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第十四章 少年

第311話:お貴族様の皮肉

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「それは大変でしたわねぇ。過去に何回ほど汚い服の人に商品を盗まれたのですか?」
「……は?」
「あんなに小さな子を殴ろうとするほどですもの。さぞかし大変な被害に遭われたのでしょうねぇ? 窃盗なんて、人の道に反する行いは許せませんわ」
「え……ああ、おお。そお、だろう……」
「それで?」
「は?」
「何回盗まれたのですか? 被害総額はいかほどで? 被害届は出されたのでしょう? 犯人は全員捕まったのですか?」
「……」

 ずずいと身を乗り出して質問攻めにすると、店主は押し黙った。

 オルランディアで役に立つ『お貴族様講座』その壱。
 『お貴族様は怒りの度合いに比例して言葉が丁寧になり、皮肉が増えてしつこさが増す』

 品を重んじるお貴族様は、腹を立てると遠回しな皮肉を言う。
 これには二つ理由があって、一つは自分が不快であることを相手に伝えるため。もう一つは、相手が謝罪できる機会をたっぷりと与えるためだ。
 本気で揉めると陛下の前で裁判のようなことをしなくてはならなくなるので、それを避けるために極力話し合いで片付けようと努力をするのがお貴族様なのだ。
 ここオルランディアで誰かからチクリと皮肉を言われたら、なるべく早く謝ることをおすすめしたい。
 お貴族様にとって「謝っている平民を追い詰める行為は格好悪いこと」とされているので、心をこめて謝ればほとんどの場合は許してもらえる。

「常識的な人は勝手な思い込みで殴ったりはしませんもの。相当なご苦労をされたのでしょう? ぜひ詳しくお話をお聞きしたいですわ。場合によってはわたくしから陛下にご相談をいたしますし」

 店主は忌々しげに小さく舌打ちをし、冷笑を浮かべて「あんたが国王様に? 笑わせんなよ」と言った。

 彼はわたしの身なりを見て下流貴族だと思い込んでいるようだった。
 街歩きの時は目立たないことが大事なので、装飾は控えめにするし、地味目のボンネット(帽子)などで髪を隠している。こちらも視線を集めないよう色々と工夫をしているのだけど、だからと言って何を言っても良いという法はない。

 そもそも貴族は政治家だ。
 貴族が生業としている職は多岐にわたるけれども、日頃何をしていようと、彼らは必ずどこかの領主と政治的に紐付いており、領地管理という名の地方自治に協力しなくてはならない仕組みになっている。
 領主とそれ以外の貴族の関係性は、言ってみれば各都道府県知事と地方議員に少し似ている。

 ヒト族の商人は、貴族が作ったコミュニティーの中で経済の一角を担う一般市民でしかない。
 商人が貴族よりお金持ちになることはあれど、身分や社会的地位で貴族を追い越すことは不可能だった。
 自分の人生が上手く行かないと貴族のせいにしたくなるかも知れない。
 しかし、良心や謙虚さを失くした商人に対して成功の場が用意されることはないだろうし、少なくとも王都の領主であるイケオジ陛下は、子どもに手をあげるような人を許さないだろう。

 彼は詰んでいる。でも、彼自身がそれに気づいていなかった。

「商売をする相手を選びたいのであれば、きれいな恰好の人にしか売りません、と貼り紙をなさるとよろしいわ。その前にお客様に対する口の利き方と、商品の品質を向上させる努力をなさったほうが良いとは思いますけれども」

 お貴族リア様の皮肉は続く。

「うるせえ女だな。貴族なら黙っておしとやかに笑ってりゃいいんだよ!」

 ムリですね。
 わたしの『中の人』は全然おしとやかではないので。

「うふふ。面白い冗談ですわね」

 言えば言うほど後で大変な目に遭うでしょうけれども、我慢せずに言いたいことは全部吐き出してもらってフルコースの罰を受けて頂こう。

「もう終わりですの? 他に言うことはないのですか?」
「うるせえ! くそ女!」
「お詫びをする機会は十分与えました。それを無駄にしたのはあなたですわ。覚悟はできていらっしゃるのよね?」

「やれるもんなら不敬とでも何とでも言ってみろ。ここじゃあ誰もお貴族様の味方なんかしねえ。早くガキ連れてどっか行きな! うちの店には貧乏貴族に売るような商品はねぇよ!」

「庶民にも売れていないのに面白いことを仰いますわね。ご心配なく。わたくし、自宅に料理人がおりますので、あなたのような良心の欠片もない人間が焼いたパンを買う必要はございませんのよ」

 チラっとヴィルさんに目配せした。
 目深にかぶった帽子の下からこちらを見ている彼の瞳は、そのポーカーフェイスとは裏腹にとてもお喋りだ。
 怒りの炎が燃えたぎって渦を巻き、その下でマグマがボコボコと音を立てて煮えくり返っている。

 なんなんだこのクソ店主。
 不敬罪で捕らえるぞ。
 リアが珍しく怒っているから我慢をしてやるが……ああ腹が立つ。
 リア、もういいだろう。早く俺に主導権を渡せ。
 コロスコロスコロスコロス……

 あまりじっくり見ていると、こちらにまで怨念が飛んできそう。
 後ろにいるメガネのイケメンも殺気を放って風を吹かせているし。
 どちらも今は気づかないふりをさせて頂こう(特に後ろは怖くて見られないわ)

 さて、郷に入っては郷に従えだ。
 このケンカ、買わせて頂きます。
 これがこの国の正統派貴族のケンカのやり方だ。

 お貴族様劇場、いざ開演!


 「──ああぁっ、旦那様。聞きましてぇ?」

 オデコに手を当て、よよよ……っと、倒れるようにヴィルさんへもたれ掛かる。
 彼はしっかとわたしを抱きとめた。

「お買い物に来た小さなお客様をいきなり盗人呼ばわりして殴ろうとするなんて。それに、わたくしにまでヒドイことを仰るのです……」

 オルランディアで役に立つ『お貴族様講座』その弐。
 『言っても分からない相手とやり合うときは、手始めに相手の評判を落とす』

 当人同士で話し合っても和解に至らない場合、お貴族様はさりげなく(?)周りに事実を伝える。
 自分の意見が大勢を占めるものであることを確認しつつ、周りの力も借りて「非常識なことをしているのはアナタのほうですよ」と相手に分からせるためだ。
 結果的に相手の評判は落ちることになるけれども、これもやはり謝罪させることを目的とした慣習だった。

 チラっとヴィルさんを見ると、彼の口角がわずかに上がった。
 よし、わたしの意図は伝わっている。

「ああ、見ていたとも、愛しい妻よ! 無実の少年に謝罪すらないとは言語道断! そのうえ、君の身分を知ってもなお暴言を吐くとはなんたる不敬!」

 きゃーっ♪
 ヴィルさん、さすがですわっ。
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