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第十四章 少年
第319話:高い高い
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教会の中は空気がひんやりとしていた。
ぶ厚い石造りのせいなのか、外よりも気温が二~三度低いように思える。
正面奥に大地の龍、左に神狼、右に西の聖女様の像があった。長いストレートヘアで線の細い美しい人のようだ。
龍よりも高い位置に神のシンボルがあった。
思っていたとおり太陽神だ。いつも見ている隣り合った二つの太陽がシンボル化されている。
三使徒の力関係も分かりやすい。神と最も近いのが守護龍で、その両脇に神狼と聖女という立ち位置だった。
かつて神聖な場だったであろうその場所は、ほとんどの長椅子が壁に押しつけられていた。その一部はベッドや物置として使われているようだ。
椅子をどかして作った広いスペースが子ども達の遊び場。小さなおもちゃが二つほど転がっていた。
庭に出る裏口近くに作業用の大きなテーブルが置かれており、たらいとまな板、包丁が置いてあった。どうやらそこが即席のキッチンになっているようだ。
よし、やりますか。
「よい子の皆さん、こんにちは。わたしの名前はリアです。今からご飯を作りたいと思います。お手伝いしてくれる人はいますかー?」
小さな子どもたちがキラキラした目で「するー!」と言ってくれた。
ええ子達や……(涙)
「よーし、全員こちらに手を出せ」
ヴィルさんが子ども達に浄化魔法をかけていくと、服まで綺麗になった。
彼らは「魔法だ!」「うわーすごい!」と大はしゃぎ。
しかし、サナはテオの腕を引っ張って小声で何かコソコソ話していた。
テオがアレンさんを指差して「あの人もそうだよ?」と返すと、彼女は「バカ!」と言って、慌ててその指を引っ込めさせた。
どうやら彼女は「魔法を使う人は天人族だ」ということが分かっているようだ。
お手伝いができるのはテオとサナ、それと彼らより少し年下の二人だ。
見るからに幼児という感じの二人(彼らはおそらく双子)もやる気はあったものの、サナが戦力外通告をしていた。
たらいに水を入れ、お手伝い組にキャベツや人参の洗い方や、玉ねぎの皮むき作業を教えていく。包丁を使う作業はわたしの担当だ。
背の低い彼らが踏み台にしているのは、かつて神聖なものが置かれていたであろう木の飾り台であったり、おそらく神聖でありがたい教えがたっぷりと書かれているであろう高そうな本だったりした。
彼らが毎食お腹いっぱいまで満たされている子たちだったなら「本や大切なものを踏んではいけないよ」と教えるところだけれども……子ども達が生きるためだ。今は足げにしても神様は目をつぶってくださるだろう。
お兄ちゃんのテオには庭での火起こしと、お湯を沸かす仕事を頼んだ。
ヴィルさんは外套を外して長椅子に放り投げると「様子を見てくる」と言って庭へ出ていった。
まだ調理のお手伝いができないキッズは、アレンさんに遊んでもらうことにしたようだ。
アレンさんが子ども好きなのは意外で、子どもに話しかけるときの笑顔が尊い……。
彼に「高い高い」をしてもらった男児も「もう一回、もう一回」とアンコールが止まらない。
なにせ王国でトップクラスの「高い高い」だ。物理的な高さもさることながら、彼の後ろには母親である西の聖女様の像がある。慈愛の象徴であるお母様に似た微笑みを浮かべながらの「高い高い」は得も言われぬ神聖さがあった。
「ここに神様はいない」とテオは言ったけれども、西の聖女様に繋がる人は来ているよ、テオが連れてきたんだよ、と教えてあげたくなる。
ヴィルさんが顔を出して「薪の在庫が思っていたより少ない」と教えてくれた。
煮込む時間を短くするためにスープに入れる野菜は普段より小さくカットし、大鍋に入れて軽く塩揉みしておくことにした。しんなりさせて火の通りを早める省エネ対策だ。野菜から出た水分ごと煮ればうまみも逃げず、美味しいスープができる。
「そろそろ火を点けるぞー」
