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第一章 神薙降臨
第23話:神薙論とは
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約二十ページに渡り、オジサンのラストスパートからゴールまでの葛藤と苦労が書かれていた。
笑ってほしいのか同情してほしいのかよく分からない本だけれども、それなりに収穫はあった。
先代の神薙は、簡単には『生命の宝珠』を作らなかった。
これがまかり通ったのならば少子化の謎にも説明がつく。
『生命の宝珠』は神薙の財産の一つだ。
必要な手続きと費用さえ用意できれば、夫側の遺伝情報を組み換えることができると聞いている。つまり、夫になれなかった人にも跡継ぎが持てる仕組みとルールは確立されているということだ。
しかし、そのルールづくりをする段階で「もしも神薙がワガママで意地悪な人物だったら」という想定が抜けていたのかも知れない。
作らない・あげない・売らないという選択肢ができると、神薙は希少価値を高めて金額を吊り上げ、それ欲しさに寄ってくる人々を支配できてしまう。贅沢が大好きな人だったなら、財をしゃぶり尽くすこともできただろう。
一斉検挙された魔導師団の家から、国に報告されていない大量の『生命の宝珠』が押収されたという記事が新聞に載っていた。それもこの件と無関係ではない気がする。
先代の人間性に闇を感じた。
わたしの視界にまで黒いものが垂れ込めてくるようだった。冷気が広がり、上から黒い霧が降りてくる。同時に床がぐにゃりと上に向かって反り上がってきた。
ん……? 違う、これは錯覚じゃない。
わたし、なんだかおかしい。
「あれ?」
ぐるんと世界が回った。ひどい眩暈を感じて、後ろによろめく。
あ、倒れる……。
のぼせ気味のところ、水分補給もせずに突っ立っていたのがまずかったのかも知れない。
オットットと、体が後ろへ倒れていくので、バランスを取ろうと頑張った。ところが、なまじ部屋が広くて障害物がないため、そのままヨロヨロと後ろに進んでしまう。
あっ、あぶっ、危ない……ッ!
「リア様!? 誰か! 誰かーっ!」
侍女長が叫んでいた。
腰がチェステーブルにぶつかったところで止まったけれど、まだ頭がフラフラとしていた。勢い良くぶつけたところが少し痛い。
「でも、この状況で人は呼びたくない」
そう思ったときにはもう遅かった。
部屋の外に立っていたオーディンス副団長が、悲鳴を聞きつけて飛び込んできていた。
ズバッとわたしの後ろに回り込み、ガバッと抱き上げると、そっとソファーに座らせてくれた。
体感でわずか数秒。目を見張るようなスピードだった。
「ちょっと待って、この状況で護衛の人達を呼んだら、今すっぴんだし、ガウンは着ているけどナイトドレスだし!」
……と思ったときには、もうストンと座っていた(早すぎ)しかも、座らせるときにそっと優しさを添える余裕すらある。
彼は理解不能な機敏さを持ち、仏像なのに「中の人」がイケメンで、感情が分からない自動応答みたいな喋り方をするくせに、実は優しいのだ。非常にややこしい。
そんなわけで仏像様にすっぴんを見られました。しくしくしく……
侍女がグラスに注いでくれたレモン水をグイっと一気に飲み干した。じわっと体に染み込んでいくようだ。あっという間に二杯を飲み干し、さらに三杯目の半分までいった。温泉は入浴前後の水分補給が大事だと痛感する。
「もう大丈夫です。すみません」と、皆にお詫びをした。
まだ心配そうにしている侍女に手をふりふりして元気をアピールした。ところが、お部屋の中の空気は依然として暗く、ドンヨリと重苦しい。
あの……皆さん? どうしちゃったの?
