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第十四章 少年
第312話:お貴族様劇場
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ヴィルさんはわたしが声を大にして言いたかった二つのポイントを言ってくれた。
一つは少年が無実であること。もう一つは店主が少年に謝罪しないことだ。
さらに、店主が貴族に対して不敬を働いたことも付け加えていた。
彼は劇場型イケオジ陛下に似て、少し大袈裟な演技をさせると抜群に上手い。
騎士団長として日頃から号令をかけ慣れているので、よく通る大きな声が出せる。
少し目配せしただけで、彼はわたしに足りない部分をすべて補ってくれた。
デレレレレレン ジャラララン ジャラララランラン♪
噴水のギター弾きが、また曲調を変えていた。
まさか、またジャンジャカジャンが始まるのかと不安になる。
わたしはかなり頑張って声を張っているので、静かにしていてくれると助かるのだけど。
ズンズクズンズク ズンズクズンズク ズンズクズンズク……♪
おや?
わたしの声がかき消されないよう低い音でリズムを取っている。
やはり彼は意図的に場に合った(合っているのかな?)BGMを演奏しているようだ。
「こんなことでは、ますますお店からお客様が離れていってしまいますわね」
「君はなんて慈悲深い人だ。こんな悪徳店主の心配など必要ない!」
「あの方はきっと、ご自身の立場が分かっていらっしゃらないのです」
「そうだとも、愛しい人。彼も周りの様子を見てみたら一目で分かるだろうに!」
ズンズクビートに乗せて悪徳商人のレッテルを貼られ、さすがの店主も落ち着かない様子で辺りを見回した。すると、ようやく事態が飲み込めたのだろう。彼は一気に青ざめた。
初めは少年が悪役、店主が被害者を兼ねたヒーロー役だったかも知れない。しかし、少年がお金を握っていた時点でその形勢は完全に逆転していた。
周りの人々はヴィルさんの迫真の演技によって少年が無実であることを確信している。
ヒソヒソと囁き合う人々。店主を突き刺す視線は冷たくあからさまで容赦がない。
もうギター弾きすら彼を鼓舞してはくれなかった。
「部下に警ら隊を呼びに行かせようではないか!」
ヴィルさんが外套をバッ! と翻した。
すごい役者だ……カッコイイっ。
「素敵ですわ、旦那様っ」
ポスッとヴィルさんの胸の定位置に収まった。
旦那様役を熱演中のヴィルさんも「私は君のためなら何でもするよ」と言って、わたしをギュッとする。さあ、パン屋さん、そろそろ何かしないと逮捕ですよ?
♪こ~れがぁ~~ あぁーーいぃ なのねぇ~~♪
……な、なんか変な歌が始まった(滝汗)
大胸筋の癒しにうっとりしていたら、ジャン・ジャカジャンさん(※ギター弾き)が突如おかしな愛の歌を歌い始めた。
これが愛なのね だって私は いいえ貴方は なすびの花が咲く頃に うんたらかんたら……と、意味不明な歌詞で愛のようなものを歌い上げている。
さっきから聞いていれば随分と調子のいい人だ。ギターも上手かったけれども、歌も抜群に上手い。
主役を奪われてしまったヴィルさんと二人、ポカーンと彼を見ていた。
すっかり置いてけぼり状態の店主が「待ってくれ!」と言った。
ジャン・ジャカジャンの歌声にすっかり魅了されていたわたしは、パン屋を見て一瞬「誰だっけ、この人」と思ってしまった。
聴き手が直前の記憶を失うくらい、ジャン・ジャカジャンは歌が上手かった。
「警ら隊」という言葉を聞いてから、店主の顔には焦りが浮かんでいた。
未成年者への暴力は成人が相手の傷害よりも罪が重くなる。仮に未遂であっても罰せられるのだ。
目撃者が多いため、警ら隊を呼ばれて拘束されると有罪はほぼ確定だ。
しかし、残念ながら第一騎士団も逮捕権を持っている。
警ら隊が捕らえた場合、犯人は王都の警察署にあたる陸軍の牢に入れられるけれども、第一騎士団に捕らえられた場合は、王宮が管理している牢に入れられる。
王宮の牢にいるルームメイトは凶悪犯が多いらしいので、居心地はイマイチのはず……。
彼は少年にきちんと謝らないかぎり、ここから連行される運命だ。
わたし達の茶番劇は、彼に誠心誠意お詫びするという唯一の逮捕回避策を提案しているに過ぎない。
彼の「待ってくれ」は、わたし達に向けて言った言葉だと思うけれども、ジャン・ジャカジャンも歌と演奏を止めて待ってあげていた。
さあ、謝罪をどうぞ。
差別をしたこと。子どもに暴言を吐いたこと。窃盗犯だと決めつけたこと。暴力を振るおうとしたこと。その後の態度も不適切だったこと。
そして、どうか心を入れ替えて、これからはきちんとした大人でいると誓うのです。
「慰謝料として、うちのパン! 好きなだけ持っていけ!」
店主は自分の店を指差した。
「……パン?」
わたしはヴィルさんと顔を見合わせ、彼の大胸筋に触れたまま口をパカーンと開けていた。
慰謝料として?
パンをくれるって?