「はーい」
サナ達と必要な食材を持って庭に出ると、そこは草と塀に囲まれた『四角い野原』だった。
焚火台の他に大きなテーブルとたくさんの椅子、それから薪割りをするための台があった。
外なのに開放感に乏しいのは伸び放題になった雑草のせいだろう。護衛の団員たちが草むしりに精を出していたけれども、何時間もかけてやらないと綺麗にならないかも知れない。
隊長さんがテオに鉈を使って薪を割る方法を教えていた。
ヴィルさんいわく「力のない子どもに斧は向かない」とのことで、効率の良い方法を教えているそうだ。
「一番の問題は水だ。この区画は下水道こそ通っているが上水道がない。おそらく競技場建設計画と一緒に頓挫したのだと思う」
「中に汲み置きのお水がありましたけれど、あれは?」
「ここから数百メートルの場所に井戸がある。生活用水まで含めると何往復もしなければ六人分の水は手に入らない。テオは薪割りと水の調達で一日の大半を過ごしているようだ」
「そんな……」
「今、部下が井戸を調べに行っている。帰る直前に魔法で水を貯めてやるから、明日の分までは問題ない」
彼は魔法で小枝に火を点けると薪の位置を調整し、サナに話しかけた。
「サナと言ったな」
「は、はい……」
「リアの料理は美味くて愛好者が大勢いる。食材は山ほどあるし、甘い果物と菓子もある。全員に遠慮せず腹いっぱい食べるよう伝えてくれ」
「……はいっ! ありがとうございます!」
サナは嬉しそうにテオのところへ走っていった。
火がちょうど良い大きさになったので、フライパンを火にかけ、カットしておいた塩漬けの豚肉をしっかりと焼きつけた。それを大鍋に入れて水を加え、火にかける。
パチパチと薪が弾ける音が耳に心地良い。
ヴィルさんは火の面倒を見ながら、わたしを手招きしてコソッと耳打ちした。
「サナには近づきすぎないようにしてくれ。他の子は見るからに孤児だが、あの娘は教育を受けた気配がある」
「まさか家出?」
「それ以外の可能性もある。親が借金を作って……という話はよくあるだろう? 調査が終わるまで、子ども達とは適切な距離を保って欲しい」
「分かりました」
ぶ厚い石造りのせいなのか、外よりも気温が二~三度低いように思える。
正面奥に大地の龍、左に神狼、右に西の聖女様の像があった。長いストレートヘアで線の細い美しい人のようだ。
龍よりも高い位置に神のシンボルがあった。
思っていたとおり太陽神だ。いつも見ている隣り合った二つの太陽がシンボル化されている。
三使徒の力関係も分かりやすい。神と最も近いのが守護龍で、その両脇に神狼と聖女という立ち位置だった。
かつて神聖な場だったであろうその場所は、ほとんどの長椅子が壁に押しつけられていた。その一部はベッドや物置として使われているようだ。
椅子をどかして作った広いスペースが子ども達の遊び場。小さなおもちゃが二つほど転がっていた。
庭に出る裏口近くに作業用の大きなテーブルが置かれており、たらいとまな板、包丁が置いてあった。どうやらそこが即席のキッチンになっているようだ。
よし、やりますか。
「よい子の皆さん、こんにちは。わたしの名前はリアです。今からご飯を作りたいと思います。お手伝いしてくれる人はいますかー?」
小さな子どもたちがキラキラした目で「するー!」と言ってくれた。
ええ子達や……(涙)
「よーし、全員こちらに手を出せ」
ヴィルさんが子ども達に浄化魔法をかけていくと、服まで綺麗になった。
彼らは「魔法だ!」「うわーすごい!」と大はしゃぎ。
しかし、サナはテオの腕を引っ張って小声で何かコソコソ話していた。
テオがアレンさんを指差して「あの人もそうだよ?」と返すと、彼女は「バカ!」と言って、慌ててその指を引っ込めさせた。
どうやら彼女は「魔法を使う人は天人族だ」ということが分かっているようだ。
お手伝いができるのはテオとサナ、それと彼らより少し年下の二人だ。
見るからに幼児という感じの二人(彼らはおそらく双子)もやる気はあったものの、サナが戦力外通告をしていた。
