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第七章 微笑む神薙
第122話:ヴィルさんの要求
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「私の要求は、直ちにそこに私の名を加えて頂きたいということです」
ヴィルさんの言葉に、「まあ当然だろうな」とお父様が答えた。
「私が父上にその意思を伝えたのは、オルランディアの涙を贈ることが決まったときです。手続きさえしてあれば、最初の版から私の名前はあったはずです」
二人の陛下は頬杖をつき、黙って彼の話を聞いていた。
「父上への確認を怠った私にも非があるのかも知れません。ただ、この件だけは自分ですべてを消化できません。もう我慢も限界です」
陛下が「とりあえず言いたいことを言ってみてはどうだ?」と言った。
「その一覧は、王宮がリアのために作った資料です。私が第一騎士団に所属していなかったならば見ることも叶いません。しかも、それを見て気づいてくれたのはアレンです。私は単に運が良かったに過ぎません」
陛下は「ふむ」と言った。
「確かに、受付が完了したことは伝えているが、申し込まれていないことまでは通知していないだろう」
「この数か月、私は道化でした。夫になりたいと名乗り出てもいないのに、あの手この手でリアを口説いていました。その一覧の中から夫を選ぼうとしていたリアを戸惑わせ、傷つけたと思います」
陛下がウーンと唸った。
お父様は黙っている。怒っているのか落胆しているのか、よく分からない表情だ。
王族の人達は感情を表に出すなと教育されるらしいので、あえてそういう表情をしているのだと思う。普段、ヴィルさんが振り撒いている微笑みもその手段の一つだ。
「ポルト・デリングで元使用人の女から市内の噂を聞きました。父上がひどい神薙嫌いゆえ、私はヒト族の令嬢と婚姻を結ぶと言われているそうです。それをリアの前で聞かされて屈辱でした。ベルソールに聞くと、それは領内で半ば事実のように語られており、一向におさまらないとのことです。リアは会ったこともない父上から一方的に嫌われていると知らされて怯えています」
陛下が「なんだその噂は?」と言った。
「兄上、本当か?」
「なんてくだらない話だ……。大事な話だというから時間を空けたのに」
「そういう言い方をするな。息子が困っているのだぞ?」
「……まったく。お前の政略結婚は王太子と同様に交渉の切り札だ。選択肢は隣国の公爵以上の娘のみで国内なんぞ眼中にない。それから、俺が殺したいほど嫌っていたのは『先代の』神薙だ。そのくらい考えれば分かるだろう」
お父様は一拍置いて再び口を開いた。
「噂が嫌なら自分で処理しろ。次期領主なのだから、よほど馬鹿でないかぎり皆お前の言うことは聞く。いい歳して親に言いつけて何かしてもらおうと思っているほうがどうかしている。甘ったれるな。お前はそこらへんの貴族とはわけが違うのだぞ? そんなくだらない話で俺の仕事の邪魔をするな」
「兄上、言い方を考えろ」
「俺にゴチャゴチャ言う前に頭を使え。何のために高度な教育を受けたのか考えろ。汗水たらして仕事をしろ。王族の務めを果たせ。それが嫌なら王籍から離れろ」
「やめろ、兄上!」
「政略結婚の話など、私は聞いたこともありません」と、ヴィルさんは言った。
「お前にいちいち言う必要はない。和平のために婚姻を結べと言われたら結婚し、子を作れと言われたら神薙と交わり、王位を捨てよと言われれば捨て、死ねと言われたら潔く死ぬ、それが王族の務めだ」
ヴィルさんはイラついていて、ひとつひとつの言葉に鋭いトゲがあった。しかし、そのトゲはお父様には刺さらず、もっと大きな飛び道具となり次々と撃ち返されていた。火力が全然違う……。
「噂が急激に広まったことから、ベルソールは人為的な流布ではないかと言っていました。誰が噂をばら撒いたかはこれから調べます。父上はお忙しいでしょうからね」
「暇なお前と一緒にするな。お前がどれだけオーディンスとジェラーニに仕事をやらせているかは書類の筆跡を見ればすべて分かる。王宮には王族としてやらねばならない仕事が山ほどあるのだぞ。ポルト・デリングへ行ったというから、ようやく働く気になったかと喜んでいたが、その報告もせずに、噂で屈辱でしただと? 馬鹿も休み休みに言え」
「兄上、今それを言うな。話がとっ散らかるから後にしろ!」と、陛下が二人を止めた。
ああ、なんだか、もう……
色々とアレですねぇ(泣)
体に力が入らなくなってきて、くったりとアレンさんに寄りかかった。
「大丈夫ですか?」と彼が心配そうに言った。
こくこくと頷く。
「予想以上にややこしいことになっていますが、話の一部はかねてより我々が心配していたことでもありますね……」
アレンさんがポソッと呟いたので、わたしはクニャリと頷いた。
その一言があまりにも適切で、同じ考えの人が隣にいると思うと少し気が楽になった。
ヴィルさんが一部の(苦手な分野の?)仕事をしていない件に関しては、ずっと心配していたことだった。
アレンさんが「早くやれ、仕事をしろ」と追い回すことに疲れ果て、彼の仕事をフィデルさんと手分けしてやってあげているのを間近で見ていた。そして、わたしもそれをちょこっと手伝うことがあった。
「陛下の言うとおり、今回の件とは別で話したほうが良いでしょうね」と、アレンさんはヒソヒソ声で言った。
わたしは再びクニュッと頷き、彼に寄りかかった。
今日もわたし達は一つのことに集中させてもらえない。
先日はシャケがクマをくわえた木彫りの置物。今日はパパにわんわん噛みつくヴィル太郎だ。
