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第十五章 新人類
第340話:笑いすぎ
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「クレアは『真実の愛』の相手であり、決して浮気相手などではございません!」
浮気相手に本気になったら、それは浮気ではない。どこかで聞いたことのある主張だけれども、ただの屁理屈だ。
わたしは眉尻を下げて同情的な顔を作った。
「まあ、お可哀想に……オポンチン様のご自宅には辞書がないのですね? でも、ご安心ください。わたくし達がお教えいたしますわ」
わたしはピコっと人差し指を立てた。
「交際中、婚約中、もしくは婚姻関係のあるときに、別の方とお付き合いなさることを『浮気』と言いますのよ。どなたか紙に書いて差し上げてください」
オポンチンさんの後ろにいたアレンさんは「では私が」と言うと、手帳にサラサラとメモをした。そのページを破り取り、後ろからオポンチンさんにグシャッと押しつける。そして、すぐさま下を向き、口元を押さえて肩を上下に震わせた。
ヴィルさんは先程から咳払いが止まらない。
周りにバレていないのでギリギリセーフなのだけれども……二人とも笑いすぎですよっ(笑)
わたしは先生から習った『お貴族様ツッコミ』の法則を厳格に守って神薙様らしく振舞っているだけ。不慣れな分、多少面白くなっちゃっているかも知れないけれども、穏便に済ませようと努力をしている。
この「書いて教えてあげる」は、オルランディア貴族の皮肉でよく使われる手法だと聞いた。
王宮の入り口近くにある通称「アホウの柱」は、かつて誰かが皮肉を込めてアホの定義を書いた柱で、今では待ち合わせ場所として有名だ。
皆、気合いで耐えるのですよ。間違えても大笑いなどしないように。
オポンチンさんは顔を赤らめながら押しつけられたメモをポケットに押し込むと、一つ咳払いをして気を取り直した。
「実はクレアは、まだ淑女教育を受けておりませんので……」
「そうでしたか。つまり、教わっていなければ何をしても良いと仰るわけですね?」
「え……?」
「法を知らぬ者は無実の人を殺しても許されるべきであり、それを裁いている王のほうが間違えていると仰りたいのですね? とても斬新な視点ですわ」
今宵のわたしにはニッコリ社製の最新式スーパーポジティブ・エンジンが搭載されております。この調子でポジティブな皮肉芸を極めるべく精進する所存でございます。
「帰りに王宮へ寄り、オポンチン様からの進言を、わたくしの養父である陛下へお伝えすることに致しましょう」
「いえ! いいえ! もっ、申し訳ございません! どうか、どうかお許しくださいッ! クレアには私から良く言い聞かせますので!」
ふう……肩がこってしまいますわ。
「お連れ様の口の利き方と態度は非常識で良くないですよ」からの「ごめんなさい」
この二言で済むはずのことが、お貴族様流だと果てしなく長い。
浮気相手が「ねえ、ロフ、なんで謝ってんの?」と小声で言ったけれども、オポンチンさんは聞こえないフリをしていた。
「真実の愛はどうしました?」というツッコミは心の中だけにしてあげよう(もう面倒くさいわ)
☟
「ところで、わたくしに何かご用でしょうか?」と訊いた。
オポンチンさんは目を輝かせ、先程の「元婚約者の不敬について詫びたい」という台詞を、一言一句変えずに繰り返す。
まるで事前に暗記でもしてきたかのようで気味が悪い。しかも、それが神薙への「用」だと言われると、ますます意味が分からなかった。
彼はどうしてもエルデン伯令嬢の話を蒸し返したいようだ。
彼女が暴言を吐いた事件は何か月も前のこと。毎日が目まぐるしいせいか記憶があまり鮮明でなくなってきている。彼女からは三つほど失礼な単語を言われた気がするけれども、記憶に残っているのは「淫乱」だけだった。
どちらかというと、王宮で会った毒親の印象が強烈だったので「親ガチャでハズレを引いた可哀想な令嬢」という印象のほうが勝っている。
彼がしつこく蒸し返すのは、そこをきっかけに何か話したいことがあるからだろう。だいたい内容の想像はつくけれども、それを聞いてしまうと「穏便に」などと言っていられなくなる可能性が高いので、あまり気が進まない。
「エルデン伯令嬢とお話をしたのは、お二人が婚約される前のことです。あなたは無関係であり、謝罪の必要はございませんわ」
わたしは無表情で答えた。
「大変な不敬を……」
「不敬罪は親告しておりませんし、彼女の発言は気にも留めておりませんのよ」
「しかし、あの女は……!」
オポンチンさんが言いかけたところで、後ろからアレンさんの腕が伸び、彼の首根っこを掴んだ。
「誰が誰に口ごたえをしている」
わたしの風神様はドスの利いた声で言った(む、むちゃくちゃ怖いですわっ。泣)
馬鹿なオポンチンさんね。アレンさんを怒らせると突風が吹いて何もかも吹き飛ばされて破壊されるのですよ?