オーディンス副団長はわたしの前に跪いたまま青ざめていた。
その後ろでは侍女三人が身を寄せ合って一様にションボリ。ドアの前では隊長さんがボーゼンと立ち尽くしている。
「申し訳ありません。あの本のせいで……。すべて私の責任です」
彼がいつもの無表情を崩し、苦しげに言った。
本のせい……? まさか、わたしがあの本のせいで倒れたと思っているのかしら。違う違う違う。違いますっ。
「ちょっと長湯し過ぎただけですから、気にしないでくださいね? 大丈夫ですよ、ぜんぜん元気ですのでっ」
「最初に私がお止めしていれば、こんなことには」
「いや、それは違うと思……」
「申し訳ありません」
「平気ですよ? 本当に、本当に」
なんというか、周りの過保護がわたしを「ただの湯あたり」にしてくれない。
わたしは本一冊で倒れるような人間ではないのだけれども、とてもとてもナイーブな人だと勘違いされている。
「神薙が退位すると、必ずあのような本が出るのです」と、彼は言った。
「もしかして、暴露本なのですか? あれ」
「そのようなものです」
なるほど。だから教本でもなく、エッセイにしては上から目線で、何が目的なのかよく分からない日記だったのか。
笑ってほしいのか同情してほしいのかよく分からない本だけれども、それなりに収穫はあった。
先代の神薙は、簡単には『生命の宝珠』を作らなかった。
これがまかり通ったのならば少子化の謎にも説明がつく。
『生命の宝珠』は神薙の財産の一つだ。
必要な手続きと費用さえ用意できれば、夫側の遺伝情報を組み換えることができると聞いている。つまり、夫になれなかった人にも跡継ぎが持てる仕組みとルールは確立されているということだ。
しかし、そのルールづくりをする段階で「もしも神薙がワガママで意地悪な人物だったら」という想定が抜けていたのかも知れない。
作らない・あげない・売らないという選択肢ができると、神薙は希少価値を高めて金額を吊り上げ、それ欲しさに寄ってくる人々を支配できてしまう。贅沢が大好きな人だったなら、財をしゃぶり尽くすこともできただろう。
一斉検挙された魔導師団の家から、国に報告されていない大量の『生命の宝珠』が押収されたという記事が新聞に載っていた。それもこの件と無関係ではない気がする。
先代の人間性に闇を感じた。
わたしの視界にまで黒いものが垂れ込めてくるようだった。冷気が広がり、上から黒い霧が降りてくる。同時に床がぐにゃりと上に向かって反り上がってきた。
ん……? 違う、これは錯覚じゃない。
わたし、なんだかおかしい。
「あれ?」
ぐるんと世界が回った。ひどい眩暈を感じて、後ろによろめく。
あ、倒れる……。
のぼせ気味のところ、水分補給もせずに突っ立っていたのがまずかったのかも知れない。
オットットと、体が後ろへ倒れていくので、バランスを取ろうと頑張った。ところが、なまじ部屋が広くて障害物がないため、そのままヨロヨロと後ろに進んでしまう。
あっ、あぶっ、危ない……ッ!
「リア様!? 誰か! 誰かーっ!」
侍女長が叫んでいた。
腰がチェステーブルにぶつかったところで止まったけれど、まだ頭がフラフラとしていた。勢い良くぶつけたところが少し痛い。
「でも、この状況で人は呼びたくない」
そう思ったときにはもう遅かった。
部屋の外に立っていたオーディンス副団長が、悲鳴を聞きつけて飛び込んできていた。
ズバッとわたしの後ろに回り込み、ガバッと抱き上げると、そっとソファーに座らせてくれた。
体感でわずか数秒。目を見張るようなスピードだった。
「ちょっと待って、この状況で護衛の人達を呼んだら、今すっぴんだし、ガウンは着ているけどナイトドレスだし!」
……と思ったときには、もうストンと座っていた(早すぎ)しかも、座らせるときにそっと優しさを添える余裕すらある。
彼は理解不能な機敏さを持ち、仏像なのに「中の人」がイケメンで、感情が分からない自動応答みたいな喋り方をするくせに、実は優しいのだ。非常にややこしい。
そんなわけで仏像様にすっぴんを見られました。しくしくしく……
侍女がグラスに注いでくれたレモン水をグイっと一気に飲み干した。じわっと体に染み込んでいくようだ。あっという間に二杯を飲み干し、さらに三杯目の半分までいった。温泉は入浴前後の水分補給が大事だと痛感する。
「もう大丈夫です。すみません」と、皆にお詫びをした。
まだ心配そうにしている侍女に手をふりふりして元気をアピールした。ところが、お部屋の中の空気は依然として暗く、ドンヨリと重苦しい。
あの……皆さん? どうしちゃったの?
オーディンス副団長はわたしの前に跪いたまま青ざめていた。
その後ろでは侍女三人が身を寄せ合って一様にションボリ。ドアの前では隊長さんがボーゼンと立ち尽くしている。
「申し訳ありません。あの本のせいで……。すべて私の責任です」
彼がいつもの無表情を崩し、苦しげに言った。
本のせい……? まさか、わたしがあの本のせいで倒れたと思っているのかしら。違う違う違う。違いますっ。
「ちょっと長湯し過ぎただけですから、気にしないでくださいね? 大丈夫ですよ、ぜんぜん元気ですのでっ」
「最初に私がお止めしていれば、こんなことには」
「いや、それは違うと思……」
「申し訳ありません」
「平気ですよ? 本当に、本当に」
なんというか、周りの過保護がわたしを「ただの湯あたり」にしてくれない。
わたしは本一冊で倒れるような人間ではないのだけれども、とてもとてもナイーブな人だと勘違いされている。
「神薙が退位すると、必ずあのような本が出るのです」と、彼は言った。
「もしかして、暴露本なのですか? あれ」
「そのようなものです」
なるほど。だから教本でもなく、エッセイにしては上から目線で、何が目的なのかよく分からない日記だったのか。
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