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第十四章 少年
第313話:別の提案
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人知れずお仕置きをするという手もあった。
最近わたしは敵を知るために呪符のお勉強もしているので、店主を特別な呪符で縛れば、個人的なお仕置きは可能だ。
相手がパン屋さんなので、陽気に手拍子をしながら「朝はパン、パンパパン」と、踊り続けてしまう呪符なんてどうだろう? 題して『朝パン踊りの呪符』だ。
うーん……でも、単に朝市に現れる面白いオジサンが一人でき上がるだけかしら。
それで更生できるのかと言われると多分ムリ。
こめかみをグリグリと押した。
まずは被害者の意見も聞いてみよう。
わたしなら絶対に要らないと答えるけれども、あの少年がパンの慰謝料(?)を喜ぶ可能性もある。
ひとまず、あの子と話をしよう。
振り返ると、すぐ後ろに少年がいた。
アレンさんと一緒に近くへ来ていた彼は、またポケットに片手を突っ込んで大事なお金を握りしめている。
「あ、もしかして聞こえていた?」と聞くと、少年は「うん」と答えた。
「ど、どう思う……?」
彼は口をへの字にして眉を下げると、ふるふると首を横に振った。
「オレ、こんなだし慣れてる。だからいい」
「慣れている」という言葉に、胸がチクリと痛んだ。
彼の瞳もお喋りだ。店主を睨みつけている。これは彼なりの皮肉だ。
「慣れているけど許しているわけじゃない。だからアイツの施しなんか要らない」というのが本音だろう。
彼の毅然とした態度を見て、アレンさんが微笑を浮かべた。
念のために「要らない?」と確認をした。
彼はわたしをまっすぐ見て「要らない」と答えた。
誇りを持っていることが彼にとって良いことなのかどうかは様々な解釈があると思う。小さいのにエライ、タフな状況なのにスゴイと褒める人もいれば、その誇りが逆に彼の生活を困難にしていると考える人もいるだろう。
わたしは変な安堵感を覚えていた。
パンを受け取らないのなら、この少年に別の提案ができる。
ヴィルさんが小声で「こちらは俺の専門だ。任せろ」と言ってくれたので、わたしはそのまま少年に新しい提案をした。
「ねえ、このお店のことは忘れて、わたしと一緒に他のパン屋さんでお買い物をしない? もっと親切で、安くて、美味しいところを知っているの」
「もっと安い?」と、少年は興味を示した。
「うん。量も多くてね? もっと色んな種類のパンがあるし、ここよりもずっとお得なの。お菓子も売っていて、どれを食べても美味しいの。一緒に行きましょう?」
「い、行く!」
「じゃあ、はぐれないように手を繋いでいきましょうね」
わたしが手を出すと、少年は「ちょっと待って」と言ってズボンでゴシゴシ擦ってから手を出した。
パン屋の店主に思い切り掴まれた手首には、赤く指の跡がついていた。
くそう、許せませんっ……。
「ねえ、お金、ずっと握っているの?」
「あー。ポケットが両方破れてて」
「そうだったのね。どれどれ?」
彼のポケットを探ると五百円玉硬貨でも落ちてしまいそうなほど大きな穴が開いていた。
わたしは自分のハンカチを広げて折り紙でコップを作るときの要領で即席のお財布を作ると、そこに小銭を入れて彼のポケットにしまった。
ようやく両手がフリーになった少年と、しっかり手を繋ぐ。
ガサガサとした手が彼の日常のタフさを物語っていた。
ヴィルさんに目配せをすると、彼はそれまで目深にかぶっていた帽子を上にずらして店主に話しかけた。
身分を隠したままでは店主を捕らえられないため、意図的に身バレをさせたのだ。
近距離かつ正面からヴィルさんの目を見た人は、かなり高確率で王族だと分かる。
店主は彼の顔を見るなり「は、あっ!」と声を発して体を硬直させた。
高位の貴族に対しては恐怖で身がすくむ仕様になっているようだ。
「私が誰か分かるか」と、ヴィルさんは低い声で言った。
店主は怯えと期待が入り混じったような目でコクコクと頷く。
「では、お前がうるさい女呼ばわりした私の妻が誰なのかも分かるな?」
彼の二つ目の質問が終わる前に、店主は泣き出した。
「たいったたたい、も、も、も……っしわ……」
「分かっていながら、膝を折らずに突っ立っているのだな?」
「はあっ、アヒ、もっもっももうしっ、もっ……」
「今さら遅い!」
「かっかっかかっ……にんッ……」
ニンッ?
忍びかな?
