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第十章 死の病 10-1 POV:ミスト
第198話:個人的な話
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一体何を聞かれるのかと思いきや、話題は他愛のない日常会話だった。
美味い庶民飯の店を探すのが趣味らしい。そう言うだけあり、その店の料理は美味しかった。
「特務師って長期の任務はあるのか?」と聞かれた。
「あるけど、そういうのに就くと訓練に来なくなるから詳細は分からない」と答えた。
「訓練をする時間がもらえないのだろうか?」
「いや、秘匿情報が多すぎて知り合いに会いたくないらしい。任期が明けるとフラッと戻ってくるよ」
「やってみたいと思うか? ブリっ子のイヴと音信不通になっても」
「機会があるならね。でも多分、私は音信不通にならなくても平気だと思う」
「なぜ?」
「人に話したいと思うことがない。会話をするのは好きだけど、これを話したいとかは思わない。個人的なこともないし、自分でもちょっと異常だとは思ってる」
「個人的なことがない?」
「王都の出身じゃないし、家族も親戚もいない。知り合いは全員特務師だから」
「しかし、保証人がいないと特務師団に入れないだろう。誰に頼んだ?」
「そういうのはカール殿下が全部手続きしてくれた。学校とか、何もかも全部」
メガネが目を丸くしてキョトンとした顔をしていた。
そして、パチ・パチ・パチと瞬きをした。
何の合図だよ、と思ったけれど、何か考えているようだ。
「まさか、王兄殿下のことを言っているのか?」
「あ、そうそう。私、拾われっ子だから」
住んでいた村だか町だかが襲われて私以外が全員死に、そこで記憶が全部ぶっ飛んで、黒いカールに拾われた話をした。
「なかなか壮絶で稀有な経験をしているな……」
「でも特務師には色んな人がいる。殿下からは仲間には内緒にしとけと言われてるけどね」
「確かに特務師相手には言わないほうがいいな。しかし、それが個人的な話だぞ」
「ん?」
「お前が今した話こそが個人的な話だ。異常ではない。お前は普通だ」
「言われてみればそうか」
「単に仲間であっても秘匿情報は喋らないという分別があるだけだ。喋りたくてウズウズもしないから、音信不通になる必要もないのだろう」
今思うと、なぜメガネにこんな話をしたのか良く分からない。
黒いカールの話はイヴにも話したことがなかった。
「学校は王都立か?」
「そう。大学も行っとけって言われて」
「カール殿下に?」
「うん」
「学科は?」
「経済学」
「算術が得意なのか」
「まあ、遊び感覚だけどね。クイズを解くみたいな」
「なんかお前が分かってきた。面白い奴だな」
「褒めてる?」
「褒めている。優秀な特務師だと思う」
「ありがとう。そんなことを言われたのは初めてかも」
「できる奴を褒める習慣がないのは組織として問題だな。師団長に指摘しておく」
「それはどうも」
普通に楽しく食事をして帰ってから、ふと思った。聞きたいことって何だったのだろう? と。
メガネは誰に対しても気さくで威張らなかった。
訓練所の中で彼と一番親しくしているのはシンだ。シンもちょうど良い練習相手ができて、毎回楽しそうだった。
手合わせをする機会が多いせいか、二人を中心に男子の輪ができていることが多い。
帰りにふたりで連れ立ってモツ煮の店に入っていくところを見かけたこともある。
そんな様子を見て女子はほのぼのとしていた。
しばらくして、私は隊長に呼ばれた。
隊長が「ついて来い」と言うので、一緒に特務師団長のところへ行った。
すると、特務師団長もまた「ついて来い」と言う。
二人に連れられて行きついた場所は王宮だった。
会議室に入ると、金髪の王甥が少し遅れて入ってきた。
昔の黒いカールにそっくりだったので一瞬ときめいた。黒いカールは私の初恋だ。
王甥は部屋に入ってくるなり「お前に長期の任務だ」と偉そうに言った。
私は挨拶もしていなければ名乗ってもいなかった。王甥も自分が何者であるかを言わなかった。
師団長から「王甥が来る」と聞いていなかったら、私は彼が誰なのかも分からないまま話を聞くことになっただろう。
こういう奴は嫌いだ。
ときめいて損した。
黒いカールに似ているのは顔と声だけだった。
質問はあるかと聞かれたので、「契約の期間はどのくらいですか?」と、私は尋ねた。
「現時点で終わりは決まっていない。辞めたいなどの個人的な事情ができたら相談してくれればいい」
「では契約更新の期間が知……」
「少し調べたら、知り合いが結構いるようだ。おそらく職場環境としては悪くないと思う。何か気になることがあれば、気軽に相談して欲しい。例えば上手く行かない相手がいるとか、何でもいい」
呼びつけておいて挨拶もさせず、人の話を遮ったうえにこちらの質問はシカトだ。
誰がそんな奴に「気軽に相談」などするのだろう。
腹立たしいが、話の内容には興味があった。
「私の知り合いがいるのですか? 同僚ですか?」
「ああ。明日、皆に紹介しよう。業務内容は護衛を含む要人補佐だ。当面は秘書のような役割を担ってもらうことになると思う」
「分かりました」
「気を楽にして来てくれ」
「……はい」