ここの調度品の弁償なんてしたら、わたしのおサイフはすっからかんになります。気をつけて頂きたいわ(ぷんっ)
オポンチンさんが蚊の鳴くような声で「モウシワケゴザイマセン」と言うと、アレンさんは彼を睨みつけてから手を離した。
「参考までにお伺いしますけれども、つい今しがたまで婚約者だった女性を『あの女』呼ばわりするのがオルランディア紳士の正しい振る舞いでしたかしら?」
周りに尋ねると、皆一斉に首を横に振った。
オポンチンさんは目を泳がせながら「もう無関係な相手となりましたので」と言う。
「では、わたくしのことも『あの女』とお呼びになるのですね?」
「えっ?」
「わたくしとあなたは永久に無関係ですもの」
「そっ、そのようなことはございません! 私は深い繋がりを持てれば、と考えております!」
「心から遠慮させて頂きますわ。わたしの側仕えを怒らせるような人とは仲良くなれませんので」
「そ、それは……」
「謝罪は心を込めるのが大切ですわ」
「は……」
「誰かの代わりに謝るならば、なおさら心が重要になりますわよね?」
「わ、私は心を込めて……」
「心を込めて、人前で彼女に恥をかかせ、ご親戚が主催する舞踏会を台無しにしながら、盛大にお別れをなさったのですか?」
「そ、それは……」
「ところで、どうしてこのような場所で外套など羽織っていらっしゃるのですか? うふふ」
またヴィルさんがエホン、エホンと咳払いをした。
オポンチンさんの背後に立っているアレンさんは、どうせ見えないからとお腹を押さえて痙攣している。
その隣でヴァーゲンザイル侯は顔面蒼白、さらに隣の夫人は両手で口元を押さえて震えていた。
しかし、オポンチンさんは更なる迷走を始めた。
浮気相手に本気になったら、それは浮気ではない。どこかで聞いたことのある主張だけれども、ただの屁理屈だ。
わたしは眉尻を下げて同情的な顔を作った。
「まあ、お可哀想に……オポンチン様のご自宅には辞書がないのですね? でも、ご安心ください。わたくし達がお教えいたしますわ」
わたしはピコっと人差し指を立てた。
「交際中、婚約中、もしくは婚姻関係のあるときに、別の方とお付き合いなさることを『浮気』と言いますのよ。どなたか紙に書いて差し上げてください」
オポンチンさんの後ろにいたアレンさんは「では私が」と言うと、手帳にサラサラとメモをした。そのページを破り取り、後ろからオポンチンさんにグシャッと押しつける。そして、すぐさま下を向き、口元を押さえて肩を上下に震わせた。
ヴィルさんは先程から咳払いが止まらない。
周りにバレていないのでギリギリセーフなのだけれども……二人とも笑いすぎですよっ(笑)
わたしは先生から習った『お貴族様ツッコミ』の法則を厳格に守って神薙様らしく振舞っているだけ。不慣れな分、多少面白くなっちゃっているかも知れないけれども、穏便に済ませようと努力をしている。
この「書いて教えてあげる」は、オルランディア貴族の皮肉でよく使われる手法だと聞いた。
王宮の入り口近くにある通称「アホウの柱」は、かつて誰かが皮肉を込めてアホの定義を書いた柱で、今では待ち合わせ場所として有名だ。
皆、気合いで耐えるのですよ。間違えても大笑いなどしないように。
オポンチンさんは顔を赤らめながら押しつけられたメモをポケットに押し込むと、一つ咳払いをして気を取り直した。
「実はクレアは、まだ淑女教育を受けておりませんので……」
「そうでしたか。つまり、教わっていなければ何をしても良いと仰るわけですね?」
「え……?」
「法を知らぬ者は無実の人を殺しても許されるべきであり、それを裁いている王のほうが間違えていると仰りたいのですね? とても斬新な視点ですわ」
今宵のわたしにはニッコリ社製の最新式スーパーポジティブ・エンジンが搭載されております。この調子でポジティブな皮肉芸を極めるべく精進する所存でございます。
「帰りに王宮へ寄り、オポンチン様からの進言を、わたくしの養父である陛下へお伝えすることに致しましょう」
