昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
上 下
355 / 403
第十六章 騙し騙され

第362話:死の世界

しおりを挟む
 テオとショーンは宰相と剣の話で大盛り上がり。小さな子達はムツさん(文官一号)とお菓子の話。ベルソールさんとサナはゴロウさん(文官二号)と学校の話で盛り上がっているようだ。

 わたしとアレンさんは、皆とは離れた別のテーブルでお茶を頂いていた。すると、彼がふいにこう言った。
「強くなって、今度は自分がリア姉ちゃんを守りたいと言っているそうですよ」
 わたしは「テオがそう言ったのですか?」と質問を返した。

「ロリーが教えてくれました」と言うと、アレンさんは静かにお茶を飲んだ。
「彼女はお喋りですからね。ちょっと聞けば何でも教えてくれます」

 わずか十歳の子にまで「守りたい」と言われてしまう自分が悲しい。

「頼りないですよねぇ……わたし」
「そうではありません。例のパン屋に殴られそうになったとき、あなたが飛び込んできたのが衝撃的だったのでしょう。彼は恩を感じているのですよ」

 テーブルに飾られたお花をぼんやり眺めた。
 あの時のわたしは無策で飛び込むお馬鹿さんだった。そんなわたしごとテオを助けたのはアレンさんだ。目の前であれを見たら、誰でも騎士に憧れる。テオが騎士を目指すのは必然だった。
 花を見たまま吐息をついていると、彼がこちらを覗き込んだ。

「リア様?」
「あ、ごめんなさい……」
「大丈夫ですか?」
「はい……」

 彼はカップを置くと、テーブルの上で指を組んだ。そしてわずかに顎を引くと「玉座の間での話に戻るのですが」と言った。

「陛下の仰っていた『七色の藍』ですが、おそらく確認する手立てはないと思います」
「そうなのですか?」
「陛下の言うとおり『北の地』にそういう人が稀にいるという話は、私も聞いたことがあります。しかし、北の地というのは、主に北大陸のことを指しています」
「え、北大陸って……」

 北大陸。そこは捜索も情報収集も不可能な場所だ。 

「今は一切の生物が存在していない。いまだ燃え続けている場所もある。この世で最も明確に『死』を示している地です」



 わたしがアレンさんから聞いた近代の歴史的事件の中で、最大の衝撃を受けたのが『北大陸の浄化』と呼ばれる出来事だった。

 北大陸には巨大な帝国があり、武力で大陸全土を支配していたそうだ。簡単に言えば、とんでもない独裁者が一人いて、その人が大陸を牛耳って威張りくさっていたということだ。
 しかし民も黙ってはおらず、各地で反帝国軍が次々と乱立した。名前も目的も様々で、抵抗軍・反体制軍・民族解放軍・革命軍など色々とあったらしい。
 帝国は絶えず戦争をしていたそうだ。

 帝国・反帝国、どちらも傲慢さや卑怯なやり方が目についたと言う。争いが長期化すると、国際社会の視線は冷めきっていった。
 ほかの大陸の王や皇帝たちは、徐々に北大陸から手を引き、静観の構えをとった。どちらを支持しても自国の民から批判を受けるからだ。
 オルランディア王国(今のイケオジ陛下)も北の帝国とは仲が悪かったと聞いている。

 欲と憎悪が渦巻く北大陸は、最終的に守護龍による浄化(=すべてを燃やされて焦土になる)という最悪の結末を迎えた。
 長年のゴタゴタで、大陸そのものが孤立していたことから、あまり情報は多くないそうだ。色々あった末、そこへ行きついてしまったらしい。

 個人的には「龍が焦土にした」という点について、少し疑っているところはある。
 大量破壊兵器や大魔法の類が使われたのではないかと思うのだけれども、周りが口を揃えて「龍による浄化だ」と言うので、努めてそのまま受け止めるようにしていた。
 何もかもが丸ごと燃えたというのに、それに起因する環境汚染は起きていないらしい。そう考えると、龍の浄化が正しいのかなぁ……と思わないでもない。

