上 下
49 / 367
第二章 出会い

第48話:パニック

しおりを挟む
「リア……」

 ふるふると首を振った。
 無理です。わたしはテロリストにはなりたくありません。

「どうしてそんなに可憐なのだ」

 彼はワープでもしたのかというほど素早く戻ってくるとわたしを抱き寄せた。そして、愛おしげに頬に触れたかと思うと、いきなりキスを落としてきた。

「んん……っ?!」

 あっという間に唇を奪われてしまったせいか、一瞬頭がパニックになり、状況を把握した途端に心臓がバクバクし始めて緊張で体が強張った。

 相手のことをろくに知らないばかりか、自分の素性も明かしていない。十日もすれば旦那さん探しが本格化する身のわたしが、こんなことをして良いわけがない。
 自分を取り巻く諸事情を踏まえると、とても悪いことをしているような気持ちになった。

 だめです。待ってください、ヴィルさん。
 わたし、神薙なのです。
 こういうことは、ちゃんとお互いのことを分かった上でしないと。
 だから……だから……

 「んぅ……」

 両手で彼の胸を押して離れようとしても、彼はビクとも動かないし唇も放してくれない。
 結局、また彼の大胸筋に触れただけだった。
 それどころか、彼が角度を変えて啄むような優しいキスを数えきれないほど降らせてくるので、彼に掴まって地面にちゃんと足をつけることと、最低限の呼吸をすることで手一杯になってしまった。

「ヴィルさ……」
「可愛いリア、少し開けて」

 彼は親指でわたしの唇を開かせ、そこに狙いを定めるように甘いキスを落とした。僅かな隙間から彼の温かい舌が入ってきて、優しく蕩けるように深いキスをした。

「……ッ」
「リア、ダメだ。逃がさない」

 甘い刺激に痺れて耐え切れず、呻いて逃げようとしても、大きな手に包み込まれて逃がしてもらえない。彼の唇はどこまでも追いかけてきて、わたしを溶かした。

 キスって、こんなにワケが分からなくなるものでしたっけ……。
 今までしてきたそれは一体なんだったのでしょう?

 彼はキスのついでに、わたしの価値観まで壊していく。
 わたしの気が逸れたことに気づいたのか、腰に回された手で強く抱き寄せられ、わずかに残っていた思考も奪われた。
 わたしの頭にも庭園と同じように白いモヤがかかり、フワフワと漂った。
 そのうち自分の足が地面に着いているのかも分からなくなり、息をしているのかも分からなくなった。ただ掴まっているフニャフニャの手に、わずかばかりの力を入れるたび、彼の上着に付いている金のチェーンやキラキラした留め金が小さく音を立てていた。

 帰りの馬車の中でも、彼はわたしの唇を放してくれなかった。
 キスとキスの合間に、うわ言のように何度も耳元で囁かれる名前。耳にかかる彼の息。「帰したくない」「可愛い」といった甘い言葉で、また頭が真っ白になる。
 どうやって自分の馬車に乗り換えたのか記憶にないけれど、「今日のことは忘れない」と耳元で囁かれ、どうにかこうにか「わたしもです」と声を絞り出して別れたのは覚えている。


 屋敷に戻り、自分のリビングに辿り着くと、普段なら絶対にそんなことはしないのに、靴を脱いでソファーにぽふっと突っ伏した。
 頭から湯気が出ます……。
 ケトルを乗せればお湯ぐらい余裕で沸かせる気がした。

 頭がおかしくなりそうだった。
 こんな日を忘れられるわけがない。
 状況を察してくれたのか、侍女はわたしをそっとしておいてくれた。

 しばらくすると人が呼びに来て、約束していたドレスの業者が到着したと言った。
 試着をし、細かい最終調整を経て、ついに注文通りのドレスが完成した。
 料理人がパイを焼いてくれていたので、それを添えて陛下にドレス完成の報告を出す。
 ドレス作りに積極的に関わってくれた皆をサロンに呼び、陛下から頂いたお茶を淹れると、小さなお疲れ様会をした。

 夜、日課の日記を書こうとしたけれど、思い出し笑いならぬ思い出し赤面で死にそうになった。
 「ヴィルさんと初めてのお出かけ」としか書けない。それ以上書こうとすると頭がおかしくなりそうで無理だった。
 これはいくらなんでも不甲斐ない。爪痕ぐらいは残そうと、小さなハートマークを書き加えることにした。

 それから数日、フワフワと地に足が着いていない状態で過ごしていた。あまりにホワホワとするので体温を測ったら微熱があった。

 ……キスだけで知恵熱を出していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界から来た娘、武官になるために奮闘する〜相変わらずイケメンに囲まれていますがそれどころじゃありません〜

恋愛
異世界に迷い込んでしまった普通の女子高生だった朱璃も祇国にきて早3年。偶然出会った人たちに助けられ自分の居場所を見つけ出すことが出来た。そしてあたたく支えてくれる人たちの為に、この国の為に恩返しをしたい朱璃が自分に何ができるかと考える。  そんな朱璃の次の目標は「武官になる事」 武修院へ入隊し過保護な保護者たちに見守られながら、あいかわらず無自覚的に問題を起こし、周りを巻き込みながら頑張るシーズン2。  助けてくれた人達は何故かイケメンが多く、モテ期到来!なのだが生きていくことに必死でそれどころではないという残念な娘に成長した朱璃だが(誰のせいかはシーズン1を読んでいただけたら少し分かると思います)今回はちょっぴり春の予感!?  続編遅くなってすみません。待っていて下さった方のご期待に沿えるよう頑張りますが、今回は1週に1話くらいの鈍亀ペースになります。申し訳ありませんがお許し下さい。(事情は近況ボードに少し載せています)  初めましての方。この話だけで分かるように努力しますが拙文の為シーズン1を先に読んでくださることお勧めします。どうぞ宜しくお願いします。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

薬師シンドリは引退したい

睦月はむ
ファンタジー
脇役おじいちゃんのサイドストーリー。 「昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど」の脇役薬師シンドリが、本編でヒロインと出会うまでの裏設定を短編にしました。全8話の短編です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/247251670/135720610 ※表紙はPixAIにて生成した画像です。

転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!

akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。 そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。 ※コメディ寄りです。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...