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第六章 淑女の秘密
第103話:お転婆淑女
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翌日、王都脱出の避難訓練が行われた。
これは宮殿の皆がメインとなって行う脱出直前までのタイムアタックだ。
色々と課題がリストアップされた。
次回の訓練まで、執事長を中心にひとつひとつ潰していくことになる。
そして迎えた訓練最終日。
郊外への移動と少々サバイバル色のあるキャンプがセットになった避難行動の訓練だ。
日の出と共に出発し、最初のキャンプ地を想定した場所まで行く。そこで少し遅めの昼食を取り、夜には戻ってくる日帰り訓練だ。
通常の訓練だと、もう少し先まで行って夜を明かし、翌日さらに遠くまで進む計画を立てるらしいのだけれども、今回は初心者のわたしに負担をかけないよう日帰りルートにしてくれた。
眠い目をこすりながら出発し、ほぼ予定どおり目的地に到着。
大きな馬車道から少し逸れ、林の手前にある開けた場所だ。富士山に雰囲気が似た高い山が遠くに見えている。
しっとりとしたマイナスイオンたっぷりの空気が気持ちいい。
辺りには誰もおらず、まるでキャンプ場をまるっと貸し切りにしてしまったかのようだった。
いくつかの班に分かれてテントを張り、集めた枝などを乾かして火を起こす。そして、現地調達したもので食事を作ることになっていた。
何か手伝えることはないだろうかと、しばし皆の動きを眺める。
燃料となる枝や薪などを乾かすのは風魔法を使っており、火を起こすのも魔法だった。
むむむ……手も足も出ないとは、まさにこのこと。
キャンプ道具にはファイヤースターター(金属製の火を起こす道具)も入っていたけれども、わたしと同様、出番はなさそうだ。
レジャーキャンプなら小さな火を大きくするのも楽しみのひとつ。しかし、なにぶん訓練なので主旨にそぐわない。
魔法を使える人がいないときの非常用ツールとして入れてあるだけなのだろう。
チリチリとこすって火花を散らせていると、数人の騎士がファイヤースターターの使い方を知らないと言った。
火の魔法を使える人は多いらしく、魔法で着火ができない状況はめったにないそうだ。特に天人族の人達は、こういった原始的な火起こしを知らない人が増えているとのことだった。
「お見せしましょうか?」と言ってみたところ、ヴィルさんが目を丸くした。なんだかいけないことを言ってしまった感がある。
「い、イマドキの淑女は、火起こしくらいできるのですよ?」
「お転婆な淑女に限っては、だろう?」
彼は笑っていた。
わたしなんて、母国に帰ればインドア派で、ちっともお転婆ではないのですよ? 次の神薙さんが本当にお転婆な人だったら大変です。どうぞわたしで慣れておいてください(笑)
「ヴィルさんも見るのですか?」
「お手並みを拝見させて頂く」
「それでは、お転婆淑女の火起こし講座を開講いたします」
ロープの切れ端を細かくほぐしてフワフワにし、そこに何度か火花を飛ばしてフーフーする。ポッと着火したら、即座に紙ゴミや極細の枝など燃えやすいものにその火を移してやり、炎が上がったら少しずつ太い枝を重ねて火を育てていく。
いつぞや行ったキャンプ場で、教え魔の同僚から伝授された技だった。
無事、太い薪に炎が移ったところで火から離れた。水を入れた桶を持っていつでも消火できるよう構えていたアレンさんがホッとした顔を見せた。
その桶がずっとこちらを向いていることに気づいていたので、わたしも内心ホッとした。うっかりドレスに着火していたら水をぶっ掛けられるところだったのだ。
リア様の火起こし講座が謎に盛り上がる中、ブッシュクラフトに長けた設営班は、拾ってきた石などを器用に使って調理場を作っていた。
あとは食材が集まれば調理ができると、隊長さんが歯を見せて親指を立てる。
釣り班と狩猟班に分かれて大勢出かけていったけれども、冬場はタンパク源を現地調達するのが難しいそうだ。
即席の厨房には、買い出し担当の団員が庶民の変装をして買ってきたニンジンやジャガイモ、豆のトマト煮込みの瓶詰などがゴロゴロしていた。
発酵させずにベーキングソーダで焼くパンもあるようなので、ご飯抜きのリスクはゼロなのだけれども、狩りに行った皆が戻ってくるまでメインディッシュは未定の状態だ。
空を見上げると真っ青だった。
キャンプは好きだ。
季節が良くなると、よく同僚たちと出かけて楽しんでいた。
コロコロ転がるジャガイモを見ていたら、野菜の皮を剥いておいたら、後が楽ではないかな? と思った。
ここに来て、ようやく手伝えることが見つかったのだ。
よぉし、リアちゃんキャンプ料理も得意だぞぉー。
立ち上がって腕まくりをし、ニンジンをつかんだ瞬間、ふわりと地面から足が浮いた。
「ひぇ……っ」
「あなたという人は……」
「アレンさん??」
抱っこで運ばれている。
な、なぜ??