 「大陸の生物が丸ごと死滅した」と伝え聞いただけでも寒気がするのに、アレンさんはお父様に大陸最北端の地まで連れていかれ、燃え盛る炎を見たそうだ。
 教育の一環とは言え、十代には刺激の強すぎる光景だっただろう。さすがの彼も「恐ろしくて震えが止まらなかった」と話していた。
 そんな場所にテオのルーツがあったとしても、もう調査のしようがない。



「北の隣国へ調査員を派遣すれば、北大陸と近いこともあって『七色の藍』に関する噂話くらいは聞けるかも知れません」と、アレンさんは言った。
「しかし現在、の国とは著しく関係が悪化しており、国境は封鎖されています。オルランディアとの国境で戦も続いていますので、今は噂話レベルの調査であっても叶わないでしょう」

 北の隣国との戦争は深刻な問題だった。
 侍女だったマリンのお兄様も、北の国境での戦争で命を落としている。危険すぎて調査なんて無理だ。
 テオの両親が北大陸から逃げてきた難民なら、北の隣国で生きている可能性があるのではないかと思った。しかし、守護龍の怒りを買った土地の民は、不思議と、元いた場所に戻されてから浄化が始まるとアレンさんは言う。浄化の炎からは滅多なことでは逃げられないのだ、と。

「そうなると、テオは北の隣国の出身?」
「その可能性がありますね。戦が終わるのを待ち、隣国を調査することになるかと思います。ただ、実親が見つかる確率は極めて低いでしょう」

 テオ本人は実親のことを何一つ覚えていなかった。意地悪な養父母のことはかすかに記憶がある程度。
 しかし、どういう経緯で実親から養父母に引き渡されたのかは謎のままだった。
 『真実の宝珠』を使って養父母を問い質したものの、彼らも何も覚えていなかった。
「知らないうちに自分の家に孤児がいた。誰かに育てろと言われたのは覚えている」
 それがテオとの出会いだったと言うから皆で驚いた。
 テオの周りには不可解なことが多かった。

「身元がはっきりしない人は、神薙と同じ屋根の下では暮らせないのですよね」と訊くと、アレンさんは頷いた。

「身元が分かっていても、親戚や身近なところに好ましくない人物がいれば一緒には暮らせません。子の養育を放棄したり、それにも関わらず補助金だけ手にしているような人物と縁続きになっている者は、調査終了の宣言と共に宮殿を出されます」

 それを言ったら六人全員がアウト判定だ。

「身元調査中のままにしておき、施設が完成したら引っ越しです。追い出さずに済む手順を踏んでいます」

 子ども達と精神的な距離が縮まる一方で、神薙と彼らの物理的な距離は徐々に広がっていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

食堂の大聖女様〜転生大聖女は実家の食堂を手伝ってただけなのに、なぜか常連客たちが鬼神のような集団になってるんですが?〜

にゃん小春
ファンタジー
魔獣の影響で陸の孤島と化した村に住む少女、ティリスティアーナ・フリューネス。父は左遷された錬金術師で村の治療薬を作り、母は唯一の食堂を営んでいた。代わり映えのしない毎日だが、いずれこの寒村は終わりを迎えるだろう。そんな危機的状況の中、十五歳になったばかりのティリスティアーナはある不思議な夢を見る。それは、前世の記憶とも思える大聖女の処刑の場面だった。夢を見た後、村に奇跡的な現象が起き始める。ティリスティアーナが作る料理を食べた村の老人たちは若返り、強靭な肉体を取り戻していたのだ。 そして、鬼神のごとく強くなってしまった村人たちは狩られるものから狩るものへと代わり危機的状況を脱して行くことに!? 滅びかけた村は復活の兆しを見せ、ティリスティアーナも自らの正体を少しずつ思い出していく。 しかし、村で始まった異変はやがて自称常識人である今世は静かに暮らしたいと宣うティリスティアーナによって世界全体を巻き込む大きな波となって広がっていくのであった。 2025/1/25(土)HOTランキング1位ありがとうございます!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろうでも公開しています。 2025年1月18日、内容を一部修正しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...