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第八章 ヴィルヘルム >2 出会い(POV:ヴィル)
第134話:騙されたアレン
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「それで? 今回は気配もなく厨房に入って菓子を作ったのか?」
言い終えないうちに吹き出してしまった。
ダメだ。なんだか、笑いが止まらない。
アレンの答えが何であろうと状況が面白すぎた。
「今日は部屋で服を選んでいたはずなのですよ……」
「なんだアレン、今度は騙されたのか!」
神薙は俺のためにお礼の品を探していたらしい。
侍女と相談して貴族街で話題になっているナッツのパイに決め、使用人に買いにいかせたそうだ。
「茶の時間に侍女と一緒に試食もしていた」と、アレンは言った。
しかし、ここにあるのは街で売られているパイではない。
「気に入らなかったのか? 人気なのに?」
「そういうことだと思います。その証拠に彼女が作った異世界のパイのほうが圧倒的に美味です。俺、今後あの売られているパイを貰っても『こんなのパイじゃない』と言ってしまいそうです」
気に入らないから自分で作ろうとしたのか。
しかし、そうなると「料理はするな」と言うアレンが邪魔だったはずだ。
俺にお礼をするために、アレンを騙すことにした。これが笑わずにいられるか。
「部屋から四人の賑やかな声も聞こえていました。侍女がひょこっと出てきて、俺に意見を求めてきた場面もあって……」
「どんな意見だ?」
「どちらの帽子が良いと思いますか、と」
「帽子か」
「彼女達は四人ですから、二対二で意見が分かれると決まらない。そうなると第三者の意見を取り入れてくれます。こっちは意見を求められて嬉しいですよ。部下と一緒に選んで『こっちのほうが似合いそうですね』というような助言をすることがたまにあります」
「出入り口に団員が立っているのに、どうやって出て厨房へ行ったのだろう?」
「考えられるのは浴室にある避難用の扉ですね」
浴室から抜け出し、使用人が使う階段と廊下を通る。裏側からリネン室の前などを通って厨房へ行けるらしい。
ぶふっと吹き出した。
「その帽子について侍女が聞いてきているときに、神薙は脱出していたのだろうな」
「あとからそうだと思いました。ちなみに、時間をおいて二度聞かれました」
隣でクリスが激しく肩を上下に震わせていた。
「囮まで使っているのか。考えることとやることは特務師のようだが、菓子を作るためというところが可愛い」
「アレン、それは確実に侍女とメイドと料理人を味方に付けているぞ。メイドが移動中の神薙を見つけてメイド長なり執事長に言いつけたら、当然お前にも伝わっているのだからな?」
俺はそう言いながら腹を抱えた。
腹筋がおかしくなりそうだ。笑いすぎて涙が出てきた。
「分かっていますよ。一応、言われたとおり頑張りましたが、もう彼女の行動を制限するのは厳しい気が……って、ちょっと二人とも笑い過ぎですよ。もー……俺、大変なんですからね?」
俺はポケットからハンカチを取り出し、涙を拭いながら「ごめんごめん」と謝った。
彼は精一杯やっている。
神薙が想定を超えた行動をしているだけだ。
「俺が悪い。俺が分かっていなかった。指示の出し方も悪かった。もっとお前の話を信じるべきだったし、お前の置かれた状況を踏まえて適切な指示を出すべきだった。彼女本人を見るまで、色々と信じられない話が多すぎた」
俺が謝ると、クリスが「だから早く会えと言ったのだ」と言って歯を見せた。
神薙を厨房から遠ざけていたのには、ちょっとした理由があった。
神薙付きの料理長ドニー・デレルは、少し変わった天人族だ。
間違いなく天人族ではあるのだが、どういうわけか彼の家は代々魔力がない。
魔力無しは極めて稀な存在だ。彼の家系ぐらいしか聞いたことがなかった。
しかし、代わりに彼らは『神の舌』と呼ばれる繊細な味覚を持っている。
彼の父親は、王都でも有名な料理評論家だ。祖父は王宮料理人、その前の代も有名な料理人だった。
