上 下
24 / 367
第一章 神薙降臨

第23話:神薙論とは

しおりを挟む
 約二十ページに渡り、オジサンのラストスパートからゴールまでの葛藤と苦労が書かれていた。
 笑ってほしいのか同情してほしいのかよく分からない本だけれども、それなりに収穫はあった。

 先代の神薙は、簡単には『生命の宝珠』を作らなかった。
 これがまかり通ったのならば少子化の謎にも説明がつく。

 『生命の宝珠』は神薙の財産の一つだ。
 必要な手続きと費用さえ用意できれば、夫側の遺伝情報を組み換えることができると聞いている。つまり、夫になれなかった人にも跡継ぎが持てる仕組みとルールは確立されているということだ。
 しかし、そのルールづくりをする段階で「もしも神薙がワガママで意地悪な人物だったら」という想定が抜けていたのかも知れない。
 作らない・あげない・売らないという選択肢ができると、神薙は希少価値を高めて金額を吊り上げ、それ欲しさに寄ってくる人々を支配できてしまう。贅沢が大好きな人だったなら、財をしゃぶり尽くすこともできただろう。

 一斉検挙された魔導師団の家から、国に報告されていない大量の『生命の宝珠』が押収されたという記事が新聞に載っていた。それもこの件と無関係ではない気がする。

 先代の人間性に闇を感じた。
 わたしの視界にまで黒いものが垂れ込めてくるようだった。冷気が広がり、上から黒い霧が降りてくる。同時に床がぐにゃりと上に向かって反り上がってきた。

 ん……? 違う、これは錯覚じゃない。
 わたし、なんだかおかしい。

「あれ?」

 ぐるんと世界が回った。ひどい眩暈を感じて、後ろによろめく。
 あ、倒れる……。
 のぼせ気味のところ、水分補給もせずに突っ立っていたのがまずかったのかも知れない。
 オットットと、体が後ろへ倒れていくので、バランスを取ろうと頑張った。ところが、なまじ部屋が広くて障害物がないため、そのままヨロヨロと後ろに進んでしまう。
 あっ、あぶっ、危ない……ッ!

「リア様!? 誰か! 誰かーっ!」

 侍女長が叫んでいた。
 腰がチェステーブルにぶつかったところで止まったけれど、まだ頭がフラフラとしていた。勢い良くぶつけたところが少し痛い。
「でも、この状況で人は呼びたくない」
 そう思ったときにはもう遅かった。

 部屋の外に立っていたオーディンス副団長が、悲鳴を聞きつけて飛び込んできていた。
 ズバッとわたしの後ろに回り込み、ガバッと抱き上げると、そっとソファーに座らせてくれた。
 体感でわずか数秒。目を見張るようなスピードだった。

「ちょっと待って、この状況で護衛の人達を呼んだら、今すっぴんだし、ガウンは着ているけどナイトドレスだし!」
 ……と思ったときには、もうストンと座っていた(早すぎ)しかも、座らせるときにそっと優しさを添える余裕すらある。

 彼は理解不能な機敏さを持ち、仏像なのに「中の人」がイケメンで、感情が分からない自動応答みたいな喋り方をするくせに、実は優しいのだ。非常にややこしい。
 そんなわけで仏像様にすっぴんを見られました。しくしくしく……

 侍女がグラスに注いでくれたレモン水をグイっと一気に飲み干した。じわっと体に染み込んでいくようだ。あっという間に二杯を飲み干し、さらに三杯目の半分までいった。温泉は入浴前後の水分補給が大事だと痛感する。
「もう大丈夫です。すみません」と、皆にお詫びをした。
 まだ心配そうにしている侍女に手をふりふりして元気をアピールした。ところが、お部屋の中の空気は依然として暗く、ドンヨリと重苦しい。
 あの……皆さん? どうしちゃったの?

 オーディンス副団長はわたしの前に跪いたまま青ざめていた。
 その後ろでは侍女三人が身を寄せ合って一様にションボリ。ドアの前では隊長さんがボーゼンと立ち尽くしている。

「申し訳ありません。あの本のせいで……。すべて私の責任です」
 彼がいつもの無表情を崩し、苦しげに言った。
 本のせい……? まさか、わたしがあの本のせいで倒れたと思っているのかしら。違う違う違う。違いますっ。

「ちょっと長湯し過ぎただけですから、気にしないでくださいね? 大丈夫ですよ、ぜんぜん元気ですのでっ」
「最初に私がお止めしていれば、こんなことには」
「いや、それは違うと思……」
「申し訳ありません」
「平気ですよ? 本当に、本当に」

 なんというか、周りの過保護がわたしを「ただの湯あたり」にしてくれない。
 わたしは本一冊で倒れるような人間ではないのだけれども、とてもとてもナイーブな人だと勘違いされている。

「神薙が退位すると、必ずあのような本が出るのです」と、彼は言った。
「もしかして、暴露本なのですか? あれ」
「そのようなものです」

 なるほど。だから教本でもなく、エッセイにしては上から目線で、何が目的なのかよく分からない日記だったのか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界から来た娘、武官になるために奮闘する〜相変わらずイケメンに囲まれていますがそれどころじゃありません〜

恋愛
異世界に迷い込んでしまった普通の女子高生だった朱璃も祇国にきて早3年。偶然出会った人たちに助けられ自分の居場所を見つけ出すことが出来た。そしてあたたく支えてくれる人たちの為に、この国の為に恩返しをしたい朱璃が自分に何ができるかと考える。  そんな朱璃の次の目標は「武官になる事」 武修院へ入隊し過保護な保護者たちに見守られながら、あいかわらず無自覚的に問題を起こし、周りを巻き込みながら頑張るシーズン2。  助けてくれた人達は何故かイケメンが多く、モテ期到来!なのだが生きていくことに必死でそれどころではないという残念な娘に成長した朱璃だが(誰のせいかはシーズン1を読んでいただけたら少し分かると思います)今回はちょっぴり春の予感!?  続編遅くなってすみません。待っていて下さった方のご期待に沿えるよう頑張りますが、今回は1週に1話くらいの鈍亀ペースになります。申し訳ありませんがお許し下さい。(事情は近況ボードに少し載せています)  初めましての方。この話だけで分かるように努力しますが拙文の為シーズン1を先に読んでくださることお勧めします。どうぞ宜しくお願いします。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

薬師シンドリは引退したい

睦月はむ
ファンタジー
脇役おじいちゃんのサイドストーリー。 「昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど」の脇役薬師シンドリが、本編でヒロインと出会うまでの裏設定を短編にしました。全8話の短編です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/247251670/135720610 ※表紙はPixAIにて生成した画像です。

転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!

akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。 そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。 ※コメディ寄りです。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...