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第十三章 呪兄

第285話:入手経路

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 ゲッソリ疲労して戻ると、玄関ホールにユミール先生がいた。
 急な呼び出しにも関わらず、先生は仕事を放り出して飛んできたらしい。
 サラサラ艶々のロングヘアーを揺らし、安定のフォトジェニックな美しさを放ちながら、華麗に絵の裏側を調べていた。

 なんだか、そこだけ別世界のようだった。
 ヴィルさんとアレンさんも次元を超えたイケメンだけど、先生を見ていると『これぞ異世界の美』という感じがする。
 さっきまで青ざめた顔で絵を気にしていたメイドさん達も一転して瞳を潤ませ、真っ赤な顔で先生を見つめていた。なかなか罪作りな美しさだ……。

 「ユミール、どうだ?」と、ヴィルさんが話しかけた。

「額の裏側に貼り付けられて、さらにその上から薄い板のようなものを貼って分からないよう偽装していたようです」
「なぜ鑑定魔法で引っ掛からなかったのだろうか」
「様々な細工がしてあったからでしょうね」
「むぅ……」
「見たところ紙も特殊です」

 先生は床に落ちた黒いものを指差し、通常は燃え尽きても内容を読み取ることが可能なのに、これは読めなくなるよう細工がされている、と説明していた。
 まるで焚火をした後のようにドッサリと落ちたそれは、効力を失った呪符などの燃えカスらしい。

 ヴィルさんは悔しげに舌打ちをした。

「ポルト・デリングの呪符も同じだ。呪符師に燃えカスを見せても何の痕跡も辿れなかった」
「札は書き手の個性が出ますから、足がつかないようにしているのでしょう」
「同一人物だと思うか?」
「呪符の内容も目的も違うと思いますし、断定はできません。手口が似ているなど、他の要素もあるならば可能性はあるでしょう」

 先生とヴィルさんが話していると、くまんつ様と執事さんが戻ってきた。

「クリス、どうだった?」
「入手経路が分かったぞ」

 ダイニングの絵は陛下からの新築祝いらしい。
 その後、ヤンチャ坊主だったヴィルさんとくまんつ様がダイニングでキャッチボールをした際にボールが当たり、一部が破損して修繕に出した記録が残っていたそうだ。

 バスルーム前の絵は、お父様が大臣に就任した際のお祝いとして、隣国の王族から贈られた品の一つ。
 玄関ホールの絵は、五年ほど前に同じ方から頂いたものだと判明した。

「二枚はルアランの王族からか」
「友好国ですね。この表側の絵に限って言うならば、さすが芸術の都と称されるだけあり、素晴らしい贈答品だと思います。特にこの玄関の風景画は近年人気が出てきている若い画家のもの。そのうち大変な価値になると思いますよ?」

 それはルアラン出身の画家がオルランディア滞在中に描いたものらしい。王宮前の噴水広場でベンチに座った貴婦人が、少年と二人でジュースを飲んでいる姿が描かれていた。
 先生が絵を賞賛すると、ヴィルさんも頷いた。

「父はルアランの王族とは公私ともに親しい。贈り主は父の学友でもある。俺もルアラン滞在中、この人の世話になったことがあるし、彼らが悪意を持って何かするとは到底思えない」

 ヴィルさんは使用人の皆さんを持ち場に戻すと、サロンにお茶を用意させた。
 そして、家を調べることになった経緯や、お父様のことを先生に説明していった。

 「──最初にお父上の様子がおかしいと感じた時期は、いつ頃ですか?」と、先生は尋ねた。

「俺が学校に入って少し経った頃だ。その頃にちょっと色々あってな……」
「随分と前のことですね」
「単に性格の問題なのかと思っていた」
「幼い頃ですから無理もありません」
「しかし、ルアランの王族に容疑をかけるのは気が進まないというか、やはり腑に落ちないなぁ……」

 王都からポルト・デリングへ行く際、道中で通過した隣国がルアラン王国だ。
 そこは、『超絶』が付く友好国で、国王の家系図を遡るとオルランディアの王族に当たる。つまり、オルランディアの王家とは親戚関係にあり、分家のような存在なのだ。
 ルアランの公用語はオルランディア語だし、通貨も同じ『シグ』を使っている。教育システムもオルランディアと同じだと聞いた。
 どこまで本当か分からないけれど、過去に連合王国化の話が出たとか出なかったとか、そんなことが雑誌に書いてあったのを読んだことがある。

「ルアランだけでなく、オルランディア国内で呪符が仕込まれたという可能性も捨てきれません」

 焼け落ちた呪符の紙が異様に多かったことから、鑑定魔法をすり抜けるような別の呪符なり細工なりが複数仕込んであったはずだと先生は言った。

「個人的な恨みか、それとも……」

 ヴィルさんは厳しい顔つきで玄関ホールのほうを睨みつけていた。

「少々の異常を来たす程度で命を落とさずに済んでいたのは、ここが王族の家だったからでしょう。おそらく仕掛けられていたものは呪殺の……」

 ユミール先生はハッとしたように途中で話を止め、こちらを見た。

「リア様、大丈夫ですか? 物騒な話をして怖がらせてしまっていたら申し訳ありません」

 先生が気遣ってくれたので、わたしは一応「大丈夫です」と答えた。
 肝試しツアーにもう一度行ってこいと言われたら泣いて抗議をするところだけど、今のところ話を聞いているだけなのでギリギリセーフだ。
 ただ、ついつい手に力が入ってドレスのスカートを握りしめてしまうので、なるべく早くお暇させて頂きたいとは思っている。

 「しかし、妙だよな」と、ヴィルさんが足を組みなおしながら言った。

「もし俺がオルランディアを倒そうとしている輩だったとしたら、王兄ではなく王太子を狙う。なぜ王太子フィリップが隣国でピンピンしていて、俺の父が呪われているのだろう。父が王太子だった頃ならいざ知らず、今は王位継承権こそ持っているが王太子のほうが継承順位は上だ。父が王になる可能性はないに等しい」

 彼は眉間にシワを寄せた。

「お父上がオルランディアの戦略上の要だから、では?」
「つまり、兵部大臣を狙っているということか」
「いいえ、大臣でなくとも殿下は狙われる気がします」

 先生はそう言うと、静かにお茶を飲んだ。
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