たらいに水を入れ、お手伝い組にキャベツや人参の洗い方や、玉ねぎの皮むき作業を教えていく。包丁を使う作業はわたしの担当だ。
背の低い彼らが踏み台にしているのは、かつて神聖なものが置かれていたであろう木の飾り台であったり、おそらく神聖でありがたい教えがたっぷりと書かれているであろう高そうな本だったりした。
彼らが毎食お腹いっぱいまで満たされている子たちだったなら「本や大切なものを踏んではいけないよ」と教えるところだけれども……子ども達が生きるためだ。今は足げにしても神様は目をつぶってくださるだろう。
お兄ちゃんのテオには庭での火起こしと、お湯を沸かす仕事を頼んだ。
ヴィルさんは外套を外して長椅子に放り投げると「様子を見てくる」と言って庭へ出ていった。
まだ調理のお手伝いができないキッズは、アレンさんに遊んでもらうことにしたようだ。
アレンさんが子ども好きなのは意外で、子どもに話しかけるときの笑顔が尊い……。
彼に「高い高い」をしてもらった男児も「もう一回、もう一回」とアンコールが止まらない。
なにせ王国でトップクラスの「高い高い」だ。物理的な高さもさることながら、彼の後ろには母親である西の聖女様の像がある。慈愛の象徴であるお母様に似た微笑みを浮かべながらの「高い高い」は得も言われぬ神聖さがあった。
「ここに神様はいない」とテオは言ったけれども、西の聖女様に繋がる人は来ているよ、テオが連れてきたんだよ、と教えてあげたくなる。
ヴィルさんが顔を出して「薪の在庫が思っていたより少ない」と教えてくれた。
煮込む時間を短くするためにスープに入れる野菜は普段より小さくカットし、大鍋に入れて軽く塩揉みしておくことにした。しんなりさせて火の通りを早める省エネ対策だ。野菜から出た水分ごと煮ればうまみも逃げず、美味しいスープができる。
「そろそろ火を点けるぞー」
「はーい」
サナ達と必要な食材を持って庭に出ると、そこは草と塀に囲まれた『四角い野原』だった。
焚火台の他に大きなテーブルとたくさんの椅子、それから薪割りをするための台があった。
外なのに開放感に乏しいのは伸び放題になった雑草のせいだろう。護衛の団員たちが草むしりに精を出していたけれども、何時間もかけてやらないと綺麗にならないかも知れない。
隊長さんがテオに鉈を使って薪を割る方法を教えていた。
ヴィルさんいわく「力のない子どもに斧は向かない」とのことで、効率の良い方法を教えているそうだ。
「一番の問題は水だ。この区画は下水道こそ通っているが上水道がない。おそらく競技場建設計画と一緒に頓挫したのだと思う」
「中に汲み置きのお水がありましたけれど、あれは?」
「ここから数百メートルの場所に井戸がある。生活用水まで含めると何往復もしなければ六人分の水は手に入らない。テオは薪割りと水の調達で一日の大半を過ごしているようだ」
「そんな……」
「今、部下が井戸を調べに行っている。帰る直前に魔法で水を貯めてやるから、明日の分までは問題ない」
彼は魔法で小枝に火を点けると薪の位置を調整し、サナに話しかけた。
「サナと言ったな」
「は、はい……」
「リアの料理は美味くて愛好者が大勢いる。食材は山ほどあるし、甘い果物と菓子もある。全員に遠慮せず腹いっぱい食べるよう伝えてくれ」
「……はいっ! ありがとうございます!」
サナは嬉しそうにテオのところへ走っていった。
火がちょうど良い大きさになったので、フライパンを火にかけ、カットしておいた塩漬けの豚肉をしっかりと焼きつけた。それを大鍋に入れて水を加え、火にかける。
パチパチと薪が弾ける音が耳に心地良い。
ヴィルさんは火の面倒を見ながら、わたしを手招きしてコソッと耳打ちした。
「サナには近づきすぎないようにしてくれ。他の子は見るからに孤児だが、あの娘は教育を受けた気配がある」
「まさか家出?」
「それ以外の可能性もある。親が借金を作って……という話はよくあるだろう? 調査が終わるまで、子ども達とは適切な距離を保って欲しい」
「分かりました」
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