わたしはニンジンを握ったまま、テントに押し込まれた。
「あれほど肌を見せるなと言ったのに。今のを何人が見たと思っているのですか」
「へ? ……あっ、腕まくり」
「彼らが欲情して襲ってきたらどうするのですか」
キャンプの解放感と高い山のせいで頭がバグってしまい、意識が富士五湖周辺のキャンプ場へ飛んでいた。
よく考えたら、あれは富士山ではなくリオス山とかいう岩塩が採れる異世界の山だ。
座らされて、袖を元に戻された。
「腕ぐらいで欲情なんてしないと思うのですけれど……」
「あなたは全然分かっていません。周りの目の色が変わっていたでしょう」
「ええー、そんなことでは夏の日本なんて歩けないですよぅ?」
「こら、リア様。めっ」
「はぅ」
しくしく……叱られました(泣)
わたし、ニンジンを握りしめたまま何をやっているのでしょうねぇ。
「最初の夫が決まるまで、周りの男には要注意です。あなたに二度と怖い思いをさせたくないから言っているのですよ?」
「ご、ごめんなさい。皮むきしておいたら皆さん楽かなと」
「それは皆の仕事ですから、あなたが頑張らなくても大丈夫です。お料理は屋敷の中でしましょう」
「うう……」
「リア様が何でもできるのは分かっています。ただ、周りにやってもらうことに少しずつ慣れましょうね?」
「ハ、ハイ」
ヨシヨシされてから釈放された。
ニンジンを元の場所に戻してションボリしていると、今度はヴィルさんに抱っこされて団長席になっている場所へ運ばれた。そして、お膝の上に乗せられ、外套でくるんと包まれてヨシヨシされた。
皆さん、お転婆のわたしを甘やかし過ぎではないでしょうか……(汗)
これは宮殿の皆がメインとなって行う脱出直前までのタイムアタックだ。
色々と課題がリストアップされた。
次回の訓練まで、執事長を中心にひとつひとつ潰していくことになる。
そして迎えた訓練最終日。
郊外への移動と少々サバイバル色のあるキャンプがセットになった避難行動の訓練だ。
日の出と共に出発し、最初のキャンプ地を想定した場所まで行く。そこで少し遅めの昼食を取り、夜には戻ってくる日帰り訓練だ。
通常の訓練だと、もう少し先まで行って夜を明かし、翌日さらに遠くまで進む計画を立てるらしいのだけれども、今回は初心者のわたしに負担をかけないよう日帰りルートにしてくれた。
眠い目をこすりながら出発し、ほぼ予定どおり目的地に到着。
大きな馬車道から少し逸れ、林の手前にある開けた場所だ。富士山に雰囲気が似た高い山が遠くに見えている。
しっとりとしたマイナスイオンたっぷりの空気が気持ちいい。
辺りには誰もおらず、まるでキャンプ場をまるっと貸し切りにしてしまったかのようだった。
いくつかの班に分かれてテントを張り、集めた枝などを乾かして火を起こす。そして、現地調達したもので食事を作ることになっていた。
何か手伝えることはないだろうかと、しばし皆の動きを眺める。
燃料となる枝や薪などを乾かすのは風魔法を使っており、火を起こすのも魔法だった。
むむむ……手も足も出ないとは、まさにこのこと。
キャンプ道具にはファイヤースターター(金属製の火を起こす道具)も入っていたけれども、わたしと同様、出番はなさそうだ。
レジャーキャンプなら小さな火を大きくするのも楽しみのひとつ。しかし、なにぶん訓練なので主旨にそぐわない。
魔法を使える人がいないときの非常用ツールとして入れてあるだけなのだろう。
チリチリとこすって火花を散らせていると、数人の騎士がファイヤースターターの使い方を知らないと言った。
火の魔法を使える人は多いらしく、魔法で着火ができない状況はめったにないそうだ。特に天人族の人達は、こういった原始的な火起こしを知らない人が増えているとのことだった。
「お見せしましょうか?」と言ってみたところ、ヴィルさんが目を丸くした。なんだかいけないことを言ってしまった感がある。
「い、イマドキの淑女は、火起こしくらいできるのですよ?」
「お転婆な淑女に限っては、だろう?」
彼は笑っていた。