契約期間は師団長が確認してくれることになった。おそらくは一年更新だろうと言っていた。
翌朝、馬車に乗せられて現場へ連れていかれた。
検問を通過してから随分と長い距離を走る。
その先に大きな屋敷があった。
美味い庶民飯の店を探すのが趣味らしい。そう言うだけあり、その店の料理は美味しかった。
「特務師って長期の任務はあるのか?」と聞かれた。
「あるけど、そういうのに就くと訓練に来なくなるから詳細は分からない」と答えた。
「訓練をする時間がもらえないのだろうか?」
「いや、秘匿情報が多すぎて知り合いに会いたくないらしい。任期が明けるとフラッと戻ってくるよ」
「やってみたいと思うか? ブリっ子のイヴと音信不通になっても」
「機会があるならね。でも多分、私は音信不通にならなくても平気だと思う」
「なぜ?」
「人に話したいと思うことがない。会話をするのは好きだけど、これを話したいとかは思わない。個人的なこともないし、自分でもちょっと異常だとは思ってる」
「個人的なことがない?」
「王都の出身じゃないし、家族も親戚もいない。知り合いは全員特務師だから」
「しかし、保証人がいないと特務師団に入れないだろう。誰に頼んだ?」
「そういうのはカール殿下が全部手続きしてくれた。学校とか、何もかも全部」
メガネが目を丸くしてキョトンとした顔をしていた。
そして、パチ・パチ・パチと瞬きをした。
何の合図だよ、と思ったけれど、何か考えているようだ。
「まさか、王兄殿下のことを言っているのか?」
「あ、そうそう。私、拾われっ子だから」
住んでいた村だか町だかが襲われて私以外が全員死に、そこで記憶が全部ぶっ飛んで、黒いカールに拾われた話をした。
「なかなか壮絶で稀有な経験をしているな……」
「でも特務師には色んな人がいる。殿下からは仲間には内緒にしとけと言われてるけどね」
「確かに特務師相手には言わないほうがいいな。しかし、それが個人的な話だぞ」
「ん?」
「お前が今した話こそが個人的な話だ。異常ではない。お前は普通だ」
「言われてみればそうか」
「単に仲間であっても秘匿情報は喋らないという分別があるだけだ。喋りたくてウズウズもしないから、音信不通になる必要もないのだろう」
今思うと、なぜメガネにこんな話をしたのか良く分からない。
黒いカールの話はイヴにも話したことがなかった。
「学校は王都立か?」
「そう。大学も行っとけって言われて」
「カール殿下に?」
「うん」
「学科は?」
「経済学」
「算術が得意なのか」
「まあ、遊び感覚だけどね。クイズを解くみたいな」
「なんかお前が分かってきた。面白い奴だな」
「褒めてる?」
「褒めている。優秀な特務師だと思う」
「ありがとう。そんなことを言われたのは初めてかも」
「できる奴を褒める習慣がないのは組織として問題だな。師団長に指摘しておく」
「それはどうも」
普通に楽しく食事をして帰ってから、ふと思った。聞きたいことって何だったのだろう? と。
メガネは誰に対しても気さくで威張らなかった。
訓練所の中で彼と一番親しくしているのはシンだ。シンもちょうど良い練習相手ができて、毎回楽しそうだった。
手合わせをする機会が多いせいか、二人を中心に男子の輪ができていることが多い。
帰りにふたりで連れ立ってモツ煮の店に入っていくところを見かけたこともある。
そんな様子を見て女子はほのぼのとしていた。
しばらくして、私は隊長に呼ばれた。
隊長が「ついて来い」と言うので、一緒に特務師団長のところへ行った。
すると、特務師団長もまた「ついて来い」と言う。
二人に連れられて行きついた場所は王宮だった。
会議室に入ると、金髪の王甥が少し遅れて入ってきた。
昔の黒いカールにそっくりだったので一瞬ときめいた。黒いカールは私の初恋だ。
王甥は部屋に入ってくるなり「お前に長期の任務だ」と偉そうに言った。
私は挨拶もしていなければ名乗ってもいなかった。王甥も自分が何者であるかを言わなかった。
師団長から「王甥が来る」と聞いていなかったら、私は彼が誰なのかも分からないまま話を聞くことになっただろう。
こういう奴は嫌いだ。
ときめいて損した。
黒いカールに似ているのは顔と声だけだった。
質問はあるかと聞かれたので、「契約の期間はどのくらいですか?」と、私は尋ねた。
「現時点で終わりは決まっていない。辞めたいなどの個人的な事情ができたら相談してくれればいい」
「では契約更新の期間が知……」
「少し調べたら、知り合いが結構いるようだ。おそらく職場環境としては悪くないと思う。何か気になることがあれば、気軽に相談して欲しい。例えば上手く行かない相手がいるとか、何でもいい」
呼びつけておいて挨拶もさせず、人の話を遮ったうえにこちらの質問はシカトだ。
誰がそんな奴に「気軽に相談」などするのだろう。
腹立たしいが、話の内容には興味があった。
「私の知り合いがいるのですか? 同僚ですか?」
「ああ。明日、皆に紹介しよう。業務内容は護衛を含む要人補佐だ。当面は秘書のような役割を担ってもらうことになると思う」
「分かりました」
「気を楽にして来てくれ」
「……はい」
契約期間は師団長が確認してくれることになった。おそらくは一年更新だろうと言っていた。
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