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第二章 出会い
第44話:金銭感覚
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「リア殿も何か見ていかないか?」と、彼はにこやかに言った。
「では、髪留めを見てもいいですか? 先日、普段使いのものが一つ壊れてしまって」
「私も一緒に選んでいいか?」
「ぜひお願いします」
髪留めのコーナーでコームを差し込んで着けるタイプを彼に見せ、「この形が使いやすい」と伝えた。すると、彼はそれを手に取ってまじまじと見ている。
「なるほどぉ。こういう構造になっているのか。よし、任せてくれ」
ちょうど普段使いのものが壊れて修理に出したばかりだったので、侍女長から「気に入ったものがあったら購入を」と言われていた。
侍女はヘアアレンジの名手で、その技術を余すところなく発揮するには、もっと多くのヘアアクセサリーを必要としている。
そういった事情もあって、今までも何度か買おうと努力はしていた。しかし、候補として宮殿にやってくるものが身の丈に合わない高級品ばかりだったので、わたしの決心がつかず保留になっている。
とにもかくにも、まずはお値段と相談をさせて頂きたい。
わたしの感覚だと普段使いなら日本円で千円ぐらい、よそ行きでも三千円までなのですけれど。
じ……っと値札を見た。
六十八シグ? 百五十八シグ?
ほかにもいくつかあるけれど、これって一体いくらなのだろう。
先日買ったノートが五百円くらいと仮定して計算すると……本日の為替レート(違)は一シグが百五十円くらいだろうか。
ということは、この六十八シグの髪留めは約一万円というところですか。
ふむぅ、なかなかお高いですね。
キラキラの小さな天然石がたくさん付いているせいでしょうか。
「リア殿?」
「はっ、すみませんっ。まだ母国の通貨に換算して考えないと、値段がよく分からなくて」
「ああー、分かる。外国に行くと俺もそうなるよ。普段使いだと、どの辺りだろう? 街歩きをするなら、この百五十シグくらいまでだろうか?」
「はい、そのようです」
我が家で候補に挙げられているものは六千シグ後半だったので、桁が二つも違っていた。
あちらは一つあたり日本円にして百万円弱くらいに相当する。しかも二~三個買おうとしている時点で数百万円の税金が髪留めに使われようとしているわけだ。
しかし、ここで買って帰れば「もうありますので要りません」と却下できる。
安すぎれば「神薙様がそんなものを着けてはいけない」という別の論争の火種になるし、まずはこの誰もが認める名店で一つ買い、皆の反応を見ることにしよう。
一個あたり百万円と一万円の差だと考えたら、相当な節税になる。
善良なるオルランディアの皆さま、誠に勝手ながら、今回は二桁の経費削減でお許し下さい。
今後も金銭感覚は平民レベルを維持し、引き続きコストカットを頑張る所存でございます。
よし。
選びましょう。
店員さんを交えて幾つか候補を選んだ。
そこにヴィルさんが「これも似合う」と言って、次々足してくる。
全部いい。全部が素敵です。
あれ? ついさっき、タイの売り場でも同じようなことを言ったような気がしますね。
「リア殿、これもイイ感じだぞ」
「え? あぅ……あの、ああ、本当ですねぇ。はあー、素敵ですねぇ」
「これもいいなぁー」
「はぅ。そ、そうですねぇー」
次第に収拾がつかなくなった。
わたしもこのお店の罠にはまったかも知れない。
はっ、店員さんが微笑んでいる。
うわあぁぁ、やられた。ここは人を悩ませるお店だー(泣)