ドニー・デレルが料理人になったのは必然だ。
彼にはヒト族の妻がいる。
魔力無しに神薙の夫は務まらないため、働いて成功して『生命の宝珠』を手に入れるつもりだと話していた。彼の家はそうやって世代を繋いできた。
神薙は男を果てさせる力を持っており、天人族は魔力で防御をして己の尊厳を守る。
魔力が足りない者は、神薙とは距離を置いて生きることになるだろう。
過去、神薙のそばで働いたことのある魔力無しの天人族はいない。
王宮に見解を求めたところ、魔力がないのはヒト族も同様であることから、彼も大丈夫だろうと言う者もいれば、魔力がないとは言え天人族だから危険だと言う者もいる。
結局は前例がないため「誰にも分からない」というのが結論だった。
彼には王宮の料理人になるという選択肢もあったのだが、神薙付きの料理長になる道を選んだ。
「腹は括っている。その上で名誉を選んだ」と、彼は言った。
彼は剣の代わりに包丁を握り、未知なる脅威との戦いに打って出たわけだ。
勇気ある彼は今、たくさんの部下を従えて仕事をしている。
部下達には事情を話してあるらしいのだが、そうは言っても彼が不名誉な事態に巻き込まれることは可能なかぎり防いでやりたい。
俺はアレンを呼び、適当な理由を考えて神薙を厨房から遠ざけるように、と指示を出した。
しかし、そこで俺は一つ失敗を犯した。
もう少しアレンの置かれた状況を考慮に入れて指示を出すべきだった。
アレンはその理由を聞いてきたが、俺は面倒くさがって後日説明するよと言うに留め、きちんと根拠を話さずに指示してしまったのだ。
アレンは厨房だけから遠ざける理由が分からないまま、とりあえず適当な嘘をついた。
過去の神薙なら、使用人に興味すら持たなかったので嘘でも何でも問題はなかっただろう。
しかし、当代の神薙は違った。
身分制度のない剣の国から来たせいか、アレンのおかしな嘘に首を傾げた。
神薙は明るく朗らかで親切な性格をしており、使用人から好かれていた。
毎日侍女と一緒に茶を飲み、そこに使用人や騎士なども気さくに誘う。天気の良い日は、庭がちょっとした茶会状態になることがあるそうだ。
しかし、それはアレンにとって、新たな懸念事項となった。
言い終えないうちに吹き出してしまった。
ダメだ。なんだか、笑いが止まらない。
アレンの答えが何であろうと状況が面白すぎた。
「今日は部屋で服を選んでいたはずなのですよ……」
「なんだアレン、今度は騙されたのか!」
神薙は俺のためにお礼の品を探していたらしい。
侍女と相談して貴族街で話題になっているナッツのパイに決め、使用人に買いにいかせたそうだ。
「茶の時間に侍女と一緒に試食もしていた」と、アレンは言った。
しかし、ここにあるのは街で売られているパイではない。
「気に入らなかったのか? 人気なのに?」
「そういうことだと思います。その証拠に彼女が作った異世界のパイのほうが圧倒的に美味です。俺、今後あの売られているパイを貰っても『こんなのパイじゃない』と言ってしまいそうです」
気に入らないから自分で作ろうとしたのか。
しかし、そうなると「料理はするな」と言うアレンが邪魔だったはずだ。
俺にお礼をするために、アレンを騙すことにした。これが笑わずにいられるか。
「部屋から四人の賑やかな声も聞こえていました。侍女がひょこっと出てきて、俺に意見を求めてきた場面もあって……」
「どんな意見だ?」
「どちらの帽子が良いと思いますか、と」
「帽子か」
「彼女達は四人ですから、二対二で意見が分かれると決まらない。そうなると第三者の意見を取り入れてくれます。こっちは意見を求められて嬉しいですよ。部下と一緒に選んで『こっちのほうが似合いそうですね』というような助言をすることがたまにあります」
「出入り口に団員が立っているのに、どうやって出て厨房へ行ったのだろう?」
「考えられるのは浴室にある避難用の扉ですね」
浴室から抜け出し、使用人が使う階段と廊下を通る。裏側からリネン室の前などを通って厨房へ行けるらしい。
ぶふっと吹き出した。
「その帽子について侍女が聞いてきているときに、神薙は脱出していたのだろうな」