せめて「お詫びの品」とか、言い方を考えればいいのに。
パンで手打ちにしようと言い出すのは想定外だった。
あの子が貧困層だから、それで満足すると考えたのだろうか。
チラリと振り返ってジャン・ジャカジャンを見ると、彼は肩をすくめた。
さすがのお調子者も何を弾くべきかお手上げのようだ。足元に転がっている田舎パンを見ながら「これがパンなのね~」と替え歌を歌うわけにもいかないのだろう。
彼は帽子のつばを掴んで引き下げ、顔を隠してしまった。
逃げたわね……ジャン・ジャカジャン。
一つは少年が無実であること。もう一つは店主が少年に謝罪しないことだ。
さらに、店主が貴族に対して不敬を働いたことも付け加えていた。
彼は劇場型イケオジ陛下に似て、少し大袈裟な演技をさせると抜群に上手い。
騎士団長として日頃から号令をかけ慣れているので、よく通る大きな声が出せる。
少し目配せしただけで、彼はわたしに足りない部分をすべて補ってくれた。
デレレレレレン ジャラララン ジャラララランラン♪
噴水のギター弾きが、また曲調を変えていた。
まさか、またジャンジャカジャンが始まるのかと不安になる。
わたしはかなり頑張って声を張っているので、静かにしていてくれると助かるのだけど。
ズンズクズンズク ズンズクズンズク ズンズクズンズク……♪
おや?
わたしの声がかき消されないよう低い音でリズムを取っている。
やはり彼は意図的に場に合った(合っているのかな?)BGMを演奏しているようだ。
「こんなことでは、ますますお店からお客様が離れていってしまいますわね」
「君はなんて慈悲深い人だ。こんな悪徳店主の心配など必要ない!」
「あの方はきっと、ご自身の立場が分かっていらっしゃらないのです」
「そうだとも、愛しい人。彼も周りの様子を見てみたら一目で分かるだろうに!」
ズンズクビートに乗せて悪徳商人のレッテルを貼られ、さすがの店主も落ち着かない様子で辺りを見回した。すると、ようやく事態が飲み込めたのだろう。彼は一気に青ざめた。
初めは少年が悪役、店主が被害者を兼ねたヒーロー役だったかも知れない。しかし、少年がお金を握っていた時点でその形勢は完全に逆転していた。
周りの人々はヴィルさんの迫真の演技によって少年が無実であることを確信している。
ヒソヒソと囁き合う人々。店主を突き刺す視線は冷たくあからさまで容赦がない。
もうギター弾きすら彼を鼓舞してはくれなかった。
「部下に警ら隊を呼びに行かせようではないか!」
ヴィルさんが外套をバッ! と翻した。
すごい役者だ……カッコイイっ。
「素敵ですわ、旦那様っ」
ポスッとヴィルさんの胸の定位置に収まった。
旦那様役を熱演中のヴィルさんも「私は君のためなら何でもするよ」と言って、わたしをギュッとする。さあ、パン屋さん、そろそろ何かしないと逮捕ですよ?
♪こ~れがぁ~~ あぁーーいぃ なのねぇ~~♪
……な、なんか変な歌が始まった(滝汗)
大胸筋の癒しにうっとりしていたら、ジャン・ジャカジャンさん(※ギター弾き)が突如おかしな愛の歌を歌い始めた。
これが愛なのね だって私は いいえ貴方は なすびの花が咲く頃に うんたらかんたら……と、意味不明な歌詞で愛のようなものを歌い上げている。
さっきから聞いていれば随分と調子のいい人だ。ギターも上手かったけれども、歌も抜群に上手い。
主役を奪われてしまったヴィルさんと二人、ポカーンと彼を見ていた。
すっかり置いてけぼり状態の店主が「待ってくれ!」と言った。
ジャン・ジャカジャンの歌声にすっかり魅了されていたわたしは、パン屋を見て一瞬「誰だっけ、この人」と思ってしまった。
聴き手が直前の記憶を失うくらい、ジャン・ジャカジャンは歌が上手かった。
「警ら隊」という言葉を聞いてから、店主の顔には焦りが浮かんでいた。
未成年者への暴力は成人が相手の傷害よりも罪が重くなる。仮に未遂であっても罰せられるのだ。
目撃者が多いため、警ら隊を呼ばれて拘束されると有罪はほぼ確定だ。
しかし、残念ながら第一騎士団も逮捕権を持っている。
警ら隊が捕らえた場合、犯人は王都の警察署にあたる陸軍の牢に入れられるけれども、第一騎士団に捕らえられた場合は、王宮が管理している牢に入れられる。
王宮の牢にいるルームメイトは凶悪犯が多いらしいので、居心地はイマイチのはず……。
彼は少年にきちんと謝らないかぎり、ここから連行される運命だ。
わたし達の茶番劇は、彼に誠心誠意お詫びするという唯一の逮捕回避策を提案しているに過ぎない。
彼の「待ってくれ」は、わたし達に向けて言った言葉だと思うけれども、ジャン・ジャカジャンも歌と演奏を止めて待ってあげていた。
さあ、謝罪をどうぞ。
差別をしたこと。子どもに暴言を吐いたこと。窃盗犯だと決めつけたこと。暴力を振るおうとしたこと。その後の態度も不適切だったこと。
そして、どうか心を入れ替えて、これからはきちんとした大人でいると誓うのです。
「慰謝料として、うちのパン! 好きなだけ持っていけ!」
店主は自分の店を指差した。
「……パン?」
わたしはヴィルさんと顔を見合わせ、彼の大胸筋に触れたまま口をパカーンと開けていた。
慰謝料として?
パンをくれるって?
せめて「お詫びの品」とか、言い方を考えればいいのに。
パンで手打ちにしようと言い出すのは想定外だった。
あの子が貧困層だから、それで満足すると考えたのだろうか。
チラリと振り返ってジャン・ジャカジャンを見ると、彼は肩をすくめた。
さすがのお調子者も何を弾くべきかお手上げのようだ。足元に転がっている田舎パンを見ながら「これがパンなのね~」と替え歌を歌うわけにもいかないのだろう。
彼は帽子のつばを掴んで引き下げ、顔を隠してしまった。
逃げたわね……ジャン・ジャカジャン。
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