまう。
結局、わたしだけが何も分かっていないままだ。
「ヴィルが魔法に反対していた理由をざっくりお話しすると、リア様の場合、やり方を間違えるとお命に関わる可能性があるからです」と、ユミールさんは言った。
この手の崖っぷちワードを聞かされるのは、この世界に来て何度目だろうか。
「結婚しないと殺されるかも知れない」から始まって、避難訓練のシナリオは怖いし、人質にされるし、「死の病」もそうだ。
今度は「魔法を使うと死ぬ」ですか。
「正確に言うと、魔力の使い過ぎは誰でも危険が伴います。私ども天人族も同様に、魔力を消費し過ぎて枯渇状態になれば死に至ります」
「そうなのですか?」
「はい。魔力が枯渇していても生命活動を続けられる天人族は、この宮殿の料理長ドニー・デレル氏だけでしょう」
「はいっ? うちの料理長ですか?」
「ご存知なかったですか。デレル家はこの大陸で唯一、魔力を持たない天人族の家系です。料理以外でも結構有名なのですよ」
「あ、ああ~、そういえば、そんな話を聞いたことがあるような……」
料理長は天人族のマイノリティーで、生まれつき魔力がないらしい。
だからといって彼は死んだりしない。
それはそれで稀有な体質だそうだ。
「天人族は魔力切れを回避する方法を知っています。しかし、リア様の場合、我々と同じ回避策では極めて効果が低いのです」
「そうなのですか……」
「今ここで詳細を語るには状況が切迫し過ぎています。ヴィルが話せなかったのは、これがとても繊細な問題だからです」
「繊細な問題?」
「彼が怒鳴ったことは大きな問題ですが、説明しようがなかったのでしょう。その辺りの細かいことは追々お話し致します」
「はい……」
なんだか分からないけれど、またヴィルさん一人に何かを背負わせている気がする。
何でも二人で分け合おうと話したつもりだったのに、また彼は一人で抱え込んでいるのだ。
「危ない状況に陥らぬよう、私が細心の注意を払ってご指導します。初めのうちは頻繁に魔力残量を測定するので、少々煩わしいかと思います。しかし、一日に使える魔法の回数を決めるには、細かな情報が必要不可欠です。安全第一で訓練を進めましょう」
うっかり間違えると死ぬ。
何も怖くないと言ったら嘘になる。
アレンさんはこまめに看病を続けていけば、ゆっくりと回復していける気がする。
でも、長く苦しまなくて済む方法があるのなら、一刻も早くそれを施してあげたい。それほど彼は苦しんでいた。
「ユミールさん、実はとても急いでおりまして、早々に上位浄化を使えるようになりたいのです」
「事情はお聞きしています。決して簡単なことではありません。しかし、最善を尽くす価値はあります」
「よろしくお願い致しますっ」
そばで聞いていたフィデルさんが、長い長い安堵の吐息をついた。
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