「いえ! いいえ! もっ、申し訳ございません! どうか、どうかお許しくださいッ! クレアには私から良く言い聞かせますので!」
ふう……肩がこってしまいますわ。
「お連れ様の口の利き方と態度は非常識で良くないですよ」からの「ごめんなさい」
この二言で済むはずのことが、お貴族様流だと果てしなく長い。
浮気相手が「ねえ、ロフ、なんで謝ってんの?」と小声で言ったけれども、オポンチンさんは聞こえないフリをしていた。
「真実の愛はどうしました?」というツッコミは心の中だけにしてあげよう(もう面倒くさいわ)
☟
「ところで、わたくしに何かご用でしょうか?」と訊いた。
オポンチンさんは目を輝かせ、先程の「元婚約者の不敬について詫びたい」という台詞を、一言一句変えずに繰り返す。
まるで事前に暗記でもしてきたかのようで気味が悪い。しかも、それが神薙への「用」だと言われると、ますます意味が分からなかった。
彼はどうしてもエルデン伯令嬢の話を蒸し返したいようだ。
彼女が暴言を吐いた事件は何か月も前のこと。毎日が目まぐるしいせいか記憶があまり鮮明でなくなってきている。彼女からは三つほど失礼な単語を言われた気がするけれども、記憶に残っているのは「淫乱」だけだった。
どちらかというと、王宮で会った毒親の印象が強烈だったので「親ガチャでハズレを引いた可哀想な令嬢」という印象のほうが勝っている。
彼がしつこく蒸し返すのは、そこをきっかけに何か話したいことがあるからだろう。だいたい内容の想像はつくけれども、それを聞いてしまうと「穏便に」などと言っていられなくなる可能性が高いので、あまり気が進まない。
「エルデン伯令嬢とお話をしたのは、お二人が婚約される前のことです。あなたは無関係であり、謝罪の必要はございませんわ」
わたしは無表情で答えた。
「大変な不敬を……」
「不敬罪は親告しておりませんし、彼女の発言は気にも留めておりませんのよ」
「しかし、あの女は……!」
オポンチンさんが言いかけたところで、後ろからアレンさんの腕が伸び、彼の首根っこを掴んだ。
「誰が誰に口ごたえをしている」
わたしの風神様はドスの利いた声で言った(む、むちゃくちゃ怖いですわっ。泣)
馬鹿なオポンチンさんね。アレンさんを怒らせると突風が吹いて何もかも吹き飛ばされて破壊されるのですよ?
ここの調度品の弁償なんてしたら、わたしのおサイフはすっからかんになります。気をつけて頂きたいわ(ぷんっ)
オポンチンさんが蚊の鳴くような声で「モウシワケゴザイマセン」と言うと、アレンさんは彼を睨みつけてから手を離した。
「参考までにお伺いしますけれども、つい今しがたまで婚約者だった女性を『あの女』呼ばわりするのがオルランディア紳士の正しい振る舞いでしたかしら?」
周りに尋ねると、皆一斉に首を横に振った。
オポンチンさんは目を泳がせながら「もう無関係な相手となりましたので」と言う。
「では、わたくしのことも『あの女』とお呼びになるのですね?」
「えっ?」
「わたくしとあなたは永久に無関係ですもの」
「そっ、そのようなことはございません! 私は深い繋がりを持てれば、と考えております!」
「心から遠慮させて頂きますわ。わたしの側仕えを怒らせるような人とは仲良くなれませんので」
「そ、それは……」
「謝罪は心を込めるのが大切ですわ」
「は……」
「誰かの代わりに謝るならば、なおさら心が重要になりますわよね?」
「わ、私は心を込めて……」
「心を込めて、人前で彼女に恥をかかせ、ご親戚が主催する舞踏会を台無しにしながら、盛大にお別れをなさったのですか?」
「そ、それは……」
「ところで、どうしてこのような場所で外套など羽織っていらっしゃるのですか? うふふ」
またヴィルさんがエホン、エホンと咳払いをした。
オポンチンさんの背後に立っているアレンさんは、どうせ見えないからとお腹を押さえて痙攣している。
その隣でヴァーゲンザイル侯は顔面蒼白、さらに隣の夫人は両手で口元を押さえて震えていた。
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