「も、もう決められないです……」
「任せてくれ。リア殿を窮地から救うのは私の仕事だ」
わたしを窮地に追い込んでいる張本人が、キラキラスマイルで言った。
彼はひとつひとつ髪留めを手に取り、わたしの髪に近づけては何か呟いている。
「これも似合うな……いや、しかし、こっちもいい」
「リア殿の美しい髪には何でも似合うなぁ」
「まずいぞ……、さっきと立場が逆転していないか?」
「こっちか。いいや、待て、早まるな」
「これか、こっちだ……。やはり最後はこの二択になる」
「よし、最終決定戦を執り行う」
「第一印象は重視するべきだよな。しかし、こちらは……」
トーナメントで勝ち残った二つの髪留めによる優勝決定戦が行われ、ついに勝者が確定した。
彼が選んでくれたのは、花びらのチャームがキラキラと揺れるピンク色のお花の髪留めだった。
髪に付けたときのイメージが分かりやすいよう店員さんが持っていてくれたので、鏡で最終確認をする。
すると、横から「ああ、たまらないなぁ」と、独り言にしてはセクシーすぎる呟きが聞こえてきた。
彼の色気は事前告知か注意喚起が必要なレベルだ。思わず女性店員さんと鏡越しに目を合わせ、二人で赤面した。
もしかして、彼は天然なのでしょうか……。
店員さんが真っ赤な顔で鏡を元の位置に戻していると、天然記念物がまた何か囁き始めた。
「ほかの男の前では付けて欲しくないのだが、これは私の前でだけ着けるというワガママを聞いてもらえるだろうか」
彼はまた髪を一束すくいあげると、わたしの目を見つめたまま、その髪にキスをしてきた。
体がプルプル震えて、彼のエメラルドグリーンの瞳から目が逸らせない。
蛇に睨まれた蛙ならぬ「国宝に追い詰められた平民」だ。
彼の要求を聞くには、もう一つ普段使い用の髪留めを選んで買わなければならないのだけれど、とりあえず頷くしかない。
コクコク頷くと、彼の表情がパッと明るくなった。そして、「ありがとう」と言って、最終選考まで残っていた二つを合わせて店員さんに指定すると、ビュンッと会計へ飛んでいってしまった。
早い。
それに、さっきの白熱した優勝決定戦は一体何だったのでしょうか。
ああ、ヴィルさん。なんて心臓に悪いお方でしょう。
あとで代金を精算して頂かなくては……。
視界の端にオーディンス副団長の姿が見えた。
さらに二人、知っている騎士がお店の中にいるのも分かった。いつの間にか、彼らの顔が見えるとホッとするようになっていた。
「では、髪留めを見てもいいですか? 先日、普段使いのものが一つ壊れてしまって」
「私も一緒に選んでいいか?」
「ぜひお願いします」
髪留めのコーナーでコームを差し込んで着けるタイプを彼に見せ、「この形が使いやすい」と伝えた。すると、彼はそれを手に取ってまじまじと見ている。
「なるほどぉ。こういう構造になっているのか。よし、任せてくれ」
ちょうど普段使いのものが壊れて修理に出したばかりだったので、侍女長から「気に入ったものがあったら購入を」と言われていた。
侍女はヘアアレンジの名手で、その技術を余すところなく発揮するには、もっと多くのヘアアクセサリーを必要としている。
そういった事情もあって、今までも何度か買おうと努力はしていた。しかし、候補として宮殿にやってくるものが身の丈に合わない高級品ばかりだったので、わたしの決心がつかず保留になっている。
とにもかくにも、まずはお値段と相談をさせて頂きたい。
わたしの感覚だと普段使いなら日本円で千円ぐらい、よそ行きでも三千円までなのですけれど。
じ……っと値札を見た。
六十八シグ? 百五十八シグ?