「手続き漏れでした。両想いばんざーい」と、シンプルなハッピーエンドにさせてくれないのだ。
もう、お願いしますよ、ヴィルさん……(泣)
ヴィルさんの言葉に、「まあ当然だろうな」とお父様が答えた。
「私が父上にその意思を伝えたのは、オルランディアの涙を贈ることが決まったときです。手続きさえしてあれば、最初の版から私の名前はあったはずです」
二人の陛下は頬杖をつき、黙って彼の話を聞いていた。
「父上への確認を怠った私にも非があるのかも知れません。ただ、この件だけは自分ですべてを消化できません。もう我慢も限界です」
陛下が「とりあえず言いたいことを言ってみてはどうだ?」と言った。
「その一覧は、王宮がリアのために作った資料です。私が第一騎士団に所属していなかったならば見ることも叶いません。しかも、それを見て気づいてくれたのはアレンです。私は単に運が良かったに過ぎません」
陛下は「ふむ」と言った。
「確かに、受付が完了したことは伝えているが、申し込まれていないことまでは通知していないだろう」
「この数か月、私は道化でした。夫になりたいと名乗り出てもいないのに、あの手この手でリアを口説いていました。その一覧の中から夫を選ぼうとしていたリアを戸惑わせ、傷つけたと思います」
陛下がウーンと唸った。
お父様は黙っている。怒っているのか落胆しているのか、よく分からない表情だ。
王族の人達は感情を表に出すなと教育されるらしいので、あえてそういう表情をしているのだと思う。普段、ヴィルさんが振り撒いている微笑みもその手段の一つだ。
「ポルト・デリングで元使用人の女から市内の噂を聞きました。父上がひどい神薙嫌いゆえ、私はヒト族の令嬢と婚姻を結ぶと言われているそうです。それをリアの前で聞かされて屈辱でした。ベルソールに聞くと、それは領内で半ば事実のように語られており、一向におさまらないとのことです。リアは会ったこともない父上から一方的に嫌われていると知らされて怯えています」
陛下が「なんだその噂は?」と言った。
「兄上、本当か?」
「なんてくだらない話だ……。大事な話だというから時間を空けたのに」
「そういう言い方をするな。息子が困っているのだぞ?」
「……まったく。お前の政略結婚は王太子と同様に交渉の切り札だ。選択肢は隣国の公爵以上の娘のみで国内なんぞ眼中にない。それから、俺が殺したいほど嫌っていたのは『先代の』神薙だ。そのくらい考えれば分かるだろう」
お父様は一拍置いて再び口を開いた。
「噂が嫌なら自分で処理しろ。次期領主なのだから、よほど馬鹿でないかぎり皆お前の言うことは聞く。いい歳して親に言いつけて何かしてもらおうと思っているほうがどうかしている。甘ったれるな。お前はそこらへんの貴族とはわけが違うのだぞ? そんなくだらない話で俺の仕事の邪魔をするな」
「兄上、言い方を考えろ」
「俺にゴチャゴチャ言う前に頭を使え。何のために高度な教育を受けたのか考えろ。汗水たらして仕事をしろ。王族の務めを果たせ。それが嫌なら王籍から離れろ」
「やめろ、兄上!」
「政略結婚の話など、私は聞いたこともありません」と、ヴィルさんは言った。
「お前にいちいち言う必要はない。和平のために婚姻を結べと言われたら結婚し、子を作れと言われたら神薙と交わり、王位を捨てよと言われれば捨て、死ねと言われたら潔く死ぬ、それが王族の務めだ」
ヴィルさんはイラついていて、ひとつひとつの言葉に鋭いトゲがあった。しかし、そのトゲはお父様には刺さらず、もっと大きな飛び道具となり次々と撃ち返されていた。火力が全然違う……。
「噂が急激に広まったことから、ベルソールは人為的な流布ではないかと言っていました。誰が噂をばら撒いたかはこれから調べます。父上はお忙しいでしょうからね」
「暇なお前と一緒にするな。お前がどれだけオーディンスとジェラーニに仕事をやらせているかは書類の筆跡を見ればすべて分かる。王宮には王族としてやらねばならない仕事が山ほどあるのだぞ。ポルト・デリングへ行ったというから、ようやく働く気になったかと喜んでいたが、その報告もせずに、噂で屈辱でしただと? 馬鹿も休み休みに言え」
「兄上、今それを言うな。話がとっ散らかるから後にしろ!」と、陛下が二人を止めた。
ああ、なんだか、もう……
色々とアレですねぇ(泣)
体に力が入らなくなってきて、くったりとアレンさんに寄りかかった。
「大丈夫ですか?」と彼が心配そうに言った。
こくこくと頷く。
「予想以上にややこしいことになっていますが、話の一部はかねてより我々が心配していたことでもありますね……」
アレンさんがポソッと呟いたので、わたしはクニャリと頷いた。
その一言があまりにも適切で、同じ考えの人が隣にいると思うと少し気が楽になった。
ヴィルさんが一部の(苦手な分野の?)仕事をしていない件に関しては、ずっと心配していたことだった。
アレンさんが「早くやれ、仕事をしろ」と追い回すことに疲れ果て、彼の仕事をフィデルさんと手分けしてやってあげているのを間近で見ていた。そして、わたしもそれをちょこっと手伝うことがあった。
「陛下の言うとおり、今回の件とは別で話したほうが良いでしょうね」と、アレンさんはヒソヒソ声で言った。
わたしは再びクニュッと頷き、彼に寄りかかった。
今日もわたし達は一つのことに集中させてもらえない。
先日はシャケがクマをくわえた木彫りの置物。今日はパパにわんわん噛みつくヴィル太郎だ。
「手続き漏れでした。両想いばんざーい」と、シンプルなハッピーエンドにさせてくれないのだ。
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