わたしなんて、母国に帰ればインドア派で、ちっともお転婆ではないのですよ? 次の神薙さんが本当にお転婆な人だったら大変です。どうぞわたしで慣れておいてください(笑)
「ヴィルさんも見るのですか?」
「お手並みを拝見させて頂く」
「それでは、お転婆淑女の火起こし講座を開講いたします」
ロープの切れ端を細かくほぐしてフワフワにし、そこに何度か火花を飛ばしてフーフーする。ポッと着火したら、即座に紙ゴミや極細の枝など燃えやすいものにその火を移してやり、炎が上がったら少しずつ太い枝を重ねて火を育てていく。
いつぞや行ったキャンプ場で、教え魔の同僚から伝授された技だった。
無事、太い薪に炎が移ったところで火から離れた。水を入れた桶を持っていつでも消火できるよう構えていたアレンさんがホッとした顔を見せた。
その桶がずっとこちらを向いていることに気づいていたので、わたしも内心ホッとした。うっかりドレスに着火していたら水をぶっ掛けられるところだったのだ。
リア様の火起こし講座が謎に盛り上がる中、ブッシュクラフトに長けた設営班は、拾ってきた石などを器用に使って調理場を作っていた。
あとは食材が集まれば調理ができると、隊長さんが歯を見せて親指を立てる。
釣り班と狩猟班に分かれて大勢出かけていったけれども、冬場はタンパク源を現地調達するのが難しいそうだ。
即席の厨房には、買い出し担当の団員が庶民の変装をして買ってきたニンジンやジャガイモ、豆のトマト煮込みの瓶詰などがゴロゴロしていた。
発酵させずにベーキングソーダで焼くパンもあるようなので、ご飯抜きのリスクはゼロなのだけれども、狩りに行った皆が戻ってくるまでメインディッシュは未定の状態だ。
空を見上げると真っ青だった。
キャンプは好きだ。
季節が良くなると、よく同僚たちと出かけて楽しんでいた。
コロコロ転がるジャガイモを見ていたら、野菜の皮を剥いておいたら、後が楽ではないかな? と思った。
ここに来て、ようやく手伝えることが見つかったのだ。
よぉし、リアちゃんキャンプ料理も得意だぞぉー。
立ち上がって腕まくりをし、ニンジンをつかんだ瞬間、ふわりと地面から足が浮いた。
「ひぇ……っ」
「あなたという人は……」
「アレンさん??」
抱っこで運ばれている。
な、なぜ??
わたしはニンジンを握ったまま、テントに押し込まれた。
「あれほど肌を見せるなと言ったのに。今のを何人が見たと思っているのですか」
「へ? ……あっ、腕まくり」
「彼らが欲情して襲ってきたらどうするのですか」
キャンプの解放感と高い山のせいで頭がバグってしまい、意識が富士五湖周辺のキャンプ場へ飛んでいた。
よく考えたら、あれは富士山ではなくリオス山とかいう岩塩が採れる異世界の山だ。
座らされて、袖を元に戻された。
「腕ぐらいで欲情なんてしないと思うのですけれど……」
「あなたは全然分かっていません。周りの目の色が変わっていたでしょう」
「ええー、そんなことでは夏の日本なんて歩けないですよぅ?」
「こら、リア様。めっ」
「はぅ」
しくしく……叱られました(泣)
わたし、ニンジンを握りしめたまま何をやっているのでしょうねぇ。
「最初の夫が決まるまで、周りの男には要注意です。あなたに二度と怖い思いをさせたくないから言っているのですよ?」
「ご、ごめんなさい。皮むきしておいたら皆さん楽かなと」
「それは皆の仕事ですから、あなたが頑張らなくても大丈夫です。お料理は屋敷の中でしましょう」
「うう……」
「リア様が何でもできるのは分かっています。ただ、周りにやってもらうことに少しずつ慣れましょうね?」
「ハ、ハイ」
ヨシヨシされてから釈放された。
ニンジンを元の場所に戻してションボリしていると、今度はヴィルさんに抱っこされて団長席になっている場所へ運ばれた。そして、お膝の上に乗せられ、外套でくるんと包まれてヨシヨシされた。
皆さん、お転婆のわたしを甘やかし過ぎではないでしょうか……(汗)
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