ほかにもいくつかあるけれど、これって一体いくらなのだろう。
先日買ったノートが五百円くらいと仮定して計算すると……本日の為替レート(違)は一シグが百五十円くらいだろうか。
ということは、この六十八シグの髪留めは約一万円というところですか。
ふむぅ、なかなかお高いですね。
キラキラの小さな天然石がたくさん付いているせいでしょうか。
「リア殿?」
「はっ、すみませんっ。まだ母国の通貨に換算して考えないと、値段がよく分からなくて」
「ああー、分かる。外国に行くと俺もそうなるよ。普段使いだと、どの辺りだろう? 街歩きをするなら、この百五十シグくらいまでだろうか?」
「はい、そのようです」
我が家で候補に挙げられているものは六千シグ後半だったので、桁が二つも違っていた。
あちらは一つあたり日本円にして百万円弱くらいに相当する。しかも二~三個買おうとしている時点で数百万円の税金が髪留めに使われようとしているわけだ。
しかし、ここで買って帰れば「もうありますので要りません」と却下できる。
安すぎれば「神薙様がそんなものを着けてはいけない」という別の論争の火種になるし、まずはこの誰もが認める名店で一つ買い、皆の反応を見ることにしよう。
一個あたり百万円と一万円の差だと考えたら、相当な節税になる。
善良なるオルランディアの皆さま、誠に勝手ながら、今回は二桁の経費削減でお許し下さい。
今後も金銭感覚は平民レベルを維持し、引き続きコストカットを頑張る所存でございます。
よし。
選びましょう。
店員さんを交えて幾つか候補を選んだ。
そこにヴィルさんが「これも似合う」と言って、次々足してくる。
全部いい。全部が素敵です。
あれ? ついさっき、タイの売り場でも同じようなことを言ったような気がしますね。
「リア殿、これもイイ感じだぞ」
「え? あぅ……あの、ああ、本当ですねぇ。はあー、素敵ですねぇ」
「これもいいなぁー」
「はぅ。そ、そうですねぇー」
次第に収拾がつかなくなった。
わたしもこのお店の罠にはまったかも知れない。
はっ、店員さんが微笑んでいる。
うわあぁぁ、やられた。ここは人を悩ませるお店だー(泣)
「も、もう決められないです……」
「任せてくれ。リア殿を窮地から救うのは私の仕事だ」
わたしを窮地に追い込んでいる張本人が、キラキラスマイルで言った。
彼はひとつひとつ髪留めを手に取り、わたしの髪に近づけては何か呟いている。
「これも似合うな……いや、しかし、こっちもいい」
「リア殿の美しい髪には何でも似合うなぁ」
「まずいぞ……、さっきと立場が逆転していないか?」
「こっちか。いいや、待て、早まるな」
「これか、こっちだ……。やはり最後はこの二択になる」
「よし、最終決定戦を執り行う」
「第一印象は重視するべきだよな。しかし、こちらは……」
トーナメントで勝ち残った二つの髪留めによる優勝決定戦が行われ、ついに勝者が確定した。
彼が選んでくれたのは、花びらのチャームがキラキラと揺れるピンク色のお花の髪留めだった。
髪に付けたときのイメージが分かりやすいよう店員さんが持っていてくれたので、鏡で最終確認をする。
すると、横から「ああ、たまらないなぁ」と、独り言にしてはセクシーすぎる呟きが聞こえてきた。
彼の色気は事前告知か注意喚起が必要なレベルだ。思わず女性店員さんと鏡越しに目を合わせ、二人で赤面した。
もしかして、彼は天然なのでしょうか……。
店員さんが真っ赤な顔で鏡を元の位置に戻していると、天然記念物がまた何か囁き始めた。
「ほかの男の前では付けて欲しくないのだが、これは私の前でだけ着けるというワガママを聞いてもらえるだろうか」
彼はまた髪を一束すくいあげると、わたしの目を見つめたまま、その髪にキスをしてきた。
体がプルプル震えて、彼のエメラルドグリーンの瞳から目が逸らせない。
蛇に睨まれた蛙ならぬ「国宝に追い詰められた平民」だ。
彼の要求を聞くには、もう一つ普段使い用の髪留めを選んで買わなければならないのだけれど、とりあえず頷くしかない。
コクコク頷くと、彼の表情がパッと明るくなった。そして、「ありがとう」と言って、最終選考まで残っていた二つを合わせて店員さんに指定すると、ビュンッと会計へ飛んでいってしまった。
早い。
それに、さっきの白熱した優勝決定戦は一体何だったのでしょうか。
ああ、ヴィルさん。なんて心臓に悪いお方でしょう。
あとで代金を精算して頂かなくては……。
視界の端にオーディンス副団長の姿が見えた。
さらに二人、知っている騎士がお店の中にいるのも分かった。いつの間にか、彼らの顔が見えるとホッとするようになっていた。
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