「あとからそうだと思いました。ちなみに、時間をおいて二度聞かれました」
隣でクリスが激しく肩を上下に震わせていた。
「囮まで使っているのか。考えることとやることは特務師のようだが、菓子を作るためというところが可愛い」
「アレン、それは確実に侍女とメイドと料理人を味方に付けているぞ。メイドが移動中の神薙を見つけてメイド長なり執事長に言いつけたら、当然お前にも伝わっているのだからな?」
俺はそう言いながら腹を抱えた。
腹筋がおかしくなりそうだ。笑いすぎて涙が出てきた。
「分かっていますよ。一応、言われたとおり頑張りましたが、もう彼女の行動を制限するのは厳しい気が……って、ちょっと二人とも笑い過ぎですよ。もー……俺、大変なんですからね?」
俺はポケットからハンカチを取り出し、涙を拭いながら「ごめんごめん」と謝った。
彼は精一杯やっている。
神薙が想定を超えた行動をしているだけだ。
「俺が悪い。俺が分かっていなかった。指示の出し方も悪かった。もっとお前の話を信じるべきだったし、お前の置かれた状況を踏まえて適切な指示を出すべきだった。彼女本人を見るまで、色々と信じられない話が多すぎた」
俺が謝ると、クリスが「だから早く会えと言ったのだ」と言って歯を見せた。
神薙を厨房から遠ざけていたのには、ちょっとした理由があった。
神薙付きの料理長ドニー・デレルは、少し変わった天人族だ。
間違いなく天人族ではあるのだが、どういうわけか彼の家は代々魔力がない。
魔力無しは極めて稀な存在だ。彼の家系ぐらいしか聞いたことがなかった。
しかし、代わりに彼らは『神の舌』と呼ばれる繊細な味覚を持っている。
彼の父親は、王都でも有名な料理評論家だ。祖父は王宮料理人、その前の代も有名な料理人だった。
ドニー・デレルが料理人になったのは必然だ。
彼にはヒト族の妻がいる。
魔力無しに神薙の夫は務まらないため、働いて成功して『生命の宝珠』を手に入れるつもりだと話していた。彼の家はそうやって世代を繋いできた。
神薙は男を果てさせる力を持っており、天人族は魔力で防御をして己の尊厳を守る。
魔力が足りない者は、神薙とは距離を置いて生きることになるだろう。
過去、神薙のそばで働いたことのある魔力無しの天人族はいない。
王宮に見解を求めたところ、魔力がないのはヒト族も同様であることから、彼も大丈夫だろうと言う者もいれば、魔力がないとは言え天人族だから危険だと言う者もいる。
結局は前例がないため「誰にも分からない」というのが結論だった。
彼には王宮の料理人になるという選択肢もあったのだが、神薙付きの料理長になる道を選んだ。
「腹は括っている。その上で名誉を選んだ」と、彼は言った。
彼は剣の代わりに包丁を握り、未知なる脅威との戦いに打って出たわけだ。
勇気ある彼は今、たくさんの部下を従えて仕事をしている。
部下達には事情を話してあるらしいのだが、そうは言っても彼が不名誉な事態に巻き込まれることは可能なかぎり防いでやりたい。
俺はアレンを呼び、適当な理由を考えて神薙を厨房から遠ざけるように、と指示を出した。
しかし、そこで俺は一つ失敗を犯した。
もう少しアレンの置かれた状況を考慮に入れて指示を出すべきだった。
アレンはその理由を聞いてきたが、俺は面倒くさがって後日説明するよと言うに留め、きちんと根拠を話さずに指示してしまったのだ。
アレンは厨房だけから遠ざける理由が分からないまま、とりあえず適当な嘘をついた。
過去の神薙なら、使用人に興味すら持たなかったので嘘でも何でも問題はなかっただろう。
しかし、当代の神薙は違った。
身分制度のない剣の国から来たせいか、アレンのおかしな嘘に首を傾げた。
神薙は明るく朗らかで親切な性格をしており、使用人から好かれていた。
毎日侍女と一緒に茶を飲み、そこに使用人や騎士なども気さくに誘う。天気の良い日は、庭がちょっとした茶会状態になることがあるそうだ。
しかし、それはアレンにとって、新たな懸念事項となった。
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