店主は泣きながらじりじりと後ずさりをしていて跪くことはなかった。むしろ隙を見て逃げ出そうとしているように見える。
「未成年者への暴行未遂でお前を捕らえる」
「待ってくれ! いや、待って、ください。俺は何もしていません!」
「私は一部始終を見ていた。言い逃れはできん」
「誰が見てもあのガキが盗んだと思いますよ!」
「妻はそう思わなかったから止めに入っている」
「それは、あの女が人じゃないからだろ!」
この世界で神薙と聖女は「生き神」に分類されていて、一応「人」としては認識されているものの、生物学上は「人類」の枠に入っていない(※学問として研究はしません、という意味らしい)
気にしてるのに、気にしているのにぃぃぃ。
わたしだって前の世界では人類だったのですよぉぉー(ぷんっ)
苦し紛れの一言かも知れないけれども「人じゃない」は余計だった。
わたしは菩薩ではないので法的手段に出ることもある。
最近わたしは敵を知るために呪符のお勉強もしているので、店主を特別な呪符で縛れば、個人的なお仕置きは可能だ。
相手がパン屋さんなので、陽気に手拍子をしながら「朝はパン、パンパパン」と、踊り続けてしまう呪符なんてどうだろう? 題して『朝パン踊りの呪符』だ。
うーん……でも、単に朝市に現れる面白いオジサンが一人でき上がるだけかしら。
それで更生できるのかと言われると多分ムリ。
こめかみをグリグリと押した。
まずは被害者の意見も聞いてみよう。
わたしなら絶対に要らないと答えるけれども、あの少年がパンの慰謝料(?)を喜ぶ可能性もある。
ひとまず、あの子と話をしよう。
振り返ると、すぐ後ろに少年がいた。
アレンさんと一緒に近くへ来ていた彼は、またポケットに片手を突っ込んで大事なお金を握りしめている。
「あ、もしかして聞こえていた?」と聞くと、少年は「うん」と答えた。
「ど、どう思う……?」
彼は口をへの字にして眉を下げると、ふるふると首を横に振った。
「オレ、こんなだし慣れてる。だからいい」
「慣れている」という言葉に、胸がチクリと痛んだ。
彼の瞳もお喋りだ。店主を睨みつけている。これは彼なりの皮肉だ。
「慣れているけど許しているわけじゃない。だからアイツの施しなんか要らない」というのが本音だろう。
彼の毅然とした態度を見て、アレンさんが微笑を浮かべた。
念のために「要らない?」と確認をした。
彼はわたしをまっすぐ見て「要らない」と答えた。
誇りを持っていることが彼にとって良いことなのかどうかは様々な解釈があると思う。小さいのにエライ、タフな状況なのにスゴイと褒める人もいれば、その誇りが逆に彼の生活を困難にしていると考える人もいるだろう。
わたしは変な安堵感を覚えていた。
パンを受け取らないのなら、この少年に別の提案ができる。
ヴィルさんが小声で「こちらは俺の専門だ。任せろ」と言ってくれたので、わたしはそのまま少年に新しい提案をした。
「ねえ、このお店のことは忘れて、わたしと一緒に他のパン屋さんでお買い物をしない? もっと親切で、安くて、美味しいところを知っているの」
「もっと安い?」と、少年は興味を示した。
「うん。量も多くてね? もっと色んな種類のパンがあるし、ここよりもずっとお得なの。お菓子も売っていて、どれを食べても美味しいの。一緒に行きましょう?」
「い、行く!」
「じゃあ、はぐれないように手を繋いでいきましょうね」
わたしが手を出すと、少年は「ちょっと待って」と言ってズボンでゴシゴシ擦ってから手を出した。
パン屋の店主に思い切り掴まれた手首には、赤く指の跡がついていた。
くそう、許せませんっ……。
「ねえ、お金、ずっと握っているの?」
「あー。ポケットが両方破れてて」
「そうだったのね。どれどれ?」
彼のポケットを探ると五百円玉硬貨でも落ちてしまいそうなほど大きな穴が開いていた。
わたしは自分のハンカチを広げて折り紙でコップを作るときの要領で即席のお財布を作ると、そこに小銭を入れて彼のポケットにしまった。
ようやく両手がフリーになった少年と、しっかり手を繋ぐ。
ガサガサとした手が彼の日常のタフさを物語っていた。
ヴィルさんに目配せをすると、彼はそれまで目深にかぶっていた帽子を上にずらして店主に話しかけた。
身分を隠したままでは店主を捕らえられないため、意図的に身バレをさせたのだ。
近距離かつ正面からヴィルさんの目を見た人は、かなり高確率で王族だと分かる。
店主は彼の顔を見るなり「は、あっ!」と声を発して体を硬直させた。
高位の貴族に対しては恐怖で身がすくむ仕様になっているようだ。
「私が誰か分かるか」と、ヴィルさんは低い声で言った。
店主は怯えと期待が入り混じったような目でコクコクと頷く。
「では、お前がうるさい女呼ばわりした私の妻が誰なのかも分かるな?」
彼の二つ目の質問が終わる前に、店主は泣き出した。
「たいったたたい、も、も、も……っしわ……」
「分かっていながら、膝を折らずに突っ立っているのだな?」
「はあっ、アヒ、もっもっももうしっ、もっ……」
「今さら遅い!」
「かっかっかかっ……にんッ……」
ニンッ?
忍びかな?
店主は泣きながらじりじりと後ずさりをしていて跪くことはなかった。むしろ隙を見て逃げ出そうとしているように見える。
「未成年者への暴行未遂でお前を捕らえる」
「待ってくれ! いや、待って、ください。俺は何もしていません!」
「私は一部始終を見ていた。言い逃れはできん」
「誰が見てもあのガキが盗んだと思いますよ!」
「妻はそう思わなかったから止めに入っている」
「それは、あの女が人じゃないからだろ!」
この世界で神薙と聖女は「生き神」に分類されていて、一応「人」としては認識されているものの、生物学上は「人類」の枠に入っていない(※学問として研究はしません、という意味らしい)
気にしてるのに、気にしているのにぃぃぃ。
わたしだって前の世界では人類だったのですよぉぉー(ぷんっ)
苦し紛れの一言かも知れないけれども「人じゃない」は余計だった。
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